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CASA-AF

初秋の蓼科

9月の22、23日の連休に蓼科にまた行ってきました。

山の秋にはまだ早く、かといって夏の気配はもうどこにもなく、
季節の変わり目というものを肌で感じるものになりました。

そんな風景を幾つか載せますので、山の秋の始まりを感じて下さい。

コスモス街道

ススキ街道

池のクルミ

初秋の女神湖

 

山荘も秋を待つ佇まいです。

秋の訪れを待つ雰囲気です

月見台から、夏の勢いはありません

ススキを置いてみました

 

屋外でピクニックランチをとるにはこの季節が絶好です。
暑くもなく、寒くもなく、風が頬に心地よいのは、6月の梅雨入り前と
秋雨の降る前のごく限られた短い時期だけです。

ピクニックバスケットを広げて準備

そこで長門牧場(第一)の雨飾峠に出向き、
ピクニック気分を楽しみました。

昔、無理をして探し求めた英国製のピクニックバスケットを持ち出して。

 

 

パン、ジャム、ハム、アスパラ、ヨーグルト、紅茶のランチ

準備が間に合わず、ランチの内容はさびしいものでしたが、バスケットのセットにはワイングラスも付いており、美味しいサンドウイッチでもあれば最高ですね。

 

 

食後のお昼寝

 

 

 

 

毛布を敷いてランチを食べるのは場所を選ばず楽しいものですが、
中でも最高の場所の一つは間違いなく、箱根のピクニックガーデンです。

周りを大きな落葉樹に囲まれた、広い芝の広場が、芦ノ湖に向かって落ちていくかのようになだらかな斜面を形成し、眼前の真正面には富士山が堂々と鎮座して見えます。

息子が小さい頃は好きでよく連れて行きましたが、最近は行っていないので、今はどうなっているか保証はできませんが、もしまだあの状態であるのなら、そこに再び行くために、今から又子供を作ってもいいと思うくらい素敵でお薦め出来ます。

今回はランチの後、霧ヶ峰にある池のクルミという湿原を見ながら、諏訪の町に下りてみました。

諏訪大社などの名所はパスして、片倉館という古い大きな公衆浴場に行って来ました。その謂われは写真にありますから興味がおありの方は、拡大して読んでみてください。

建物も浴場も大正ロマンの建築を思わせる立派なものです。

浴場内も盗撮して来ました。

片倉館

説明書き

千人風呂

ステンドグラス

レリーフ

レリーフ

旧き良き時代と言われる頃は、ここまでして、会社の従業員[女工さん達]や市民を癒そうとした経営者がいたらしいのです。

最近の様に少しでも景気が傾くと、まず従業員の首切りから始める世相とはだいぶ違いますねえ。

 

ロールケーキやさん

白樺湖への帰り道に、具合よく、前にお話した私の認める日本一のロールケーキやさんがあり、当然立ち寄りました。

 

ロールケーキの箱

今度は看板も撮ってきましたので、是非ご参照下さい。旧道20号線沿いにあります。

 

 

途中でススキを採り、その晩は月見でもと洒落こもうとしたのですが、

生憎衣かずきも月見団子も手に入らず、

結局、好物の鶏肝と鶏皮を甘辛に煮込んだものをあてにして晩酌をし、

鹿け湯温泉で採れたという信州産の初物の松茸を手にいれたので、

我が家風すき焼きをしました。

こちらの作り方はグルマンライフに載せますので又ご覧ください。

晩酌は鶏肝の煮つけと柿の葉寿司で

信州産初物松茸

 

 

蓼科の夏休み

8月の上旬に夏休みを取り、3泊4日で蓼科に行ってきました。

お盆は、周辺の別荘にも人が多く来て、カラオケを夜遅くまでやったり、朝早くから
草刈り機のエンジン音を立てるような人々もいるので、なるべく彼らと会わない様に時期をずらせて出掛けます。

今回は行きがけに軽井沢に寄ってみることにしました。
行くといっても万平ホテル位しかありませんが、今回は喫茶で新発見をしました。
もちろん御存じの方は今さらなのでしょうが、ここのかき氷とロールケーキは
大変美味しいです。

