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心の部屋

エリクソンのライフサイクル論③―Ⅳ期

ライフサイクル、その完結

ライフサイクル、その完結

Ⅳ.学童期(7~12歳)「勤勉性(/劣等感)」の基礎づくり―授業時間より休み時間に多くを学ぶ
小学生時代のテーマは勤勉性である。

学童期は、勉強や遊びを通して、自分も自分なりにやって行けるという有能感を持つことで自信をつけ、将来大人になった時に勤勉に生きて行く心の基礎を作る時期に当たる。
 子供は、周りの要求(例えば、親の要求など)と自分の要求のバランスさえとれていれば、学ぶこと自体は、基本的に新しい発見に喜びを伴うものであるから、楽しいと感じ「自分は自分なりにやっていける力がある、学ぶことは面白い」という感覚、有能感が育ってくるものなのである。
 また、同世代の仲間と道具や知識、体験を共有し一緒に遊び自然な交わりを体験することで、「みんなとやっていける、ついていける」という自信が有能感になるのであり、これらの感覚は社会に適応していく基礎を作り、勤勉性を導くものとなる。
外的な要求が強く、有能感が育たなかったり、自然な交わりを体験できていないと、劣等感が生まれてきて、将来の社会生活に支障を来すようになる。

学童期は、社会に対する自分の適格性を確認し、勤勉に生きて行く基を、この期間に身につける時期でもあり、有能感は社会的に生きて行くうえで欠かせない心の力であり、それは勤勉性に繋がるが、劣等感は勤勉性を損なうのである。

エリクソンは、友達は質より量の方が重要であるとし、たくさんのことを教え学び合うことに意味があると言う。
 勤勉性は勉強よりも遊びの人間関係で育ち、休み時間に友達と仲よく、生き生きと過ごせるかが重要であり、授業の落ちこぼれは社会人としての落ちこぼれに直結しないが、休み時間の落ちこぼれは社会人としての落ちこぼれに直結するという。

 大人からではなく、友達と教え、教えられる経験が社会的に勤勉に生きる基になるとしている。
 つまりよく遊んだ子は、将来よく働くのである。

 この学童期に勤勉性を学ばないと、社会に出てから勤勉に働くことが困難になる。会社や社会が自分に期待していることを理解して、その為に習慣的に努力することが出来ないのである。なぜなら、勤勉性を導く人と交流できるという有能感が育っていないと、職場で同僚、先輩、上司との自然な交わりが、つまりは社会の中でコミュニケーションがとれず、人間関係の構築が出来ないからである。
 友達と遊びながらコミュニケーションをした経験が希薄で勤勉性を獲得できなかった人には適応障害が発症しやすいが、それは「会社が合わない」のではなく、「会社で健全な人間関係が出来ない、豊かな交わりが無い、学び合うことが出来ない」ので、仕事をすることが大きなストレスになり働けなくなるのである。
 つまり、適応障害は、学童期の本当の意味での学び合う経験を積んでいないか、それ以前の自律性、基本的信頼性が得られていないためのつまずきが表出したものとして捉えることが出来る。
このような場合は、仕事の努力をするだけでなく、コミュニケ―ション、人間関係のやり直しが必要なのである。

 学童期に,友達とよく遊べずにコミュニケ―ションがとれなかったという躓きは、社会的に勤勉に働くことが出来ないという形で現れる。前述したように、その理由は、自信がないから、職場で同僚や先輩、上司と、自然な交わりが出来ず、会社や社会が自分に期待していることを理解し、そのために習慣的に努力することが出来ないからである。
 会社が合わないのではなく、会社で健全な人間関係が築けないからなのである。豊かな交わりが無い、コミュニケーションが取れないから学び合うことが出来ず、自分の知っている事しか出来なく、孤立してしまうのである。
 このような場合は、仕事の努力をするだけでなく、人間関係の作り直しが必要となる。
働き続けることのできない、適応障害の若者には、本人の意欲や、技能の問題だけではなく、学童期あるいはそれ以前のつまずきがあると認識して、コミュニケ―ション、人間関係のやり直しが必要なのである

 つまり、小学生の過ごし方が大人になった時、社会的に勤勉に生きていけるかどうかの重要なポイントになり、その基礎づくりになるとしているのである。

発達心理学では、エリクソンは学童期と成人期の間を青年期(13~22歳頃)としているが、それを青年前期(13~15歳)、青年中期(16~18歳)、青年後期(19~22歳)の3期に分けて記述することもある。それとは別に、学童期の後半から青年期の中期にまたがる期間を思春期とし、前思春期(10~12歳)、思春期前半(13~15歳青年前期)、思春期後半(16~18歳、青年中期)、と区分する考えもある。なぜなら、この時期には特有の精神病理があり、それが将来に大きな影響を与えるから、より細分化して捉えようとするのである。

*前思春期(10~12歳)
 前思春期とは思春期に入る準備をする期間である。

 思春期とは、性機能の発現に伴って性欲を体験し、自己が性的な存在として意識されるともに、異性が異性として登場し、性欲という身体の次元の欲求と、親密さという精神の次元の欲求を統合的に充足させることが、一つの課題になってくる時期であるから、自己中心的な思考を脱し、他者を認める「共感性」が大事になってくる時期になる。
 前思春期は友達関係を通じて共感性が増大、深化する時期であり、その後の人格の統合的発達の基盤となることが、とりわけ強調されるのである。

 前思春期になると、子供の心の中に愛の能力ないし親密さを求める気持ちが芽生え、同性の親友が出来、二人の間で、人生や世界におけるあらゆることに自分たちの感覚、思考、感情などの体験について相互に語り合い確かめ合うようになる。そして他者の視点を取り入れることで自己中心的な視野を超えて自他共通の人間性に目覚め、人間一般や共同体としての社会や世界に対する共感的態度が持てるようになる。
 また自然と5,6人の友人が仲間・徒党を組んで行動するようになり、そこで絆や相互依存、一体感、共感性を養うことになる。

 前思春期が重要なのは、この時期が親友、仲間・徒党という友達関係を通じて共感性が増大、深化する時期であり、それがその後の自己中心性から脱却し人格の統合的発達の基盤となることである。共感こそが、自己の自立と他者との共存を共に可能にする基盤なのである。

 サリヴァンよれば、「共感とは他者の満足(身体的な欲求充足)と安全(精神的な安定)とが自己のそれと同等の意味を持つ」ことと定義され、彼はこの年代の友達関係の人格発達に対する重要性を強調している。

 学童期後半・前思春期に同性、同世代の友達関係を十分経験していないと、思春期に入ってから様々な問題が生じてくるからである。

 

 

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エリクソンのライフサイクル論②

 これまでに述べてきたように、人間の発達論は、フロイトの心理・性的発達論がかつての中心的なアイディアであり、精神の発達を性的衝動の発展として捉えるものであったが、エリクソンは家族の人間関係を重視し、社会的、対人的な側面から発達を見直そうとし、人間は「身体、心理、社会的な存在」として捉えた。そして人間は、確かに3歳くらいまでの精神発達が、性格を決め、人生後半におきる様々な問題も、元を正せ子供は母親をとおしての父親イメージ像を作るので、ばこの幼児期の葛藤に還元される要素が高いことは認めるが、それだけではなく、生涯の各年齢に要求される社会的な課題が解決されず精神的問題が発生する場合も少なくない、とした。
 生涯全体を変化して行く主体の発達として捉えて行こうとしたのがエリクソンのライフサイクル論であり、生涯を8つの発達段階に分け、そのおのおのに必要な心理社会的な能力、自我の力を心理力動的な観点から捉えている。各段階における課題と、その対立的な課題を提示し、生きて行くためには、心の中で両者のバランスが必要であり、バランスを崩すと危機的状況に至り、その後の自我の発達に影響し障害を来すので、順番に漸成して行く必要があるとし、ライフサイクルの概念を報告した。(エリクソン「幼児期と社会」仁科弥生訳、1992、みすず書房)
前回では第一期の乳児期に基本的信頼が獲得されるのが非常に大切であることを述べた。今回はⅡ期、Ⅲ期を述べる。

エリクソン1

エリクソン1

  

Ⅱ.幼児期(2~4歳)「自律性(/恥、疑惑)」を身につける―愛されながら自信をはぐくむ
 2歳から4歳ころに乗り越えなければならない危機的な主題は「自律性」の獲得である。

自分を律すること、自らをコントロールすることである。
 例えば、躾というような、外からの圧力を受け入れ、自分の衝動を統制し自分のなかで折り合いをつけ、どう振る舞うか決めて行く枠組みを作ることが、自律性を築く中心的な仕事になる。
 自律性とは、外からの要求と自分の内からの要求とがバランスと取ることであるが、うまくいかないと、「うまくやれていない」という、外からの要求に応えられない恥の意識が生まれ、また「自分はいったいどうなっているのか?」と言った自分に対する疑惑を持つようになり、生きて行くことが苦痛になってくるという。
 自律性は、乳児期に自信が育っていないと獲得できない。そして自信は、乳児期に基本的信頼が獲得できていないと生まれないのである。基本的信頼は母親への愛着が必須で、母を信じ依存することで信頼感、安心感を得ることなしに、自分を信じ、人を信じるようにはなれないので、自律性は基本的信頼の延長上にあることになる。

