職場の近くにあって、とても使い勝手のいいビストロ「オ―・プロヴァンソー」から夏の特別コースの案内が来たので、夏の一夜、友人を誘って出かけてみた。
普段お気に入りの丸テーブルの席が空いていなくて、久しぶりにビストロの証でもある壁一列のベンチシートに座った。女性同伴ならともかく、男性とでは横並びではないほうが落ち着いて話ができるというものだ。
オー・プロヴァンソーのオーナーシェフ中野寿雄氏は、普段は客の我儘な注文にも融通無碍に気楽に応えてくれるが、年に何回かは、例えば、春はアスパラ、秋はキノコ、クリスマスはそれようにと季節ごとにシェフの力量を誇示するかのようなスペッシャリテのコースを提供する。それらは小生のブログ「グルマンライフ」の常連にもなっているが、彼の並々ならぬ料理人としての矜持を示すものとなっていて、小生は、期待を裏切られたことは一度もない。
さて今年の夏のメニュであるが、食材は、海のものは、例年の鮑主体ではなく車エビ、サザエに鱧(はも)、鯒(こち)、穴子が加わり、いくつかの夏野菜にサマートリュフ、ジロール茸、セープ茸とはしりのキノコに、フォアグラとシェフこだわりのスッポンを加えた豪華揃い踏みであった。
有名な料理人はよく、‘素材が良ければ、その味を引き出すだけで余分なことはしない方が良い‘とか言うが、小生は、素材はもちろん良くなければだめだが、それにいかに手を加えて、次元の違う美味さを表現するかがプロの料理というものではないか、と思う。
それはフレンチ、イタリアンに限らず和食、鮨においても同じだと思う。
その意味において、オー・プロヴァンソ―中野シェフはテロワールを生かして巧みに料理するアルチストとして超一流の料理人であると思う。
プロヴァンソーからの季節のスペッシャリテの案内は、小生には今や季節の風物詩のような愉しみになっているのだが、おそらく多くの常連も同じではないかと思う。
一度訪ねたことのある旅館やレストラン・料理店から、同じような再訪を誘う案内を貰うことは決して珍しいことではなく、その多くは営業本位の広告にすぎないものだが、プロヴァンソーのものは、シェフとスタッフが、「▲▲の季節になりましよ、美味いものを作りますから食べに来て下さい」との声が聞こえて来るかのようであり、つい、いそいそと喜んで出かけてしまうのである。
レストラン・料理店と客の関係性、付き合い方、距離感の取り方は意外と難しいものである。旨いから、安いから、便利だからというだけの関係であれば、ホンのちょっとした違和感で行かなくなってしまうし、近づき過ぎれば僅かな感情の気まずさで疎遠になってしまうこともある。
所詮、店と客の関係ではあるが、デパートやコンビニで買い物をするのとはどこか根本的に違うような気がする。
おそらく、そこには金銭の授受を超えた人と人の関係性が関与するからではないだろうか。客の方はお店に対して、主人の料理人としての力量と彼の経歴とポリシー、人間性に尊敬の念を持ち、店の方は客に、ただ金を払ってくれる人以上の存在性を認め敬意を払う、そんな思いが共有出来て、うまく距離感が持てれば、「俺の贔屓の・・」と自信を持って人を連れて行ける店が持てるのではないかと思う。
小生は、自分にとってかけがいのない行きつけのレストラン・料理屋や常宿を持つことは、伴侶を見つけるのと同じように、人生で最も大事なことの一つであると信じて疑わないが、ただその決定的な違いは、諸兄も良く認識されているように、伴侶はそうそう簡単には駄目出しが出来ないところである。