かき氷は『赤坂とらや』の“宇治金時クリームかけ白玉付き”に尽きると思っていたのですが、万平のブルーベリー、ラズベリーのソースがかかったべリーベリー氷もなかなかのもので、氷の底の真ん中にラズベリーがどっさり隠してあり、それを発見する
喜びは、とらやのアズキ餡が隠れているのと同じ趣向ですね。

ロールケーキはスポンジが黄色みがかっていて、前にお話しした茅野の卵やさんのロールケーキによく似ていました。
個人的な好みですが、スポンジの白いのは概して駄目ですね。
ということで、今年の夏休みは出だし好調でした。

ベリーベリー氷

万平ホテルのロールケーキ

万平ホテルの苔庭

 

今年は梅雨明けも早く、夏らしい猛暑が続いていますが、蓼科も夏らしいカラッとした日が続き、山荘も夏用に模様替えです。

囲炉裏の上にバリのテーブル(糸巻き台だとか言って青山のイデー(岡本太郎美術館の傍)で売っていたもの。その後バリの家具ブームが来たら、他の店では1/10の価格で売っていた。余りに人を嘗めた商売をするものだと思い、それからイデーには行かなくなった。しばらくしてイデーは、青山からどこかに移転して行きましたよ。目利きと言えばそれまでだけど、アフリカ民芸も一時ブームがあったが、こちらは下北のカンカンが独占的に物を買い集めてしまっているため、値崩れが起きなかった。)を置いて、庭のテラスはテーブルの覆いを取り、デッキチェアを置き、パラソルを立て、夏バージョンにします。

バリのテーブルが重く、実は大変な重労働なんですが、この使用期間は数週間の事(つまり実質一回の使用のみ)で、8月の下旬ともなると山は秋の気配で、いろりの火が恋しくなります。

夏の山荘

夏のデッキ

夏の月見台

囲炉裏にバリのテーブルを乗せる

こちらでの生活の平均的なパターンは、朝起きると、朝食の準備をしながら、昼食用のおにぎりを作っておき、午前中はどこか近辺に出掛け、おにぎりを食べて帰ってきます。

午後は昼寝をし、夕飯をはさんで読書をする事が多いです。
今回はあの白熱教室で有名なマイケル・サンデルの“それをお金で買いますか”を読了しました。あと精神科の本を形だけ少々。

お出かけは、車山のコロボックルと蓼科温泉のホテルハイジ、それとケーブルで南横岳に登りました。

車山湿原と蝶蝶深山の夏

夏の女神湖

 

のはらあざみ

車山の夏花さわぎく

カワラなでしこ

名前不詳

 

こけもものゼリー

今回の○N印の名物はそこで見つけた「こけもものゼリー」。これは、その透明感のある茜色にも増して、何とも言えないせつない味わいです。

コケモモは諏訪地方では、かねてより薬用効果があるとされており、幼い少年が病気の母の為に車山湿原にこけももを取りに行き、霧が出て道に迷い、日が暮れて遭難しかかり、コロボックルの手塚さんに救われる話を、つい思い出してしまうからです。
少年は暖かい味噌汁を一杯飲むと、母が心配すると言って山を下りていったそうな。

 

銘酒木曽の中乗りさんと新酒器

今回の○N印の器はジョージさん(紀尾井町の美容室イエス・ジョージ)の所で求めた急須を酒器にして木曽のキレのいいお酒を楽しみました。

 

 

夏の定番BBQは、家人と二人きりでしたので、飛騨コンロをテーブルの上においての簡単なものにしました。

肉はローストビーフを焼くつもりでしたが、700gでは形状がステーキを超えず、結局半端なものになりました。

ロース肉700g

ローストビーフ

飛騨コンロで地産シイタケを焼く

 