つまり、自信のない子にセルフコントロール(例えば躾など)を教えること、つまり自律性を身に着けさせることは、乳児期に基本的信頼を獲得していないので極めて困難なことになるのである。

 幼児期は、「ボク スル」の一言から始まる。すべてを母親に頼り、親まかせにしていたものが、自分でやろうとする。母親の言う通りにしなくなる。ぐずったり、駄々をこねたり、口答えをしたり、憎まれ口をたたいたりする。
 これが、第一反抗期と呼ばれるものであり、3つ4つの憎まれ口は自律の為の行動化(acting out)とみられる。この時期の子供の行動は、母親をイライラさせたり、不安にさせたりするが、母親が行動化に伴う危険を見守り、母親自身の不安を乗り越えて育児に当ることが、子供の自律を達成させる鍵になる。この第一反抗期を示さず自律を済ませないと思春期の自立(親や世間や今までの自分自身への反抗である「第二反抗期」を通して自己を確立する)に際してアイデンディティの確立が困難となり、思春期に、不登校、家庭内暴力、リストカット、摂食障害等の問題行動を招くことになる。第一反抗期を思春期の第二反抗期に持越し一度にやらなければならないために問題が大きくなるのである。
 

 自律しようとすると、自分の判断が必要となる。親の判断と異なる判断をしなければならない。最初は判断というより、「母親はこうしろと言ったが、自分はこちらの方が面白そうだ」という衝動である。
 フロイトは衝動を抑える働きとして「超自我」の概念を仮定し、超自我は幼児期に形成され始めるとしている。超自我は社会的良心であり、社会的秩序であるが、まず家庭内の秩序をモデルとして生まれてくる。家庭内に秩序が無かったり、家庭内のモデルが社会の秩序と大きく食い違っていると子供の超自我は混乱を起こし、超自我形成が不全を起こす。  
 子供の超自我モデルの最初は父親であり、父親イメージは、「尊敬と畏怖」「寛容と厳格」の両方が必要だが、母親がこの二律背反的なものをバランスをとって、子供に伝えることで、子供は自分の衝動の統御と解放のバランスを学ぶことが出来る。
 従って父親の不在は、超自我形成におおきなひずみを残すことになる。
 また母親の不在は「母なるもの」の形成に大きな影響を与える場合が多い。 

 具体例を見ると、幼稚園では、協調出来ていい子であるが、家では駄々っ子で手のかかる子供が、基本的信頼を獲得し自律性を持っている子供に相当する。幼稚園でルールを守れない子は、自律性が得られていないのであり、それは、その前の段階で基本的信頼を感じる相手が持てなかったこと意味し、従って躾をするのは簡単なことではない。
躾とは子供に大人の文化を教えて行くことであり、言葉が理解できるようになる頃に、例えば、手ではなくスプーンで食べよう、おしっこはトイレでしようなどと教え、何をするか、しないかは、子供が考え、選べるようにするのが躾であり、自律性です。教えたら待つことで自律性は育っていく。

 また、サリヴァンによれば、人間は人との関係によって人間になる。他者があるから自己がある。他者の存在をしっかり実感し、他者を認めることが、その後の社会的人格を形成する基盤になると言い、自律とは他者と調和がとれることを意味し、そうすることで、対人関係を作ることが出来るようになる、としています。
 色んな研究によれば、いじめっ子は、親子関係に問題がある子に多いという結果が出ている。母親を信じることが出来、依存出来、親子で喜びや悲しみを共有できるコミュニケーションが取れれば、いじめっ子になる確率は低いとされる。

 また将来、不登校、家庭内暴力、リストカットなど問題行動や適応障害などの症状は、乳幼時期に基本的信頼と共感性と自律性が獲得できていない場合が多いとされている。

.児童期(4歳から7歳)「自主性(/罪悪感)」を育む―遊びのなかで挫折と成長を経験する
4歳から7歳ころ児童期のテーマは「自主性」「自発性」である。

「自発性」とは、自分の衝動のままに行動することではなく、外的・内的な力が統合できる能力(すなわち自律性)がついてから、自分の欲求を表現できるようになることを自発性という。
 すなわち外的・内的なバランスを保ちつつ、行動出来ている状態、自分が行動の中心になることを意味し、このような心の状態を「自主性」ともいう。
 自主性がうまく獲得されないと、行動が規範を冒し、はみ出た行動になり、「悪かった」「失敗した」「規範を冒した」という罪の意識(罪悪感)になるとしている。
「自発性、自主性」は、好奇心を持って自分から活動することで、積極性、主体性、目的性という側面も合わせ持っている。

 このように、この時期に、自分が心の中心であるという意識を持つことが,アイデンディティを形成する上での心の基礎になるとされている。

 エリクソンは児童期を遊戯期とも言い、探求心、実験的に活動する力、創造力、空想力,想像力は皆遊びのなかで育つとし、この時期に最も大事なことは「遊び」であるとしている。
 児童期の子供は、昨日出来なかったことを今日は出来るかな、と遊びのなかで実験的な発想を繰り返し目標に達成していき、限界を伸ばそう、広げようとし始める。
 この時期に遊んだ子は、将来努力することが出来るようになる。遊びのなかで壁にぶち当たり、それを乗り越える工夫をして可能性を広げた体験は、目標を設定し、努力出来る自主性、積極性、主体性に繋がっていくからである。
 ピアジェは「この時期に遊んでおかないと、将来優れた想像力のある仕事は出来にくい」としている。

 この時期にうまく遊べなかった子は、ニートになる傾向が強い。

「遊ぶのが仕事」というのは本当であるが、遊びが豊かに発展するのは次の学童期(小学校時代)であるが、このころから慣れ準備をしておくことが必要なのである。

 

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「老いの心理」を考察する②-エリクソンのライフサイクルを考える、その1

人は生きて行く中で、何度となく「生きること」に迷うものです。
そんな時にはライフサイクルの考え方は、迷いからの脱出の参考になることがあると思います。
先に古来からの知恵としてのいくつかのライフサイクル論を見てきました。

 現代では、人間のこころの在り方を研究する科学に発達心理学がありますが、
発達心理学は、基本的に外的な現象を観察して推測してゆくという、客観性を持った科学的な手法に寄っているものです。

 フロイトは内的なアプローチ、成人の記憶にある子供の頃の性的な衝動の現れから深層心理を推定し、精神分析という領域を拓きましたが、それは基本的に客観性に欠け、科学的なアプローチでは無かったので、神経学者であったフロイトは科学性を求めて「口唇期」「肛門期」などと科学性を装った表現をとり、心理の発達を性衝動のみから捉えるという限定的なものになっています。また、それは男性の自我の確立から壮年までの発達段階を見るのが目的であったため、「名誉、権力、名声、女性の愛」が分析の対象になっており、いわば人間の上昇期の発達を見るもので、下降局面に入ってからの人生には意義を見出さなかったと言えるものでした。

 ユングは人生の後半の意義を見出した最初の精神分析医で、心を無意識を含めた全体として捉え、中心に自己という概念を置き、自我の確立過程で邪魔になり無意識下に抑え込んできたものを、人生の後半では意識下に取出して個性の完成をはかる、すなわち自己実現{個性化}を図るのが人の生き方として完成されるべきものであるとし、そうすることで人の人生は芸術ともと呼べるものになるとしました。

 エリクソンはフロイトの説明を受け入れながらもユングの考えも取り入れ、膨大な臨床研究の中からユングより分かり易い説明である、生まれてから老年期までのライフサイクル図説をつくりあげました。
 フロイトが精神の発達を性的衝動の発展として捉えたのに対し、エリクソンは家族の人間関係を重視し、人間とは身体・心理・社会的な存在であるから、それらを十分に包含して発達を捉えるべきであるとして、人生を8期に分け、それぞれの期に乗り超えるべきテーマ、「危機的主題」を立て、それを上手く乗り越えられないと、人生の危機に直面し、順調な人生は送れないとしました。
 エリクソンは人間の生涯にわたる発達を考え、その中で思春期・青年期における心理・社会的危機としての「アイデンディティの形成」という概念を創出し、一気に世界中に広く認められることになりました。

 エリクソンのライフサイクル論は、言い方を変えると、人生には順番に乗り越えるべき課題、テーマが存在し、それらは飛び級することは許されず、順番に克服して行かなければならないものであり、そのテーマが現れる年代順によって人生を8期に分けたともいえます。
 これらのライフサイクル図説を理解し、知識として持っていることは、人生のどこに期に生きていようと、危機を克服して、幸福に生きて行くには有用なことと思われるので、これから順番にみて行こうと思います。
 もっともエリクソンは、その後ライフサイクルの完結として9期の段階を提唱して、死を目前にした85歳以上高齢者の人生の在り方を述べているが、それは老年の心理の締めくくりとして最後に述べようと考えています。 

