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ブロードウェイミュージカル「スウィーニー・トッド」を観たーなんだろうこの気持ちは?

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スウィニー・トッドのプログラム

宮本亜門演出、市村正親、大竹しのぶ主演の人気者コンビのブロードウェイミュージカル「スウィーニー・トッド-フリート街の悪魔の理髪師」公演が東京芸術劇場で行われたので観に行った。
知り合いの女子大生が卒業祝いにリクエストしたので、それに応えて、初めてミュージカルというものを観に行ったのである。

「スウィーニー・トッド-フリート街の悪魔の理髪師」は1979年にブロードウェイで初公演され、2005年までに再々上演を果たし、トニー賞を8部門受賞と言うミュージカルの名作である。

「スウィーニー・トッド」の日本での初演は、ブロードウェイ初演から僅か2年後の1981年で市川染五郎(現松本幸四郎)と鳳蘭が主役で上演している。
宮本亜門が市村正親、大竹しのぶを起用して再演したのが2007年で、その評判が良く2011年、2013年とほぼ同じメンバーで再々上演され、今回が4回目の公演であった。

日本はミュージカル大国らしく、ブロードウエイで評判がいいと世界に先駆けていち早く日本版が上演されるという。商業性に長けた劇団四季はブロードウェイのリメイクの「オペラ座の怪人」「キャッツ」、「ライオンキング」で大成功を収め、今また評判の「アラジン」でヒットを狙っている。

宮本亜門は、それらとは一線を画す演出家で、数々のオリジナルのミュージカルを演出し、中でも「太平洋序曲」はブロードウエイで上演を果たしトニー賞にもノミネートされたし、さらにはヨーロッパでオペラ「魔笛」を初上演し、日本でも新作歌舞伎の演出もし、そのオリジナリティは世界的にも評価が高い。
今回の上演も大人気であり、池袋の芸術劇場は連日満員であったらしい。

小生はミュージカルとかオペラ、歌舞伎、能など舞台芸術の類は殆ど無知で、実体験も、何事も一度くらいは経験しておくか、と思って観に行ったことがある程度のことである。
ミュージカルの類も、宝塚がそれに入るかどうか知らないが、それ以外では、ほぼ初体験と言ってよい恥ずかしい経歴である。

オペラも歌舞伎も、おそらくミュージカルもそうであろうが、話のストーリー性と言うのは極めて単純なもので、ストーリーの展開で何か心に強く感動が残るということは、おそらくほとんど無く、舞台の魅力の殆どが役者個人の演ずる姿形、台詞回し、歌唱力、舞踊の上手さであり、いわば、全体の展開を見るというより、演じるワンシーン、ワンシーンに魅了され感動するのを楽しみに行くようなものであるように思える。
能、歌舞伎やオペラの観客は、ストーリーなどはどうでもいいというか、もう見る前から殆どの人は織り込み済みであり、役者の発するオーラと言うか、その魅力に魅せられて行くのである。だからこそ、同じ公演を何度も何度も観に行くファンが多くいるのである。
おそらく宝塚やミュージカルもそうなのであろう。
(もっとも能に限って演目は、原則一回限りのものではありますが)

従ってスウィーニー・トッドも物語は単純と言うか、特に感動を呼ぶようなモノではなかった。

19世紀半ば頃のロンドンを舞台にした話である。若い美貌の妻を地元の実力者の判事(安崎求)に横恋慕され、無実の罪を着せられ流刑にされたのが主人公の理髪師(市村正親)である。妻は判事に辱めを受け自殺する。15年後にロンドンに戻った主人公はスウィーニー・トッドと名前を変え、大竹しのぶが店主を演ずるロンドン一不味いパイ屋の二階に理髪店を開き、憎っくき判事とその片腕となって悪事を働く役人(斎藤暁)に復讐する機会を待つ。役人が髯を剃りにトッドの理髪店を訪れたのをチャンスとばかりにカミソリで喉を切って殺したが、死体の処理に困ってパイ屋の女主人に相談すると、肉をミンチにしてミートパイにするのはどうかと言われ、賛同してしまう。するとそのパイがロンドン一美味いと評判になりパイ屋は大繁盛する。トッドは肉を提供するために殺人鬼になって来る客を次々に殺しては女主人に渡すようになる、、。

 人がいかに狂気を持つようになるか、言わば正気と狂気の紙一重について、また人に恋をするということが、いかに際限もないもので、身を滅ぼすものであるか、また時には思いが伝わらなく切ないものであるかを、芸達者たちが情感を込めて歌い演じる。
初上演から8年という年月がたち、役者達もそれなりに年を重ね、今は余裕すら感じられる円熟の舞台であったように思えた。

熱烈なカーテンコールが終わって席を立つと、素劇「楢山節考」を見た時の目が滲むような重い気持ちはどこにもなく、かと言って大衆演劇の空虚感もなく、ミュージカルと言う演劇のスタイルが持つ大きな力に圧倒された自分がいた。
そして、10年後の大竹しのぶの演ずるミセス・ラヴェットをもう一度見てみたいと思いながら帰路、地下鉄有楽町線池袋駅に向かって歩いていた。

と同時に、並んで歩いている卒業したての、ほやほやのCAの彼女の10年後はどうなっているのだろうかとフト思ってみたりもした。
10年後に自分がこの世に存在するかどうかも分からないというのに。

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