テーブル上の綺麗な絵皿はヴィラデストの自称ライフスタイル評論家、エッセイスト玉村豊雄氏のよるもので、購入当初は希少性もあり、かなり気に入って使っていましたが、今やあちこちに出回り、なんと万平ホテルのお土産コーナーにも氏の絵付けのコーヒーカップがありましたよ。

1玉村氏の絵皿

2玉村氏の絵皿

3玉村氏の絵皿

 

玉村豊雄氏はパリ留学中に、彼の“パリ雑学ノート”には大変お世話になり、また“料理の四面体”では、料理に科学的思考が有効であることを教わり、また風貌が私と似ている?こともあり、余りポピュラーに、スノッブになって欲しくない気持ちもあり、お土産用品とはちょっと複雑な思いがしました。

ホテルハイジ

ホテルハイジは私達にはちょっと似つかわしくないメルヘンチックなホテルで、広い芝の庭の大きな白樺の古木が見事で、それを見ながらお茶を飲むのが気に入っています。

 

 

私の蓼科お気に入りスポット、ベスト3は、車山のコロボックルヒュッテ、蕎麦のしもさか、ホテルハイジの庭です。

もちろん、番外には私の山荘が入ります。

蓼科の初夏

初夏と言っても、7月の海の日の連休のことですから、暦の上では十分に夏ですが、梅雨明けの前で、蓼科はまだヒンヤリとしますので初夏ということで。

今回は中央道諏訪インターからビーナスラインのルートでした。

わざわざ遠回りしたのは前回、茅野に「たまごやさんのロールケーキ」を見つけたからです。小さな看板に惹かれて行ってみたら大金星。スポンジが今までに経験したことのない美味しさ。お店の場所は、インターを出て直進し、突き当ったら左折してすぐ、右側のGSの隣。

これはお勧めです。

5月の連休以来、今年2度目の訪問。
6月の末だと新緑と蓮華つつじが見事ですが、この時期は夏に入り、ようやく霧ヶ峰のニッコウキスゲが咲き始める頃になります。

我が家の白樺も真緑の葉をつけています。

都ならぬ高崎忘れ?

5月の写真と見比べていただくと違いがよく分かります。
心配した萱の屋根も無事残っており、山は緑に覆われすっかり夏景色です。
庭のテラスに行く道も笹に覆われ、草刈りがいるのですが、今回は何もしないという約束でしたので、放置。

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7月上旬の山荘風景

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山荘入口

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月見台からの白樺の木

 

ニッコウキスゲ

霧が峯の探索と、日帰り温泉のみで楽しみました。

車山肩の駐車場はもはや、ニッコウキスゲ目当ての観光客で満杯で入れず、したがってコロボックルヒュッテも断念し、霧ヶ峰の強清水に行きました。

 

未だ三分咲きの群生

狙い通り、そこの穴場のスポットでは駐車でき、ニッコウキスゲも見ることが出来ました。
全盛期の3割程度の咲き具合でしょうか。

 

電流が流れているフェンス

お花畑に入らないように、ワイヤーのフェンスが巡らされているのですが、なんと、これに電流が通っていました。
写真を撮ろうと腕が触れたらビリビリしました。
近くに「通電中、注意」とありましたから間違いありません。

 

この事態をどのように解釈すればいいのでしょう?帰りに、昼食は「しもさか」で蕎麦を食べ(ここはグルマンライフに記載)、プール平の滝の湯ホテルで日帰りの湯を楽しみました。

滝の湯露天風呂

八ヶ岳全域のお風呂は多分全部制覇していると思いますが、大きな施設のお風呂では滝の湯が一番と思います。
蓼科周辺には秘湯の湯もあちこちにあり、それはそれでよいのですが、滝の湯は清潔感があり、ホテルの対応がとても良いのです。