図1:エリクソンのライフサイクルモデル―佐々木正美より 001

図1:エリクソンのライフサイクルモデル―佐々木正美より 001

図2:エリクソンの個体発達分化の諸領域―鑪幹八郎より 001

図2:エリクソンの個体発達分化の諸領域―鑪幹八郎より 001

 Ⅰ.乳児期(0~2歳)「基本的信頼」の獲得―人を、自分を信じられるか。母に愛されて、心が生まれる時期
 人生の最初の時期で、目安としては0歳から2歳くらいの時期をいいます。従って本人の記憶は無い時期になります。

 この時期は、人の人生を決定づけるという程にもっとも大事な時期で、「基本的信頼」を獲得する時期に当ります
 基本的信頼basic trust とは、人を信じることが出来るようになることで、同時に自分を信じることが出来るようになることを言います。
 自分を信じることが出来るようになると、生きて行く自信が出来、自分の存在に誇りが持てるようになり、自尊心が生まれます。この根本的な意識が持てないと、真っ当に生きて行くことは困難になるので、基本的信頼が持てない状態を精神科医バリントは「基底欠損」と表現しています。 

 私は、自尊心というものは日常の心の働きの領域を超えたものとして捉え、霊性領域の働きと考えています。
 つまり、人は生まれて人に成長する最初の段階で、心の基底となる自尊心を形成することで、宇宙の領域に繋がる霊性の領域をまず先行的に獲得するものと解釈するものです。

 基本的信頼がどのように形成されるかというと、これは一にも二にも母親の無条件の愛情の賜物です。母親の子供に対する「没頭愛」こそが大事で、子供が母親に全幅の信頼を持って依存することができること、「愛着」を持つことが出来ることから基底的信頼は醸成されます。
 その愛着は基本的に母親との間にしか成立しないものであり、無条件の母親の愛情によって形成されるものであります。
 人の成長には母親、あるいは母親に代わる人が必須であるということを意味します。

 精神分析医のマーラーは、子供は生後、自閉期、共生期、分化期、練習期、再接近期、を経て、およそ3年間をかけて、分離個体化を成し遂げるとし、乳児は生物的な生を受けた後に、ここで初めて「心理的な誕生」(サイコロジカルバース)をするとさえ言っています。
 分離個体化し独立した自我を形成するためにも、安全基地としての母親に愛着しなければならないし、そのような依存対象が無いと、分離不安、見捨てられ不安が残り、依存と独立のジレンマから個体化の失敗に陥り、独立した自我ができず、やがて非行、不登校、摂食障害などの、思春期境界例に見るような症状を呈するようになっていくといわれています。
 小児精神科医のエムディは、子供は何か心配に思うことがあると、母親を振り返って見ては確認し、自分を見守っていてくれる人がいると感じられる事が大事で、その中で社会のルール、規範、約束事に順応できる感情が育つと言っています。(ソーシャルリファレンシング、マターナルリファレンシング)また母親は見守ることと同時に、「よくできたね。」と、一緒に喜んであげることで、子供は社会性、共感性も育って行くとしています。

 いずれも、人生の最初期における母親の愛情の大切さを強調してもしすぎることはないとするもので、これらのことは、決して机上の空論ではなく、多くの発達心理学者や小児精神科医、臨床心理研究者達が、長い年月をかけた臨床研究から導き出された研究結果に基ずくものであり、真理として捉えていいと私は思っています。

 要は、おおよそ2歳までの、子供が分離個体化して独立した自我を形成するまでは、無条件に子供には愛情を注ぎ、可愛がり、甘やかせていいのだということです。
 躾けは、次のステージで、自律性の獲得が出来てからでいいのです。

 

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「老いの心理」を考察する①

 急速な高齢化社会が言われるようになって久しい。
 かつて人生50年、60年といわれたころは壮年期を目途に、人生の目標を定め、それなりに努力して、ある程度の目標を達成すれば、もう惑うことなく老年期に入り、しばらくの間、孫の相手でもして隠居生活でもしていればまもなく天国に行けたのであるが、平均寿命が80才を超えるようになると、壮年期を社会の中心、人生のピークとする社会、文化のなかでは、いかに長い老年期を生きるかは大きな問題になってくる。老いは、老いるにつれ低く評価されがちになってくるから、その中で身体的のみならず精神的に、特にスピリチュアルに健康で生きて行くのは容易ではないと思われる。
現在、テレビのコマーシャルの大半がいかに健康寿命を保つかと言うような健康食品関係であふれている。又実際年齢より5歳は若くありたいという願望から美容産業、美容医療も隆盛である。
 ところが、老いの心理をどう考えて行くかという、人間の不可分の関係にある心身の「心」の方の関心は薄い。言うなれば「心のアンチエージング」の取り組みはない。
そこで、『こころのアンチエージング』という新しい医療分野を作り、老年期の心の健康に寄与して行くことを妄想する。
 これは当然ながら、若者に負けないような気力と闘志で、若々しく生きて行くことを目的とするものではない。それは身体のアンチエージングで20歳の肉体が手に入るはずもないのと同様のことだからである。

まずはライフサイクルという考えを理解し、そこから老いの心理を考えてみることにしよう。そこから「心のアンチエージング」の方向性も見えてこよう。

 サイクルはディヴェロップメント(発達)と語源が同じであるというから、発達的な要素が内包されているのだろうが、ライフサイクルには人生の出発点から終了点の「過程、旅」という考えと、一連の時期、段階に分けて捉える「季節」という考えがあうという。普通には、人生が、どのような段階に分けられるかと考えるのが通常の用いられ方だろう。
 この領域の自然科学では、人間の心の変化を外的な観察から追求する発達心理学の流れがあり、一方でフロイトの精神分析から始まったユングやエリクソンの内的で、さらには社会的な観点からもライフサイクルを見る流れがある。

 ひとまず、これらは後回しにして、まずは古くから言い伝えの様に残っている古人の人生の智恵を見てみよう。

 グリム童話の中に「じゅみょう」というのがある。
 神様は、ロバに対して30歳の寿命を与えようとしたが、ロバは荷役にくるしむ生涯の長いのを嫌い、もっと短くしてくれというので、神様は同情して18年分短くしたという。犬も猿も30歳は長すぎて辛いと言うので、それぞれ12年と10年分短くした。ところが、人間だけは、30年では短過ぎると言うので、神様はロバ、犬、サルの分、18,12,10歳の合計40年を人間に与えたという。結果として、人間は30年人間としての生涯を楽しんだ後、18年は荷役に苦しむロバの人生を送り、続く12年は歯の抜けた老犬の生活をし、後の10年は子供じみた猿の年を送ることになった。
 これがグリムの昔話のライフサイクルの話である。ここでは30歳までを人間の人生として、壮年までを人間の姿で、それ以降を老いた動物の姿で示し、いつまでたっても壮年の強さが保たれる、保ちたいとする錯覚に対してシニカルな批判をしているのである。これは、ヨーロッパでは壮年が高く評価されるという文化的背景があるためでもあろう。
 ユダヤ人の言い伝え「タルムード」の中に「箴言」という一書があり、その中で「人間の年表」が述べられている。
10歳ごとに学ぶべき教育目標が掲げられ、60才では英知を備えた長老となることが出来るとされている。ここでは、信仰に生きれば、人の老年は神により守られ、安泰とされているのである。
 しかし現代人は信仰に生きる人ばかりではないから、老人は何かの意味を見出さなければならなくなり、大きな問題が生じてくるのである。
ここで注目に値することは70才代が白髪と表現され、心身の老いが象徴されるが、80歳代になるとゲブラという新しい特別な力が出てくるとされていることである。

 紀元前7世紀のソロンの説では人生70年とし7年を一単位にして10段階にしている。そこでは第7期8期の42歳から56才を言葉と精神の全盛期としている。その後は段々と力が衰え、死という引き潮に乗って立ち去ると述べている。

 中国では論語の言葉があまりに有名である。
我十有五にして学に志す、
三十にして立つ、
四十にして惑わず。
五十にして天命を知る。
六十にして耳従う。
七十にして心の欲すところに従いて矩を越えず。

 孔子の説では、老年の70才は衰退ではなく人の完成像になっているのが特徴的である。

 桑原武夫によれば、「天命を知る」というのは、五十の衰えを感じて自分にはこうしかならないと認め運命を甘受して生きようとすることであり、耳順も、あくまでも突進しようとするひたむきな精神の喪失とも言えるし、70才は自由自在の至上境ともいえるが、同時に節度を失うような思想行動が生理的にもうできなくなったという意味ともとれるであろうとしている。
 桑原は逆説的ではあるが、孔子の言葉は、老いることで成長し完成に向かうのは生理的過程に抵抗することによって得られるのではなく、そこに身を任せてこそ得られるのだと言っているのだ。

