国会も、安保法制が衆議院を強行採決で通過し、今は参議院で審議が行われているが、野党の質問も、正鵠を得た鋭さに欠けるが、答える政府も、はぐらかしばかりでこの法案が描く日本の未来像が今一つ明確になってこない。
そんな折、政治評論を生業としない二人の人物が、安保法制の本質を突く論評をしており、目についたのでご紹介する。
テレビで時々コメンテーターのような役割で見かける、鼻が大きくて、良く通る声をしたアメリカ人のパックンというタレントがいるが、ご存知だろうか?
ハーバードを卒業したインテリ芸人らしいのだが、最近ネットで彼の書くブログ「パックンのちょっとまじめな話―7月31日」を読んで、共感するところが多かったので、紹介しようと思う。(但し、彼は思うだけで、決して話はしていないことになっている。)
日本の安保法制をめぐる安倍政権のやり方に対する懸念である。
まず、当然の話として、敵の少ない日本が敵の多いアメリカと集団的自衛権で一体化すれば、日本は敵を増やすことになり国家のリスクが高まるのは当たり前のことではないかと言い、安倍首相が言う「危険が増えることは無い」という強弁を揶揄する。
しかし、安倍政権がやった強行採決は、アメリカ人から見れば、多数決を決議法とする民主主義下では当然のことと捉えるだろうと弁護する。但し、それは民主主義下で政府の権力乱用を防ぐ二つの「抑止力」が機能しているという前提があってのことであると条件を付ける。
それは「憲法」と「民意」である。
彼は言う。現在の安保法制は、安倍政権も本来憲法改正が必要であることは内心は認識しており、そのために、まず憲法改正の手続きを決めている96条を改正して、9条改正をしやすくしようとしたが、世論の反対にあって頓挫した。それならばということで、憲法改正の手間暇をかけずに憲法の示す自衛権の解釈を変えて無理やり合憲にしたて上げて(その際に知恵をつけたのが、今問題になっている「法的安定性などどうでもよい。」と発言をした磯崎総理補佐官である。)、衆議院を通した。
いつの時代も、このような権力にすり寄る腰ぎんちゃくはいるものだ。
法案が違憲であるなら、これらの法案は破棄されることになり、これが立憲国家としての憲法の抑止力である。しかし日本では、世界の多くの国がそうであるような、法案が純粋に合憲か違憲かを問う抽象的違憲審査制をしいていないので、特定の事案が無い限りは違憲かどうか審査できないというのだ。例えば、実際に海外派兵などで自衛隊員が死亡し、その遺族が派兵の根拠となった集団的自衛権が違法であるとして裁判でも起こさないと、日本の司法は安保法制が合憲か違憲かの判断を下すことが出来ないのである。
しかも日本の司法では防衛関係の裁判は「高度な政治的判断である」として憲法判断を避けてきた歴史があるので、憲法という抑止力はわが国では機能していないことになる。
もう一つの抑止力である民意はどうか?世論調査で国民の過半数の反対があってもことごとく政府によって無視され法案は通ってしまう。例えば、特定保護秘密法、原発再稼働、労働者派遣法、米軍基地普天間移転などなど。
なぜこんな暴挙が可能かといえば、立法権が衆議院に集中している上(参議院の60日ルールなどで)、現行選挙法では、総選挙で全員同時に改選になるから、選挙時の一時的なファクターで一つの政党が圧倒的な議席数を獲得することが出来るからだという。
(前回の総選挙では、アベノミクスで株が上がっているという一事で、自民党は衆議院の67%を取ってしまった。その前の小泉政権時は、郵政民営化一本で圧勝した。)
数をとりさえすれば、現在のように野党の勢力が足りず、与党内にも抑制力となる対抗派閥が無くなると事実上の専制独裁政治が台頭するわけである。
従って、日本では政府権力の二つの抑止力は機能していないのであるから、多数決とはいえ強行採決には問題があると彼は指摘しているのだ。
私は、安倍政権の独裁を可能にしているもう一つの理由として、「少数派をいかに納得させることが出来るか」という「民主主義の質」の担保に大手マスコミが無為、無力、無能であることを追加しておきたい。(むしろ安倍政権に加担するマスコミも少なくない。権力に加担するマスコミなど、本質的に汚物以下である。)
ましてや、現在の政府の施政に反対する声は少数派ではないのだから、なお、その責任は重いと言える。
もう一人、際立ってすぐれた論評をした娯楽雑誌編集者がいる。
男性雑誌「GQ」の鈴木正文編集長である。
彼のことは以前にも書いたが(グルマンライフ2012.8.1)、「CAR NAVI」,「ENGINE」といくつもの雑誌を渡り歩き、メジャー誌にしてきた実績があるが、それでも彼が一貫して守ってきたことは、“Editor’s Letter“という欄を必ず設けて 、雑誌のコンセプトとは直接関係のない社会批評をしてきたことだ。その眼力も舌鋒も鋭い。
GQ9月号では[憲法9条とアイドル]というタイトルで、集団的自衛権はどう転んでも憲法9条には相いれず、違憲であることを論理立てて立証している。そして安倍政権は詭弁を弄して日本の立憲国家たることを破壊していると告発している。
また芸人やアイドルが、安倍政府を揶揄した批判的な発言をすると、それに対してネット上で罵詈雑言が炎上することの危さを危惧している。
(あの醜悪なヘイトスピーチを野放しにした権力の意図がここでも働いているのかもしれないと私は秘かに思ってしまうのだ。)
そして彼は最後に、『小なりといえどもメディア業界の一画をしめる人間として、権力になびかざる者を背後から撃つものを非難する。そして、権力の座にある人間に、真っ当な遵法精神を求める。』と締めくくっている。
二人のいずれの論評も、そこいらの愚鈍な政治評論家に比べれば、理路整然と論理が立ち、文章も巧みで一読の価値は十分にあると思うので、是非原文をお読みになることをお薦めします。