夕飯は家で、アスパラガスのソテーは、温泉卵を失敗しました。(一つは茹で不足、も一つは茹で過ぎ)昔読んだ作り方は忘れていました。(確か沸騰した中へ入れて6分であったような記憶が、、、) 僕の料理入門書は2冊、一つは壇一夫の「壇流クッキング」でーこれは壇一夫の著書の中で最高傑作と思います。もう一つは映画評論家?だった荻昌弘の「男のだいどこ」で、これにはレシピというよりどこに旨いものがあるか、その見つけ方を教わりました。その中で京都の大市のすっぽんも、いずうの鯖寿司も今回の瓢亭卵も知りました。そんな40年も前の記憶で作ろうと思っても所詮無理でした。(今は両方とも文庫本になっていますよ。)あとはサラダと、豚のスペアリブローストでした。一番おいしかったのは、朝採れトウモロコシの湯でたのでした(これは家内作)。残念。

アスパラガスのソテー

高原野菜グリーンサラダ

豚スペアリブのロースト

朝採りコーンの湯でたの


長門牧場

帰りは女神湖経由で佐久平インターから上信越道で高崎へ。
途中長門牧場のソフトクリームもお約束です。

ここの売店は、今でこそ大きな立派な建物になっていますが、数年前、いやもう10年位になるかも、お店は牛小屋の一部をそれ様にあてがった様なバラックに近いものでした。

牛の糞の臭いが漂う中で、全くミスマッチな旨いパンと、ボルシチ、ソフトクリームを売っていました。
床も砂利でしたよ。それでも知る人ぞ知るで、パンは余程運が良くないとなかなかありつけませんでした。
今は観光バスも来るような立科の観光名所になっています。
ちょうど山の反対側の蓼科のバラクラと同じように。

噂のソフトクリーム

かつて、形成外科医局のメンバーと来た時に、山荘で私が頑張って、山ほど御馳走を振舞ったと言うのに、一番はここのソフトクリームとのたまって、帰りにまた買ったKYの人がいましたね。

ちなみに彼女(達)は未だに独身です。
**それと関係あるかどうかは知りませんが。

コクーン歌舞伎

妻に誘われて渋谷文化村のコクーン歌舞伎『天日坊』を観劇してきました。

私は歌舞伎を見たことがなく、この手は全くの初体験でしたので、歌舞伎としての感想を言うことは出来ませんが、なかなかなものでしたよ。

日頃行く演劇とは一味違いました。

三茶のシアタートラムや下北の鈴なり劇場と同じでは申し訳ないか。(いやそっちの方が僕は好きだけど)

新進の若手歌舞伎役者と自由劇場系の舞台俳優の
コラボが見せ所の一つということでしたが、宮藤官九朗の脚本、串田和美の演出も良いのでしょうが、
歌舞伎役者のオーラの様な存在感はさすがというか、ブランドの力も侮れないなと思いましたよ。

舞台音楽はトランペットとギターのジャズが演奏され、様々なシーンを絶妙に盛り上げていました。

微妙な心理描写を、トランペットのソロで高音を吹き奏でた時は、マイルスデイビスの死刑台のエレベーターを彷彿とさせるほど迫力がありましたよ。

そういえば、開幕の合図も太鼓ならぬ、
ドラムとシンバルでしたし、舞台の終わりの見せ場では、トランぺッターが後ろに勢ぞろいして吹くなど、
ちょっと感動しましたね。

京踊り(祇園では都踊りと言うそうだが)を見た時に、舞台より両脇の地方(じかた)や囃子(はやし)方の三味線や鼓、謡いの迫力に妙に感動したのを思い出しましたよ。

妻の話(因みに妻の専門は宝塚ですが。)によると、本当の歌舞伎ではセリフが理解出来ず、イヤホーンで説明を聞きながら見るのだそうで(まるで、オペラの字幕と同じではないか)、そうするとコクーン歌舞伎は一応聞きとれるし、「マジで?」など今風の言葉も出てきて、非常に分かり易かった。

ただ分かりやす過ぎるのもどうかと思う所もありましたよ。
『俺は誰だ?』と言う、何だか実存風な問いかけがテーマらしいのですが、
主人公がそれを紙に書いて見せながら、一幕目が終わるのは、ちょっと親切すぎないかと思ったりしました。