 ヒンズー教には上級カーストの人々の理想の人生の生き方として「四住期(学生期、家住期,林住期、遁世期)というライフサイクルの見方がある。
 「学生期」は、師に対する絶対的な服従と忠誠が要請され禁欲が義務付けられる学びの時期である。
 「家住期」は、結婚をさせられ家庭を持ち、仕事をして世俗的な建前を重んじて生きる時期である。
この先は人生後半に入るが
 「林住期」は、財産家族など一切と社会的義務なども捨て、人里離れたところで一人で暮らす時期をいう。それは「名づけることの出来ない本質に到達するための努力」「真の自己を求める道に入る為」とされている。しかし、家族など、世俗との接点は少しは保たれており、次の遁世期への移行段階とされている。
 「遁世期」は、この世の一切の執着を捨て、無一文の乞食になって巡礼して生活する老年期をいう。
 人生前半の世俗的な生活から後半の、聖なる脱俗の生活に移って人生を終わるのだが、その移行段階の林住期は、現在社会の「中年の危機」に通じるものがある。あるいは、壮年期に向かって作りあげてきた自我、アイデンディティが瓦解する、ユングの言う人生後半の問題に直面する時期でもある。

 高齢社会となった現代では、さらにもう一度、老年期に入る前に危機が来るのである。

 これをエリクソンのライフサイクルで解き明かしていく中で「老いの心理学」、「心のアンチエージング」を具体化して行こうと思う。

 

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中村天風哲学―AIFを比較考察する①

 私の著書「本当に美しくなるための医学」を贈呈した,息子の同級生で、弁護士をしている年少の友人NY君から、私の提唱した自律統合性機能主義の世界観は、中村天風氏の思想に似ていると指摘されたので、天風氏を読んでみることにした。

 そして知ってみて、中村天風氏をそれまで全く知らなかったのは誠に不明であったと少々恥じ入った。
 天風氏は、大正、昭和にわたり、日本の各界の指導者に精神のあり方,人の生き方について精神的な指導をした思想家、哲学者でもあり、啓蒙、啓発家でもあった。
 

氏の主催する「修練会」の会員制組織は天風会とよばれ、氏の存命中(1876-1966)は政財界から学術、芸能、スポーツ界の名だたるお歴々が名を連ね、会員数は10万人を超えていたというし、現在も高弟たちにより活動は継続しており、延べ会員数は100万人を超えるという。

 まずは、個人的に天風哲学が何たるかを勉強するために著書を漁ったが、基本的には天風哲学を体系化して書いた著作は無く、天風氏の講演を門弟が、そのまま論述形式に書き起こしたものが基本である。従って、講演集、テープの類はたくさんあるので、それらから天風哲学の全貌を各々が自ら作り上げていくしかないのだが、驚いたのはそれら資料が非常に高価であることである。代表的な3部作「成功の実現」「盛大な人生」「心に成功の炎を」は、計3万円を超えるし(さらに高価な皮革の装丁本もある。)、アマゾンで中古を探しても結構高値維持である。(これは、著作権、出版権を天風会が独占しているからであろう。)

要は、天風会は、政財官のブルジョア階級の啓発団体であったという戦前の歴史から脱し切れていないということなのだろうか。

 彼が一貫して話す宇宙、生命から人の在り方、生き方に関する世界観は一般に天風哲学と言われるが、基本は「気で生きる」ヨーガ哲学に源流をもつ理論である。
 天風氏自身は、確かにヨーガに始まったが、その後学んだ、仏教(禅)や心理学、精神医学や最新の自然科学からも知識を取り入れ、自らの人生経験を元に総合的に創りあげたもので、中村天風オリジナルのヨーガを超えたものであることを強調している。

 一方、私のAIF理論がヨーガ思想に似ているということは、本にする前に私自身も気が付いていたが、かといって、ヨーガを積極的に勉強したことはなかった。

 今回は、天風哲学を知るために、まずは代表的な3部作をrereadし、周辺の著作もいくつかは読み、その概略は理解したつもりである。資料は、基本的にどれも系統だったものではなく、断片的なものが重複して語られていることが多く、全体像はそれらから類推するしかないので、理解は人によって異なり、深く理解している人や、本人に身近で接し直接薫陶を受けた人から見れば大きく間違っている可能性は残る。

 釈迦、キリストや孔子、ソクラテスの例を挙げるまでもなく、昔から偉大な宗教者や哲学者は、自らの思想は文字ではなく肉声で伝えるに勝る方法は無いと考えたのか、自ら著した記録は無く、彼らの思想は後世の弟子によって文章化されたものが多い。
天風哲学の魅力も、天風氏個人の強烈な個性と類まれな雄弁さに由来するところが大きいので、文章では伝えきれないところが多いのだろうし、天風哲学の真髄は、「悟り」でもしない限り、理解し得ないであろうことは容易に想像できる。
 

従って、天風理論を要約し、私のAIFモデルと比較考察しようなんて目論見は傲慢のそしりを受けて当然であろうと思う。

 そこで言い訳をするならば、これは私の自律統合性機能主義AIFという世界観を、天風氏のそれと比較し、彼の発想の淵源を探ることで、私自らの考えを深化発展させて行こうとする動機によるものであって、ここでは、その道筋を記録しておこうとするものに過ぎないのである。
 

  また、天風氏の哲学を御存知で、興味を継続されている方、あるいは私のブログや著書でAIFについて多少なりとも関心を持たれている方以外の人には、チンプンカンプンでご理解いただけないかもしれないことを、最初にお断りしておきます。

まず、中村天風哲学を私なりに、超要約してみます。

 大自然、大宇宙は真空の中から極微細粒子、気(素粒子?)として生まれ出たものあり、人間の生命は宇宙の気から生まれたものである。したがって人間の生命は宇宙の根源的要素(ヨーガでは宇宙霊)、宇宙エネルギーVrilと気を通して根源的につながっているのである(同根同質)。
 宇宙の根本主体は宇宙霊という気であり、それはアプリオリに(本来的に)進化向上へと運動する性向を持っていると思われる(と無条件に考える)。そして、これと同調して生きようとするのが、「気」によって生きる天風の理想とする生き方であリ、天風哲学の根底となっている。
 人間の本質も、霊魂と呼ぶ気であり、気が表われたのが「心」であり、「心」が表われたのが「肉体」である。つまり、心も肉体も人間の本質である気の「道具」に過ぎないと考える。この二つの道具、心と肉体は一体のものであり、それらの統合の上に生命は成り立っている。
 それを一つのものとして使いこなすのが心身統一であり、それにより、潜在意識に溜まった雑念、妄念を取り除き、命の本然の力を発揮させ無我無心、無念無想に新規転換を図ることが可能となり、宇宙霊と一体化することが出来る。
   また心身統一によって、自分の命に出来る限り多くの喜びを味わわせて生きるのが、天風の言う本当の生き方であり、倫理観でもある。
 

 人間が万物の霊長であるのは(すなわち人間の本質は)、人間にのみ「心」が与えられている理由をよく認識し、心が、人間が宇宙の進化向上に同調し宇宙の働きに貢献するように人間の行いを導き規定して行くところ、にこそある。
 人間たるものは万物の霊長として、そのように心をもつようにする責務がある。そのためには、人は肉体から派生する本能心、我から派生する理性心を克服し、霊性心で心を支配できるようにならなければならない。
 

霊性心とは、進化向上につながる眞・善・美を本質とし、人では人を喜ばせ、社会のためになることをするという本心・良心として現れるものである。人に霊性心が現れると、人は純心無垢、無我無心、虚心平気になり、一切の葛藤、煩悩から解放され、心が何にも支配されない無、空の状態になる、そのような霊的境地になると人間の生命は宇宙の根本主体・宇宙霊と繋がり一体化し、無限の宇宙エネルギーVrilを生命の中に取り込むことが出来るようになる(神人冥合)。
 その宇宙エネルギーは、人の心の思い、考えに順応して与えられることになっているので、人は尊く清く正しく勇気に満ちた、深くて大きい望みを持たねばならない。そうすれば、人は皆、その人物が思い願うものに見合ったに大きさのエネルギーを分配され各人の思い、考えが成就できることになる。
 

 神人冥合の世界では、人は無我無心、無念無想、虚心平気の利他の世界にあり、人の喜ぶこと、世のためになることしか考えないし、行わないので、人は喜びに満ち溢れた気持ちになり、心身健康な幸福な生活を過ごすことが出来るようになり、世界から争いは消え、持続可能な平和な世界が実現する、とします。

 ところで、天風哲学で最も肝心なところは、このような世界観を単なるhow to sayで留まるのではなく、それを実現するための理論と方法 how to do を示している所である。
 すなわち、それらの方法を実行すれば、「悟り、霊的境涯」も実現するという自力本願的なところであり、かつ従来の宗教哲学とは大きく異なっているのは、難行苦行の末、自ら達するというものではなく、もっと日常、習慣的に行う実際、実用的な方法で可能であるとし、その方法を具体的に示しているところが大きな特徴になっている。

 すなわち、人が万物の霊長であるべく「心をコントロールをする力」を強くするために、「観念要素の更改」、「神経系統の調節」をし、それらを習慣化して「積極的観念の養成」をすることが大事であるとし、具体的にはヨーガの「クンバハ(ある種の姿勢をとる)」、「安定打座(瞑想)」、「言葉の力」、「自己暗示」、で心身統一を図り、霊性心に達することが可能となり、宇宙霊のエネルギーと一体化できる(神人冥合)、としているのである。

