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美容外科患者の特異な心理状態について

私が美容整心精神医学で開業してから、他医で身体醜形障害の診断を受けて、あるいは美容外科医から紹介されてくる患者さんに、従来の精神医学のカテゴリー概念では説明出来ない症例が見られたので、ご紹介しようと思う。

1.何度も手術を繰り返し希望する症例について
手術をしてほぼ希望通りの結果を得ているにも関わらず、些細な理由をつけて、繰り返し手術を希望してくる患者は、現在の精神医学では顔の醜さに過度にとらわれる身体醜形障害(最近のDSM5分類では強迫症に入った)と診断されるのであろうが、その中には、外観の醜さの修正が真の手術の目的ではないのではないかと考えられるケースもあるように思われる。手術を受けることで、心に蓄積したはけ口の無い鬱積したもの(自分の気持ちを誰も分かってくれないという苦しみ)、負のエネルギーをカタル―シス(吐瀉)しているのではないかと思われる症例がある。
私は、思春期において「自分そのものが分からない」「生き方そのものが分からない」などマスターソンのいう「自己の障害」と思われるものから、「生きる意味が分からない」「自分が存在する意味が分からない、存在していても意味がない」などのバリントのいう「基底欠損」に近い心理的特徴を持ちながら、乳幼児期から思春期にかけて、エリクソンの言う「ライフサイクルの課題」を乗り越えられず躓いて精神、身体に失調を来たして不登校、引きこもり、アパシー、家庭内暴力、行為障害(非行)、摂食障害、リストカット、身体醜形障害、境界性パーソナリティ障害などの症状を来たすものを「思春期失調症候群」と名付けて提唱しているが、この症例の様な患者はこれに当るケースではないかと推察している。
引きこもりや、リストカットをして大人の社会的共同体への参加を拒否、回避しようとするように、醜形を訴え美容手術を繰り返すことで社会共同体への移行を忌避し続けるのである。事実このような患者さんは、社会的機能が障害されていることが多い。

不登校、摂食障害、リストカットなどの既往がある患者さんには、このような思春期失調症候群の人がいるので注意を要すると思われる。
なぜなら、そのような患者さんにとって不幸なのは、手術をすればするほど結果がどんどん違和感のある不自然なものになって行き、あるいは感染症などの深刻な合併症が発症し、泥沼化し引き際を見失うことが少なくないからである。

2.術後の結果にクレームをつける訳ではないが、直ぐに(元に戻す)回復術を希望し、その後は何も無かったかのように健康的に社会復帰をしている症例
これはある美容外科医から、この様な奇妙な患者が時に見られるが、そもそもこのような患者は「何の目的で手術を受けたのでしょうか?」「このような患者の心理はどうなっているのでしょうか?」と尋ねられたものである。

*質問した美容外科医は、患者が手術によってアイデンディティを失って不安になったのではないかとの意見・考察であった。確かに外観の急激な変貌によるアイデンディティの揺らぎによる不安や、精神分析学で言う「対象喪失」(ここでは身体的自己の喪失、変貌)の悲哀、戸惑いはあるかもしれないが、そもそも自ら望んだことであり、手術による変化が好ましい方向に変わったのなら喪失感は少ないのではないかと思われる。(例えば、1DKから3LDKに移って、前の1DKの住環境に対して喪失感をもつことは少ないのではないか。)

私の考えは以下の様である。
私は、最近、精神医学に入ってきたレジリエンスの概念でこのケースを説明・解釈すると理解しやすいのではないかと思う。

*レジリエンスとは、元来、物理学用語でストレスの反対語であるが、ストレスフルな状況(逆境と呼ぶ)に陥りにくくする、またたとえ陥っても、そこから回復し立ち直っていく力、あるいはその動的な過程の存在が人間には備わっていることを認めようとするものであり、精神医学では「抗病力」と訳される。

美容外科手術を希望する人は、自分の外観に満足できないという一種の逆境にあると考えることが出来るが、多くの人は自分の外観に不満を持っても、内的(心の)な調整で現実と折り合いをつけて生活をしていくことが出来る。しかし、整形手術を希望する人は、外的な環境調整が出来ないと(外観の改善が伴わないと)折り合いが付けられない人であり、基本的にレジリエンスが低いといえる。
多くの美容外科患者は、手術によって多少なりとも、自信とポジティブ思考を獲得しレジリエンスを高めることが出来、社会機能を維持することが出来る。

この症例のような患者さんは、たまたまレジリエンスが元々高い(基本的にはポジティブな)人で、例えるなら洋服を試着するような感覚で整形手術をうけ、結果に大きな不満があるわけではないが、思ったほど似合わないな、前の方が似合ってるなと思い、あるいは変貌した自分にアイデンディティの揺らぎを感じて不安になり、試着の洋服を脱ぐように元に戻す手術を受け、その後は何も無かったかのように今までの社会生活に戻って行くようなケースではないかと推察できる。
患者さんは確かに外観を変えることでアイデンディティの修正を試みたのだろうが、それが自分には不適合であると大局的に判断できるレジリエンスを持っていたものと考えられる。
したがって、彼はもう、以前は気になっていた洋服(美容整形手術)があったそのブティックに興味を示すことはなく、再び訪れる(整形手術を考える)ことはないのであろう。

以上が私の解釈である。

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