いずれにしても3時間半の長丁場を退屈しないでみることが出来、
とても良い週末の一時でした。

さてカーテンコールが盛り上がる中、いち早く劇場を後にして、
白金の四の橋のフレンチレストランに直行しました。

ここから先はカテゴリー(グルマンライフ)に移りますので、どうぞ、そちらをご覧ください。

京都に夏が来る。・・・・近くて遠い所。

京都は誰に聞いても好きだという。
僕も好きである。
出来る事なら住みたいと思う。

しかし京都への思いは複雑多様である。

修学旅行で行った時は、絵葉書のまんまだなと思った。

大学時代に例のゴールデン街の悪友と行った時は、排他的で人を馬鹿にしながら、ちゃっかり商売をしている最悪の観光地だと思った。(先斗町でぼったくりバーに捕まった)

家族旅行で初めて俵屋に泊った時は、味噌汁が甘くて驚き、都の上品さを知った。(ちなみに私は三河の八丁味噌で育った)

それから数えきれない程、何度も行ったが、その時々の状況で思いは違い、千差万別である。

結局、今になって思うのは、要は京都は日本人(自分)の心の故郷、憧れであり、行けば必ず、不本意ながらも、どこか心を揺さぶられる所だと思う。

京都は空気も道端の石っころも違うのだろう。

パリに住んで、半年くらい経った時、パリの何でもない裏通りを歩いていて、何とも言えない郷愁を感じた事があった。

この気持ちは一体何だろうと、ふと考えた時、ああ、ここは京都なんだ、京都と同じ時空なんだ、と思ったものだ。

パリがそうであるように、京都も、路地裏からの、すべての佇まいが京都である。

 

むしろ有名な観光地ではなく、何でもない日常こそが京都であることが、京都の凄さであると思う。

口先でお世辞や綺麗事を言いながらも、先を読みながら巧みに生き抜いた2000年の歴史は半端であるはずが無い。

 

貴船の川床

京都は、京都の通人と遊ばないと面白くないと言われる。
京都は二面性の町であり、二重人格と言うか
多重世界を持っている。
観光客、一見の客として遊んでいるなら、いかにして金を巻き上げようかの対象でしかない。


一方内側に入れれば、これほど居心地が良く楽しめる大人の世界は無い。(らしい)
 
 

嵐山鵜飼い舟遊び


女性の立ち居振る舞いが美しいし、物事のことわりとわきまえ、たしなみを知っている大人の世界である。(様にみえる)

 
 

ここ2年程、縁あって祇園祭に行った。

山鉾の巡行も美しいが、宵山に町を練り歩きチマキを買うのもいい。

深夜までコンチキチンの鐘が響くが、いつの日かその鐘を、すだれ障子の風越しに、畳に横になりながらウトウトと遠くに聞きたいものである。(これは私の妄想です)

思い出の情景をいくつか載せます。(これは実写です)

チマキ

山鉾、四条御池の大曲、ホテル京都オ―クラから.

祇園祭宵山、スカルの帯です.

 

京都は僕にとっては大事な所です。

だから、行くからにはそれなりの・・・・・・。

何かが壊れてしまうのは怖いのです。

したがって僕の京都は近いけど遠いのです。

 

高崎市美術館

私の高崎の住まいは駅のすぐ近くですが、
駅の東西出口の近くに高崎市美術館と高崎市タワー美術館があります。

東口の高崎タワー美術館はわたしの住まいと同じ建物の中にありますので、
これまでにしばしば行っていますが、

西口の高崎市美術館はこの度初めて訪れました。

催しはグラフィックデザイナーの福田繁雄大回顧展と言うもので、ポスター200点以上、トリックアートの立体作品が100点と力の入ったもので、十分楽しめるものでした。が、

それよりなにより、

 

同じ敷地内にアントニン・レーモンド設計の井上房一朗氏の住宅が残され、公開されており、それを見学しいたく感動してきましたので、その話ををします。

 

 

その建物は、決して華美ではなく、天井の梁、作りつけの家具などの簡潔なラインが強調された、吉村順三の和モダンに通じる、どちらかと言えば、質素なたたずまいで、凛とした中に住み手の強い感性が肌に伝わってくるような建築となっています。
丁度、鶴川の白洲次郎の武相荘、もっといえば目黒のアールデコの庭園美術館で感じるものに通じるところがあります。