 以上が、私が認識した天風哲学の大筋である。

 私の自律機能統合性AIFの考えは、あくまで観念論であり、そこに限っては天風哲学と比較論証は可能であるが、how to doの部分は、AIFにはないので比較はできない。 ただAIFの観念を臨床医学に応用しようというのが、私の当初よりの意図であるので、天風氏の示した多くの方法は、私にとっては誠に多くの示唆に富むものであることは間違いない。

 次回は、天風哲学の依拠する論拠に迫り、それを私のAIFと比較考察する予定です。
ただ、AIFについては総説的な解説はしないので、興味がおありの方は、このブログの前の方のAIF関連のいくつかの論文か、拙著「本当に美しくなるための医学」をお読みになってください。

 

Platinoron Gel(プラチノロンゲル)細胞・分子レベルから量子レベルへ

『ほんとうに美しくなるための医学-美容整心精神医学に挑戦する』を上梓しました

表紙カバー

表紙カバー

裏表紙カバー

裏表紙カバー

私のサイト「AIF研究室」の中で考えてきたことを、ブログ「心の部屋」で、少しづつ纏めながら、約2年ほどの間に書いてきたことを,この度一冊の本にまとめ出版することになりました。
形成外科医時代は、論文は読まない書かない、書いても超遅筆という人間が、精神科に転身するや、ここ数年で形成外科35年分に匹敵する読書量をこなし、4年強で、とうとう単行本まで書くという変身を見せたことになります。

 内容は兎も角として、非常に美しい本に仕上がっており、見てくれは本人的にはいたく満足しております。
 私の人生は「外観」がテーマですから、本の外観、装丁にこだわるのは義務のようなものであり、苦労の末、またもや畏友ジョージ氏の仲介で、K2というイラストレーターの長友啓典氏と黒田征太郎氏が創業した、東京でも有数のデザイン事務所にお願いすることが出来ました。しかもイラストは黒田征太郎氏が自ら描いて下さり、著者には身に余る,センスの良い美しい本に仕上がったと思っています。

目次

目次

目次-2

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目次ー3

目次ー3

 内容は美容整心精神医学について書いているわけですが、それが何ものかは、本を読んで頂くか、ブログ『こころの部屋』を遡って読んで頂ければ分かりますが、
 一言でいえば、整心精神医学とは、身体的、精神的、霊性的に‘より健康的に生きるように導く精神医学‘のことであり、美容整心精神医学は、‘健康に加え、より美しく生きるようなライフスタイルに導く精神医学‘を言います。

 そのような分野を扱う医学は今までになかったので、この本は新しい医学分野の概念を提案するものであり、文中で、その具体的、直裁的な方法論を述べているものではありません。
 それは、ともすれば啓発的な臨床心理士やカウンセラーの書く本のようになるのを防ぐためでもあります。
 短絡的にいえば、現在の医学の見解では、人間の心身の健康や寿命は、どうもフリーラジカル(活性酸素)が最も関与しているようであり、そのフリーラジカルはストレスの影響を最も強く受けて発生しやすいものとされ、同時にストレスは免疫力も低下させるので、ストレスこそ「健康で美しい生き方」の最強の敵という、言われてみれば、ごく普通の当たり前の結論になっています。

AIFモデル図

AIFモデル図

 何故そのような結論が導かれたかは、医者の人生の大半を形成外科医として、残りの4年間を自分を確認するために精神科医として過ごし、私自身が到達した自然観、世界観から導いていますので、是非、本文をお読みください。

 美しい生き方は何を持って美しいとするかに普遍性はないでしょうが、自分に合った最もストレスのない美しい生き方を模索するお手伝いをするのが美容整心精神医学であり、その実践の場が私が開設した美容整心メンタルクリニックです。

クリニックのパンフレット

クリニックのパンフレット

 興味を持たれた方はホームページhttp://biyouseisin.comをご覧になり、どうぞお遊びにいらして下さい。

 *なお拙著をクリニックにご用命(03-3263-2113)(biyouseishinclinic@yahoo.co.jp
 くだされば、署名を入れて送料無料でお送り致しますのでご利用ください。

 

Platinoron Gel(プラチノロンゲル)細胞・分子レベルから量子レベルへ

パーソナリティ障害について―AIFモデル理論で治す

 最近13歳の少年が、17.8歳の少年たちに、首を切られて殺されたというニュースがあり、社会に衝撃が走った。少し前には19歳の名古屋大学の女子大生が、知人の老女をメッタ刺しにして殺した後に正月帰省し、帰宅後一晩死体のそばで寝たというようなニュースもあった。さらに前には佐世保で女子高生が、友人を自宅マンションで殺し切断した。
 殺しというものをしてみたかった、告げ口をされたからブチ切れた、とかいずれも普通の感覚では理由なき殺人に近いものである。殺人に正当な理由があるわけではないが、殺意を持つにはそれなりの了解できる範囲の理由があるものが普通である。

 彼等が、明らかな精神病者でなければ、昔は精神病質者として扱われ、これはもう変えようがない気質であり、救いようのない者として扱われていたが、1980年に出されたアメリカの精神医学会の診断基準DSMⅢで、「考え方と行動の偏りという人格の病気―パーソナリティ障害」として一つの病気になった。病気であるからには、後天的に何か原因があって、病的な状態になったという訳である。

 これは、彼らを正常の範囲内においておくと、自分達を守る常識という世界の枠が壊れてしまうから、異常の範囲に入れ、自分達の常識世界を守ろうとする社会の要請に応えたかのようにも見えるのである。
 「あいつの女癖の悪さは、もう病気、病気だよ。」って言いませんか。
 そうこうするうちに、医学界から病名が付いてくる。「セックス依存症」という病人になるのである。
このような取り込みを医学化というらしいが、精神医学ではこれは珍しいことではない。「ギャンブル依存症」、「ネット依存症」、「ゲーム依存症」と社会の常識からズレだせば病気に昇格するのである。間もなく「スマホ依存」も「ストーカー(追跡)依存』も出てくるものと思うのである。

 精神障害は基本的に自己申告であるから、最近流行の「適応障害」、「新型うつ病」に至っては、何処までが病気で、何処からが単なる我儘かサボリヤかは正直言えば正確には区別がつかないだろうと思う。

 パーソナリティ障害もその隣には少し程度の軽い、「特定の不適応的パーソナリティ特性」という領域があり、それと「個性、正常」とは連続しているという。

 精神疾患は、基本的に各疾患の明確な線引きはつかないので、ある範囲は一つにひっくるめて00スペクトラム障害、(例えば統合失調症とその周辺の疾患は統合失調症スペクトラム障害とするように)とするのが最近の傾向である。
 これは、私が従来から言っている「心は波動である」という主張からすれば、至極当然な成り行きであり、精神病理学も新しい視点で研究して欲しいものである。

 さて、ここではパーソナリティ障害の常識的な知識について話しておこうと思う。

 パ―ソナリティ障害とは、「考え方や行動のパターンが著しく偏り、本人や周囲の生活を苦しめるようなもの」をいいます。

 アメリカ精神医学会の診断基準DSMⅣでは、大きく3つのグループに分けられ、10のタイプに分類されています。
 代表的なものを挙げると、

 「境界性パーソナリティ障害」、俗にボーダーラインというもので、医学的には妄想分裂ポジションという、すべてをall or noneで判断する自我レベルにとどまっており、統合失調症と神経症の境界に当るとされることからこのように呼ばれています。特徴は「両極端に揺れ動く」ことであり、俗に切れやすい人です。根底には強い愛情飢餓と依存対象からの見捨てられ不安があり、また自己肯定感が持てず、自傷行為や自殺企図が多く見られます。

 「自己愛性パーソナリティ障害」は、自分を大事にする気持ちが異常に強い人で、自分は特別な存在だと思い、褒められたり、特別扱いされるのが当然のように思う人です。自慢話が好きで、賞賛してくれる取り巻きを求めます。
 境界性パーソナリティ障害が自己否定の泥沼でのたうちまわっているのに反し、自己愛性パーソナリティ障害は自信に溢れ誇大な成功を夢見ており、ちょうど正反対のように見えますが、実は根っ子は同じというのが、最近の精神医学の見解です。自己否定による落ち込みを避けるために、誇大な自信を振りかざして、自分を守っているという訳です。

 すべてのパーソナリティ障害には全般的に共通する特徴があり、それこそがこの障害を知るうえで重要なことです。
①  自分への強い執着性、②傷つきやすさ(脆弱性)、③両極端な思考、④人を本当に愛することの困難さなどが等しくみられ、結局はパーソナリティ障害は基本的に自己愛の障害(幼い自己愛に支配されているという自己愛の障害)であるとの指摘がされるようになってきています。

 コフートによれば、成長段階において、子供の未分化な自己愛は母親の愛情や関心、世話によって十分に満たされつつ、段階的に母親の庇護と支配から分離されていくことによって、より高度な形態に発展する。さらに、理想化された親を、自我理想として取り込み、それを土台として対象愛へと発展させる。ところが、母親の愛情や関心が余りにも早く失われたり、逆に母親からの切り離しが行われず、高度な形態への発展を妨げられると自己愛の傷つきが起きる。
 これはメラニークラインの部分対象関係から全体対象関係への移行の失敗と同列で、妄想分裂ポジションに留まることになり、カーンバーグのいう境界性人格構造を形成する母胎になると思われます。

 精神科医の岡田尊司はあらゆるパーソナリティ障害は、自己愛の障害という、基本的に同じ構造を持つと言っています。

 つまりは、パーソナリティ障害の人達は、生まれて早々期に母親から母親と一体化するような没頭愛を受けられなかったことが最大の要因で、「根本的な安心感の不足」「満たされない承認欲求」を補うために独特の偏った行動様式を発達させ、生きることから落伍しないように戦っていると説明するのである。

 岡田は、パーソナリティ障害について愛情をこめて次のように述べている。
 多様なパーソナリティ障害のタイプは、傷つきやすい自己愛のさまざまの防衛の形態として理解でき、パーソナリティ障害の人は、傷つきやすい自己愛に由来する生きずらさの中で暮らしている。それは本人や周囲の生活に困難をもたらす。
 人は本来どんな環境、状況にあろうと死ぬ瞬間まで生き抜くようにつくられているのである。生きようとする命の力と、抱えている生きずらさは、せめぎ合いながら、その人特有の適応パターンを織り成している。パーソナリティ障害とは生きずらさを補うための適応戦略だともいえるのである。
 離陸した早々に,片羽根が傷ついたからといって、人間は飛ぶのをやめるわけにはいかない。傷ついた片羽根を抱えながら、飛び続けるための必至の努力と対処の結果生み出されたものが、少し変わった飛び方であり、パーソナリティ障害の人の認知と行動のスタイルなのである。こうして誤った生存戦略は、まだ幼かった頃満たされなかった欲求を紛らわすために不適切に身に着けてしまったものである、と。

AIFモデル

AIFモデル

 私は、人間の健康は、人体における「神経系」「内分泌系」「免疫系」に『こころ』を加えた4者が相互に作用し複雑系システムを構成し、「身体波」、「精神波」、「霊性波」が自律統合性機能AIFによって共振し、バランスよくリズム振動することで成り立っているとすると考え、AIFモデルを提唱しています。それが、このホームページの基本理念にもなっています。
 このモデル理論で見ると、パーソナリティ障害は4つの波動の共振が得られていない状態であり、主に霊性波の失調が強くバランスを失っていると捉えています。失調したリズム振動を回復させるには、AIFの主導性を強化する必要がありますが、それには身体波、精神波の波動エネルギーを高め、それに霊性波を巻き込むように共振させ、AIFのリズム振動を回復させるのが良いと考えます。そのためにはもっとも影響力のある「免疫系」を強化するのが有効だと考えています。身体系に免疫力が付けば、心も強くなり、それはまた身体系を強くし、しいては霊性の場のエネルギーも高くなりAIFの軸も回復します。
 この様な視点でとらえれば、パーソナリティ障害の人の治療も可能だと私は考えています。私の美容整心クリニックでは、免疫力の強くなる生活療法、精神療法、食事療法などに有効なサプリメントも組み合わせ、他では体験できない治療の場を提供しますので、心が現認で生活につまずいて、上手く生きられない方は、どうぞご相談にいらして下さい。

 

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新年に漠然と考えたこと(その2)-山田廣成の「意思と対話原理論 について

 新年に漠然と考えたこと(その1)からの続きです。
山田廣成の思想は、要約すれば、対話原理という山田が導き出した自然観を方法論として量子力学を見直しており、そこでは量子論が電子は粒子でもあり波動でもあるとしているのは間違いであり、電子は粒子でしかない、電子は確かに波動性を示すが、それは電子が干渉するが故の現象であり、干渉することが本質であり、電子は粒子が実体であるとしている。

 電子はなぜ干渉するかといえば、それは電子に意志があるからだ、とするのが山田の主張の核心である。
 電子に意志があるとすれば、ボーアのコペンハーゲン解釈も波動の収縮などと奇妙な理屈をつけなくとも説明がつき解決でき、シュレディンガ―方程式も波動の経過を示すのではなく、単に状態を示す方程式となり、有名なシュレディンがーのネコの思考実験の問題も解決できるという。
 生物はダーウィンが言うような突然変異では進化しない。進化するのはそうあろうと、自らが選択する意志であり、万物には意志があり自ら決めるのだという。人間の意志は電子の意志の総体であり、地球の未来も地球を構成する万物の(人間も含む)の意思によって決まるという。
 山田による意志の定義は、「個体を統合する力を有する実体」「他者から己を識別する力を有する実体」「他者と対話し干渉する実体」であり、「干渉によって意志の変更が起き」,「発現する意思は確率統計現象に従う」ものと定義する。この定義で本来人文科学的な領域であった「意志」を物理学の公理に組み込め、物理学と社会学をつなぐ懸け橋にすることが出来る。これは人文科学の概念を物理学に導入して、物理学が解決できる範囲を拡大しようとする試みでもある。生命、非生命の境界が分離しがたくなっている今日、人間の生命とは何かを、本来非生命的な物質を扱う物理学的思考で考えてみることには意義はあると思う。

 電子に意志があるとする根拠は、その振る舞いが人間の振る舞いに酷似して居ることを山田は11の状況証拠をあげて明らかにしている。その類似性から人間に意志があるなら電子にも意思が無いと言う理由が無いとし、電子の意思にアプローチすることは人間の意思にアプローチすることであると言い切っている。主な類似点をあげると。
ⅰ)人間と電子は、多数で種として存在し、他者と共存し、お互いに居場所を決めている。ⅱ)両者は、閉じ込められると干渉する干渉性がある。電子は干渉縞を作り波動性が出てくる。ⅲ)両者とも振る舞いの予測は出来ない(不確定性原理)。ⅳ)行動は確率的であるⅴ)決定は統計理論に従う。ⅴ)均一に分布せず、局在する性質がある.などがある。
電子はパウルの排他原理によって、同一時刻に同一場所には存在できないことから、ある電子が居場所を変えると、他の電子は自分の居場所を代えて空間全体の調和をはかろうとする。つまり電子が干渉し合い自分の位置を互いに調整している。干渉を起こすということは、個体同士が会話して認識し合うことであり、電子は干渉し、対話が存在していることになる。対話が出来ることは意思の存在でもあり、また人間は無数の電子からできているから電子の性質を受け継いでいるはずであり、人間に意思があるということは電子にも意思があることhあ否定できないとする。

 意志がある→個性がある。→確率統計に従う→波動性がある→干渉する→対話ができる→意志がある。→対話が出来る→干渉する。→波動性がある。→確率統計に従う→個性がある→意思がある、のサイクルを対話原理とし、その中で電子の確率現象の実体は意志の存在である、と説明している。
 対話原理は、
古典物理学の考えでは、自然現象は数式化でき、変数を入れればすべての事は予想できるとする決定論である。還元論的唯物論で人の心も数式化でき、変数で人の気持ちも決まるとなると人の自由意思というものは存在しないことになる。

「心には自由意思がある」ということを前提とするならば、心は古典物理学では解明できないことになる。量子論が関係するという推論が成り立つ。
山田の意思論では、万物に意志があり、その意思の定義は独自性、識別性、干渉性、変容性と確率性であるから、干渉性で対話して意思が変わるとするので、意思は決定論では決められず、意思には自由があることになる。
世界(自然)は、物体(個体)と場からなり、個体には場が付随しており、場を介在して個体は対話する。対話が発生した場は干渉性が出現し、場の構造は波動方程式で記述されるが、本来は対話を表しており対話方程式と呼ばれる。対話で意思の統一が図れると共鳴であったりコヒーレントな状態になる。対話の結果、万物は流転する。
量子力学が導くところは、対話原理に従い、未来は人間の意思によって決まるとしている。対話原理の言葉を借りるならば、あらゆる個体が階層として存在し個体に個性と意思があり、互いに対話して未来を決めるという思想である。あるいは人間を含むすべての個体の相違で決まると言っている。又「存在」の意味は、他者によって決められている。個体は他者に映った己を見ることによって己を認識している。それは電子も人間も同じであり、神は私の存在に直接は関わっていないと考えるのが量子力学の思想である。万物は対話の結果流転している。

結論としては
存在は、個体が複数で存在し、個体間で対話があり,干渉があることで規定されている。電子も人間も宇宙に一個だけもいる状態は規定されず、存在の意味を失う。個体は他者に投影された己を見ることで存在を認識する。その存在は意味の存在であり実存である。

 他者を識別し、己を識別しなければ、個体ではない。干渉を起こさなければ意思を有する意味が無い。
 自分の存在を他者が認め、他者の存在を自分が認めた時に始めて自分が確立する。
 電子も人間も同じように他者により存在が規定される。
 山田の論旨が正確に伝わったか自信はないが、おおむねこのような論旨と理解した。
対話原理からは、あらゆる物体は科学的な論証で、共存する運命体であるとする量子力学の思想が生まれ、グローバルゼーションからローカリゼーションへ、量から質への思想の転換をすすめている。そして真の民主主義は、この新しい対話哲学でしか実現しないと主張している。

 対話原理が導くものは民主主義である。量子力学の波動関数によって個体の存在が規定された。「存在が他者により規定されることが明らかになり、他者を抹殺することは己を抹殺することである。すべての個体が平等であるという概念が量子力学により導き出された。そして、未来は、全ての個体の総意によって決まるという結論が出された。