 

?房一郎自身による作庭は、?野趣と言うより緻密に計算されデザインされた、かといって京都に多く見る形式化されたものではなく、独創性に富んだ完成度の高いもので、駅前という立地の喧操さを寄せ付けない力強さを感じさせるものになっています。

 

井上房一朗は、あのちょっとグロテスクな高崎観音を作った実業家、井上保三郎の長男として生まれ早稲田からパリに遊学し、絵画、彫刻を学び、帰国後は、戦前はブルーノタウトを高崎に招き工芸運動を展開し、戦後は高崎市民オーケストラを結成し、現在の群馬交響楽団へと育てたことで有名です。

その音楽ホールの設計を、工芸運動で知己となったアントニン・レーモンドに委託し、その際自宅も建築、それが今美術館内に残されている住宅です。
また群馬県立近代美術館設立に当たっても尽力し、設計に若き磯崎新を起用するなど、その慧眼ぶりもうかがえます。

一方、地元では「ふさいっちゃん」と親しまれ、無類の酒好き、女好きで鳴らしたそうである。

誠、男と生まれしからにはかくあるべし、と絵に描いたような羨むべき人生である。

後世に、企業名を冠とした美術館を残すような実業家は少なくはないが、さほど広く知られることなく郷土の文化人、パトロンとして密かに敬愛され続けている所が心地よい。

高崎に来て2年、初めて、高崎と言う町に、
ちょっと愛着を感じ始めた、と素直に告白しておきます。

 

リビングルーム

室内から望む

住宅全景

蓼科の春

里の春 たんぽぽと桜

五月のゴールデンウィークは例年蓼科の山荘で過ごします。
多くの場合、年が明けて初めてになり、小屋開きになります。
半年分の掃除が大変で、家内の顔色をうかがいつつの計画になります。

茅葺きの庵

山荘と言うと、洒落たロッジ風の建物を思い浮かべられるかも知れませんが、

実は30坪に満たない小さな茅葺の、庵というに相応しい建物です。

この建物は、芸術新潮の初代編集長であったY氏から譲り受けたもので、彼の人脈で著名な芸術家も訪れたという数々のヒストリーを持っているのがちょっとした自慢です。

但し、私の代になってからは、妙齢のご婦人達の影はあっても、文化人の訪問は一切ありません。(親愛なる客人たちよ、失礼)

当時、私が魯山人や浜田庄司の茅葺の家に憧れており、半ば衝動買いしてしまったものです。
今は茅がそろそろ葺き替えの時期になり、その大変さに、衝動買いを反省する日々です。

ま、考えてみるに私の人生は、衝動的行為と後悔の繰り返しであり、私の今の専門領域では、多分何らかのパーソナリティディスオーダー(人格障害)と言うのかも知れませんが、私が病気でない決定的な理由は、私は後悔しつつも「耐えること」を知っているという精神病理であり、例えば見事に持続させた結婚生活をはじめ、かろうじて社会生活を破綻させずに今日に至っている事が何よりのエビデンスであろうかと思います。

月見台から空を仰ぐ白樺の新芽

さて、この時期の蓼科山麓は、見るべき風景はなく、春(は?る)よ来いの気分で、鶯は鳴くものの、我が家の庭に自生する多数のタラの木も、タラの芽の収穫にはまだ数週早く、次回来たときには見事にギロチンの後を確認するばかりで毎年悔し涙にくれます。

 

私は日頃は日本酒を余り飲みませんが、不思議とここでは日本酒が進みます。風景に酒器のしつらえが似合うからでしょうか。昨日は木曾の平沢宿に行き、木曾漆の曲げ物のぐい飲みを買ってきました。これを根来の卓に乗せ、妻が摘んできた土筆のきんぴらで一杯やるのは、私の気に入った心象風景です。

 