 終わりに
 これからは、量子論的自然主義はすべての学問を統一する、明日は明るくなる。

 いささか楽観的だが、山田が自らアインシュタインを越えた、革命的な思考であると主張するような学説は基本的に面白い。

 ところでこの量子哲学と自説の自律統合性主義AIFを照合すると、AIFは「すべての個体(電子から宇宙に至る。)の意思の統合された総体」であるとすれば、旨く説明できそうである。AIFは全体の統合性を持つから、」個々の個体のバランスを全体性の中で保つことが出来ることになる。そうすればAIFは、神に相当する絶対的な存在を使わなくともよくなる。私は、AIFとの整合性を念頭に、もう少し深く山田理論を読んで自分の立場を明らかにすることが、自分なりの思想を形成する上で重要な気がしている。

 山田理論が楽観的で、余りに突拍子もないと思うのは、我々が300年以上もニュートン力学のもたらした文化的背景で生きてきたせいかもしれないし、我々の意識がそこからの脱出を意思するとき、今までとは違う新しい認識が出来るのかもしれない。
 同時に他の新しい理論の出現が待たれるところでもある。

 

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再び心脳問題 量子論、霊性との関係について

最近山本貴光、吉川浩満の「脳の世紀を生き抜くー心脳問題」(朝日出版、2004)を読んで、思うところがあったので、再び心脳問題を考えてみようと思う。(心の部屋;心脳問題と量子論その1-2014.03.16,その2-2014.03.26,その3-2014.04.05)
山本と吉川は慶応藤沢キャンパスの卒業で、僕より二周りも若い新進気鋭の哲学者と紹介したいところだが、実の所、何が専門なのか僕には分からない。「哲学の劇場」というウエブサイトを主宰とあるが、そのサイトをまだ読めていないので、その実態はつかめていない。
 とにかく、よく整理された本である。文中で、くり返しサマリーが述べられ、読者が迷わないように配慮がされているが、問題が問題であるだけに、著者の言い回しに翻弄されて、つい迷路に入ってしまい、どこかはぐらかされたような気がしてもそれが明文化出来ないもどかしさが残った。
 

 それは多分に小生の貧困な能力の問題であろうが、しかしこれを機に心脳問題をもう一度整理し、問題の根幹をなすものが何であるかを見ることは自分にとっても有用と思うから試みてみようと思う。

 心脳問題はジレンマから始まった。(dilennma;二つの前提の二者択一の板挟みになり悩むこと)「日常の経験」と「科学の説明」の間のジレンマ、例えば愛するおばあちゃんが亡くなった悲しい現実の気分と、感情中枢が興奮しているにすぎないという科学的な説明の間のギャップに感じるジレンマ。
 そのジレンマを解く答えの一つが脳心因果説である。脳の働きが00であるから、あなたの思考、感情、行動は△△になるという、脳を心の原因とし、心を脳の結果とする考え方である。
 しかしこれは、物質の脳の機能と非物質の感情というカテゴリーの違うことを同列に並べて関係づけようとした誤りがあるとして、これをカテゴリーミステイクと言う。例えば、同じ椅子に対してデザイナーと物理学者の評価を比べても、観点が違うから意味のないのと同じことである。 

 もう一つが脳還元論である。あなたの△△という思考、行動、感情は、実は脳の00という働きに過ぎないとし、脳さえ分かれば心はわかるとするもので、人間的なあらゆるものを脳の機能に還元して、△△は実は脳の働きに過ぎないとする立場である。すると、脳が世界の全体を生み出さなければならなくなるが、脳もその世界の一部であることから矛盾が生じパラドックスになるというものである。

 心脳問題は「人間とは何か」から発した問題であり、人間はモノと心の二つの要素で説明されるので、心脳問題も4つに分類集約される。
1  人間はモノである。人間の本質は物質だけであるとする唯物論。「脳が解明できれば、心の事もすべてわかる。」とする、DNA二十螺旋構造でノーベル賞のクリックや遺伝子発現でノーベル賞を受けた利根川進が言う理論で、それを物理主義的唯物論という。それに対して創発的唯物論は、実在するのは物質だけだが、心は脳という物質から創発されると考える立場。創発とは、個々のレベルでは存在しない性質が、個々の要素が関係し合うシステムのレベルにおいて生じる事を言う。(例えば、鳥のⅤ字飛行は一羽の鳥では無い性質が鳥の群れが創発した、と考える。)創発主義的唯物論では、心は脳という生物学システムから創発していると説明する。
2  人間は心=唯心論
人間の本質は心だけである
とする立場。

全てが心に還元できてしまい、モノは実在しないことになる。
人間が意識しているものだけが存在する、人間が認識しているその限りにおいて世界は存在する、と考える。

3  人間は物と心=2元論
人間には物質の要素と心の要素があり
、二つの要素は互いに還元できないとする。つまり、心は物質の側から解明しつくせないし、物質も心の側からは解明しつくせない。

心とモノはどのような関係にあるかによって、1)相互作用説:心と物は何らかの手段で相互作用する。(デカルトは、松果体で脳と心が相互作用するとした。)2)平行説:心と物は厳密な並行関係で完全に独立し、作用し合うことはない。(スピノザの考え)3)随伴説:脳の働きに随伴して心が生じる。(チャーマーズの考え;心は確かに物質を条件としてそこから生じる何かであるが、それは物質の法則だけでは解明できない、科学が探究してきた物質の法則の他に精神の法則を探究するべきだとした。)これは創発主義的唯物論と基本的には同じで、心の存在を認めたくない人は創発主義的唯物論をとるし、精神に重きを置く人は、随伴説をとるだろう。

4  人間は、ものであり心である=同一説
物としての人間と心としての人間は同じモノの異なる見え方とする理論。人間は物でもあるし、心でもある

しかしその同じモノが今問われている人間そのものであることから、理論的には答えになっていない。
養老孟司は、心は脳の構造が可能にする機能であるとし、構造と機能は同じモノについての異なる見方に過ぎない、と言っている。

この本では、これら4つの理論はいずれも不完全であるとして、それをカントのアンチノミ―(二律背反)理論で解説し、矛盾を証明している。
唯物論、唯心論はアンチノミーがなかったことにしているだけで、二元論はカテゴリーミステイクにならざるを得ず、同一説は意味不明な教説にとどまるほかないという。

 日常の経験[おばあちゃんの死による私の悲しみ]と科学の描写「感情中枢の興奮状態」との対立、ジレンマをどう考えるか、この違和感をどう解決するか。
 これを今まではカテゴリーミステイクといって片づけてきたが、両者には抜きがたい関係性があるようにしか思えない。この解決不能な問題を哲学者大森荘蔵は「重ね描き」という理論で解消しようとした。曰く、このジレンマは対立ではなく日常描写に科学的描写を重ね描きしているに過ぎない、イラストの上にレイヤーで解説するようなものだ、ということ事でジレンマを解消出来るとした。
大森は二つの世界を混同(カテゴリーミステイク)してみるのではなく、重ね描きとしてみることを提唱したのである。

 まとめると、「おばあさんが亡くなった悲しみという日常の経験と「感情中枢の働き」という科学的な記述の働きのどちらが本質的か、という問いには日常の経験と科学的な記述を同列に並べてその優劣を問うことはカテゴリーミステイクであることが分かったが、それを「重ね描き」で理解すればジレンマは解消することが明らかになった。

 しかし、ジレンマはここで新しい問いに代わるという。それは、悲しみと感情中枢の働きという二つの世界の関係が、本来は重ね描きであるのに、なぜ人の気持ちの中ではジレンマとして現れてしまうのかという第二のジレンマの問いである。この問いは心脳問題が決して自己完結出来ないことを示している。心脳問題は原理的には、[何が正当か?]を問う権利問題であるが、現実においては、[実際は何が起きているか?]を問う事実問題としても扱わねばならないということから疑似問題に帰着せざるを得ないという。
権利問題と事実問題のギャップ、ジレンマは必ずな政治経済的状況などの社会的文脈のの上で喚起されるから、心脳問題は社会問題に向かうことになる。

 そこでは問題は哲学から社会学に波及していく。その分析は、ミシェルフーコーの規律型権力構造からドゥルーズのコントロール型社会に及び、情報テクノロジーとバイオテクノロジーとしての脳科学の役割に言及して行く。そこでは抗精神病薬が健常者の精神をコントロールするようになる「美容薬理学」や遺伝子操作による個人レベルの優生学がジーンリッチ階層を産む予想などが登場し個人的には非常に面白かったが、そこまで拡散しなくとも、相対性理論、量子論などの物質の理論とは別に、「精神の理論」を見出す方向で解決を図る努力があっても良いのではないか(カオス、複雑系システム、量子論的な考え方の導入で)と言うのが私の率直な感想である。