我が家からビーナスラインを15分程行くと、霧ヶ峰の車山の肩にあたるところにコロボックルヒュッテという昔ながらの山小屋があります。
そこにはこちらに来るたびに必ず寄ることにしています。
小屋主、オーナーの手塚宗求さんは、かっては先鋭的な登山家で、また名だたるエッセイストでもあり、多くの著作があります。

コロボックルのロゴ入りカップ

私は彼の熱烈な隠れファンであり(未だ彼には告白していませんので)、新しい著書が出ていないか確認に行くのです。
それと小屋で出るコーヒーとココアがまたおいしい。(いろんなタルト類や木のこのピラフなども負けずに美味です。)

 

今回は新作(諸国名峰恋慕―山と渓谷社刊)があり、嬉しくて一晩で読んでしまいました。山の夜は深くて長く読書にはうってつけです。

2012.5.5の新刊

手塚氏の著書 私の書棚より

ついでに猫のデザインがかわいい孫の手も買いましたよ。蓼科と猫の話(涙なしでは語れない)はまたいずれします。

霧ヶ峰は、高校一年の時、強清水から車山を越えて白樺湖まで2泊3日の初めてのテント行をした事があり特別な思い入れがあります。

当時ビーナスラインも下劣なファミリーランドも勿論無く、抜けるような青空と草原に群生するニッコウキスゲに圧倒され、静寂と神秘性に包まれた、立ち枯れた白樺が立つ湖畔にたたずむと、少年の心は、徒に怪しく騒ぐのでした。(当時の少年はみな純情でした。少女がどうであったかは知りませんが。)

切ない思い出を胸に、私の3泊4日の休暇は終わり、明日は群馬に帰り、また精神科医療に励みます。

何も出来ない野田内閣は、せめて連休をもっと長くして名を残せ!!(たらいいね。)
増税より増休を、増税の前に増給を!!(お願いします。)

CASA-AF

ここでは、暮らしの中で『美しいと思うもの』について語りたいと思う。

例えば、建築、インテリア、庭、家具、器、そして美術、ファッション、旅などについて。
それらの好みのスタイルには共通性があるように思う。

蓼科 夏

そしてそれはその人の個性、(美学、信条、規範principle、
など)を良く現すものである。

だから、合わない人にはどうしようもないだろう。

ここは私のセレクトショップのようなものである。

自動車雑誌ENGINEや建築雑誌 CASA Brutus が主題を逸脱し、広い領域で編集者の好みを押しつけてこようとも、好みが合えば不愉快ではない。

一部の人にそんなふうに思って頂け、情報交換できる場になれば嬉しい。

さて、LOHAS(Life Style of Health and Sustainability)がいわれて久しい。

イメージとしては、何だかヨーガンレールの生活スタイルを思い浮かべ、どこか余裕のある人がする、贅沢な感じが拭い切れなかった(彼の作品というか商品が高額なせいもあるが)が、3.11を経験してより身近になった。

皆がこのままでは社会も地球も持続できない、と言う。政府も便乗して言う。

確かに、誰も出口の扉をあける方法を思いつかない、扉の位置すら示すことが出来ない。

かって経験したことのないような閉塞状況だとは思う。

しかし、雪に埋もれた枯れ木を見るとよい。

雪を払って木の枝をよく見ると新芽がわずかに出ているものである。

時代はいつもそのように、崩壊しゆくものがあれば、それに代わる萌芽があり、動的平衡を保ちつつ,緩いスパイラルを描きつつ進歩して来たと思う。

果たして、市場経済主義が行きついた今日的状況をLOHASが突破できるだろうか?

LOHAS的思考は心地よいが、どこかセカンドライフ的であり、その程度のエネルギーで大丈夫か、どこか心もとない。もっと、理論の枠組みが骨太で、エネルギッシュで生々しくなくてよいのかと思ってしまう。

元来、自律機能主義はLOHAS的である。

自律機能主義はLOHAS的脆弱性を乗り越えたいと思う。

自宅 庭 夏 道祖神蓼科囲炉裏蓼科 秋

写真は、私のCASAスタイルです。

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