 脳からの何らかの信号が感情という非物質の現象を創発しているのなら、感情が信号化して脳に何らかの脳の生理的物理現象、信号を起こすこともありうることになろう。様々な思いが、一つ一つの思いとして信号化し、脳内で生物物理的な変化を起こし、それらの要素が複雑系のシステムで共時的に脳内全体に働き、結果としてまったく別な物理的変化を創発しそれが再び信号化して、複雑な心の葛藤として、また、えも言われない気持ちとなったり、あるいは感情のクオリアとして体験すると考えられなくもないのではないかと思う。
 つまりニューロン同士だけでシステムを作るのではなく、心も信号化し一緒にシステムを作り複雑系システムとなり心を創発するという考え方である。ここでは二面性、相補性、共時性など量子論の考えが基底にあり、複雑系システム、創発の概念が適応される。

 脳と心を、物質、非物質の対立項でしか考えていないことに間違いの可能性はないか。
 あるいは、基本的に物質から非物質は生じないという先入見があるのも間違いかもしれないのである。

 宇宙の誕生も、非物質から物質が生じたのではないのか。そのレベルで「心とか生命」の成り立ちは考えるべきではないのか。
物質と非物質とは、[やり取りする]と仮定してみるのも良いだろう。
養老孟司が言うように、脳と心は構造と機能の関係だとすると、カテゴリーミスではあるが、カテゴリーを超えてやり取りすると考えるのである。
 こう言うと、では、そのやり取りの具体的な現象を示せということになるのだろうが、それは宇宙の起源を証明するようなものであろう、と詭弁を弄しておきます。

 個人的な直感では、物質と非物質の狭間に霊性という存在が介在するのではないかと思っている。量子論は、従来の物質の法則である相対性理論の限界を示したが、量子論自体の限界をも感じ取り、相補性,不確定性、共時性、テレポーション、一元論的世界観などが精神の成り立ち迫るものとして親和性を示している。
霊性Spiritualityという概念も、案外、ここら辺の物質と非物質のやり取りの場にいるのではないだろうか、というのが僕の妄想的創発である。
 物質の理論だけで万物は動いていないことは明らかになりつつある。それを補うのは、物質も非物質も束ねて統合する超越的な存在に通じる霊性の概念が必要な気がしてならないのである。

 

Platinoron Gel(プラチノロンゲル)細胞・分子レベルから量子レベルへ

紀尾井町界隈-思いもかけず居心地の良い街

 地下鉄有楽町線麹町駅一番出口を出ると、目の前が麹町4丁目の交差点であり、その左手にブロンズ像が立っている。近づいてよく見ると、竹竿を持った少年の像である。台座には「夏の思い出」とある。初めて見た時は、おそらく9月頃であろうか、その時は法被を着ていたが、11月に見た時は、消防服を着ていた。衣替えをしていたのである。

9月の夏の思い出像

9月の夏の思い出像

11月の夏の思い出像

11月の夏の思い出像

 ということは、誰かが管理しているのだろうと思い、ネットで調べてみた。
 麹町ウォーカーという麹町が好きな人が書いているブログがあり、その中で、「麹町大通りとブロンズ像」という記事が見つかった。

 ブロンズ像はJR四ッ谷駅前の「サンサン広場」に、「トンボ釣り」という題名の幼い少女と弟がトンボを取ろうとしている姿が表現されたものがあるそうで、その他にも半蔵門方向に向かって、数百メートルごとに一体づつ、全部で6体置かれているそうである。

 どうやら、麹町という事務所ビルばかり並ぶ無機質的な街に、住民が潤いを与えようと、一種の町興しのような企画で作られたものらしく、スーパーの中に置かれた「麹町地区環境整備協議会」という組織が管理しているという。

 街中にノスタルジックなブロンズ像を置くなんてちょっといいなあ、と思いませんか。

 ちなみに半蔵門から四谷見附までの大通りは、正しくは新宿通とは言わず、麹町大通りというそうである。甲州街道(新宿通り)は四谷見附までとのことであり、その昔、四谷見附は、甲州街道の始まりで「国府路口」とも言われ、一説では、それが麹町の名の由来とも言われている。
 番町、麹町は、江戸時代は、大番方と呼ばれ、いわゆる旗本八万騎と言われた御家人の屋敷が集められ戦闘集団を形成し、江戸城の西方への防衛の要衝とされたという。一番町から6番町まで6個の部隊に編成され、それが今に名前を残している。

 また一言で麹町というが、住所表記では、紀尾井町,平河町が接し入り組んでいる。
 紀尾井の名は、江戸時代に紀州徳川藩、尾張徳川藩、井伊彦根藩の三藩の屋敷があり、その名前をとって明治時代に紀尾井町としたという。赤坂プリンスが紀州藩邸、ニューオータニが彦根藩邸、上智大学が尾張藩邸跡に当たるという。三藩は、徳川親藩の中でも別格であり、旗本八万騎に加えて、ここに置かれたのも、豊臣率いる、大阪への強い軍事的配慮が表れているのである。

 この辺りは標高も比較的高く防衛的立地に優れており、神田の山を削って、隅田川周辺の湿地を埋めたて町人を住まわせた辺りを下町というに対し、番町麹町あたりを山の手と呼んだそうである。

 徳川家康が豊臣秀吉に関八州の領地替えで、東海地方から追いやられた時は、江戸は民家100戸足らずの葦の生い茂る湿地帯で、新橋、虎の門から日比谷あたりまでは東京湾の入江であったそうである。家康は、地味豊かな三河、駿河を奪われ、家来、商人を引き連れて江戸に来るや、武士をも駆り出して精力的に湿地の埋め立てを行い江戸の町を作り上げていった。
 それゆえ、三河武士の忍耐強さは培われ、家康の天下取りに大いに貢献したし、商人も三河屋、駿河屋という屋号で酒、醤油を商い、今に続くのである。

 僕は家康の生誕の地、岡崎市の出身なので、三河人の艱難辛苦、臥薪嘗胆、じっと屈辱に耐え、いつの日にか思いを遂げようとするレジリアンスの強さにシンパシーを感じるのである。

 くしくも新しいクリニックをこの地で開くことになったのも、「意味のある偶然の一致」かもしれないと思ったりするのは日頃から自律統合性機能主義を唱えているせいかもしれません。

 クリニックの昼休みに、近くを散歩すると以外にも緑が多いのに驚かされる。
 徒歩数分のところに、紀尾井の森、清水谷公園や、梅林坂公園があり、お弁当を食べたり、散歩するのにちょうど良い。

紀尾井の森

紀尾井の森

清水谷公園からニューオータニを臨む

清水谷公園からニューオータニを臨む

 清水谷公園内には大久保利通の暗殺された殉難の碑や、玉川上水の石樋などがおかれている。
 自分的には、清水谷公園は学生時代には、全共闘の国会デモの集会場所になっていて、よく来た思い出が強い。霞が関に近い絶好の位置関係にあるが、今思えば、公園からの出口の道路は狭く、逃げ道も無く、機動隊がデモ隊を一網打尽にし易く、敵には警備しやすい立地であったのである。

清水谷公園

清水谷公園

大久保利通殉難尾の脾

大久保利通殉難尾の脾

玉川浄水の石のサイフォン

玉川浄水の石のサイフォン

 梅林坂公園は、都市センターホテルの隣に位置し、坂道に沿って川が壇状に流れ、手入れの行き届いたきれいな公園である。
 都市センターホテルは、昔は都市センターホールと言われ、今はすっかり綺麗になっているが、当時は建物も古く汚かったので、賃料も安く、潤っていない学会は、よくここで行われたものであった。
 ここは勉学に励んだ若い頃の思い出の場所でもある。

梅林阪

梅林阪

梅林阪公園 (2)

梅林阪公園 (2)

 僕のクリニックの入っている建物はプリンス通りから、50メートルほど入ったところにあるが、それだけ入るだけで、閑散とし静逸といえるほど静かである。周囲は、とてつもないお屋敷や公益財団法人のような、いわゆる天下り官僚の受け皿財団が軒を連ねているから、人の出入りも少なく、建物もきれいで景観もよいのである。

クリニック前の通り

クリニック前の通り

クリニック前の通り (2)

クリニック前の通り (2)

 また、紀尾井町、平河町のビルの谷間や地下に、そんなに有名ではないが、古くからある、質の良いビストロ、リストランテや和食屋がポツポツと結構ある。夜になるとそんなお店の灯りが暗闇の中にポツリ,ポツリと点り、色街とも違う、独特の雰囲気を出している。

 僕の職場は、信濃町に35年以上、(その間に名古屋に2年半、長野県に1年半、パリに1年居て、)その後は高崎に4年居て、またこうして紀尾井町になった。信濃町は長すぎて、良い悪いの問題ではなくなっていたが、直近の高崎は環境に馴染めずに、砂を咬むような不毛な月日を過ごした。

 紀尾井町は、果たして何年になるか予想もつかないが、都心でありながら、故郷に繋がる息吹が感じられ、なんとなく肌が合いそうな直観がし、早くも愛着を感じつつあるようである。
 生活する環境の相性も、男女の出会いにも似たものであり、結局はファーストインプレッションで決まるのであろう。

 つまり、クリニックのスタートはなかなかいい感じなのである。

 この辺りは、グルメ情報誌にも、あまり紹介されることもなく知らない人も多いと思うので、今後のグルマンライフでは、この近辺のお店を紹介して行こうと思う。

 

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