ホームへ戻る

ラプラスの妄想

読書日記―その1

最近読んだいくつかの本を紹介して、それをめぐる私見を述べてみたいと思う。自分の読書歴を明かすのは、もっともプライベートな部屋を見せるようで気恥ずかしいところもあるが、ある一人の人間の素の姿を理解するには有効な手段だと思うから、これからも時々やって行こうと考えている。 最近ここ数か月で読んだ本のリストは下記のようになります。その中で印象の強かったものについて述べていきます。これらの本の、すべての著者が自分好みであるという訳ではなく、中には逆に、元来嫌いであるが、その再確認のために読んだというものもあります。

  1. 鈴木エドワード「神のデザイン哲学」小学館、2013
  2. 藤森照信「天下無双の建築学入門」ちくま新書、2008
  3. 竹内薫、竹内さなみ「シュレディンガーの哲学する猫」中公文庫、2009
  4. 村上陽一郎「人間にとって科学とは何か」新潮社、2010
  5. 曾野綾子「人間にとって成熟とは何か」幻冬舎文庫、2013
  6. エマニュエル・ボーヴ「ぼくのともだち」白水ブックス、2013
  7. 山本義隆「福島の原発事故をめぐって」みすず書房、2011
  8. 「天野祐吉のCM傑作選』朝日新聞出版、2013
  9. 佐伯啓思「正義の偽装」新潮新書、2014
  10. 佐藤光展「精神医療ダークサイド』講談社現代新書、2013
  11. 西研「哲学のモノサシ」NHK出版、1996
  12. 福田和也「贅沢入門」PHP研究所、2002
  13. 「京都人が書いた京都の本」PHP文庫、2008
  14. 妙木浩之「自我心理学の新展開」ぎょうせい、2010
  15. 林道義「ユング思想の真髄』朝日新聞社、1998
  16. 北山修「最後の授業」みすず書房、2010 ? ? ?
  17. 岸見一郎「アドラー人生を生き抜く心理学」NHKbooks,NHK出版、2010
  18. ファイヤアーベント「哲学、女、唄、そして、、、、ファイヤアーベント自伝」(村上陽一郎訳)産業図書、1997
  19. 高岡健、岡村達也『自閉症スぺクトラム」批評社、2005
  20. デヴィッド・ゴールドバーグ「一般診療科における不安と抑うつ」(中根充文訳)創造出版、2000
  21. 森則夫ほか「DSM-5虎の巻」日本評論社、2014
  22. 吉本隆明,ハルノ宵子「開店休業」プレジデント社、2013
  23. 「dancyu日本一のレシピ」プレジデント社、2013
  24. ニュートン別冊「未来はすべて決まっているか」ニュートンプレス、2011
  25. ニュートン別冊「量子論」ニュートンプレス、2009
  26. ニュートン別冊「光とは何か」ニュートンプレス、2010
  27. 岸見一郎、古賀史朗「嫌われる勇気」プレジデント者、2014
  28. 心屋仁之助「折れない自信をつくるシンプルな習慣』朝日新書、2014

3.竹内薫、竹内さなみ「シュレディンガーの哲学する猫」中公文庫、2009
 科学哲学という学問領域があることを長いこと知らなかったが、量子論を勉強するようになって始めて知った。
 そもそも物理学とは自然現象を数式で表したものであるから、現代物理学(相対論、量子論)を数式でなく(数学が理解できずに)、理解するのも、させるのも容易ではない。
従って、現代物理学を、数式に頼らず、正確に理解させてくれる本を探すのは簡単ではないが、その中でも、都築卓司、佐藤勝彦、村上陽一郎は素人でも理解できる優れた書き手である。本当に優れた科学者と言うのは、優れた解説者でもあるのだろう。佐藤の宇宙のインフレーション説は、この3月に、カルフォルニア大学で宇宙背景放射の重力波の存在が証明されたことにより改めて脚光を浴び、にわかにノーベル賞候補に挙がっている。
最近のサイエンスライターでは、竹内薫がいる。竹内は、専門は理論物理学であるが、組織に属さず、個人商店の研究者であるが、同時にサイエンスライターとして科学評論も手掛け、また現在はテレビの科学番組の司会者やコメンテーターとしても活躍しているマルチタレントでもある。彼の肩書には科学哲学者ともあるので、密かに興味をもっていたが、最近「シュレディンがーの哲学する猫』(中公文庫)と言う文庫本を読んで、科学哲学の片鱗に触れたような気がした。以前より、自らが境界人としての立場もあってか、知識人が文系と理系の両方に精通する必要性を言っていたが、彼の、いわゆる哲学への教養の深さにも驚かされた。本当の知性と言うのは、多様性の広さ、深さであろうし、自らの言葉で発言し、行動することであると思う。かの小林秀雄は近代物理学に造詣が深かったし、物理学者の寺田寅彦は優れた思索家でもあった。哲学者の中村雄二郎は量子論に通じている。竹内薫の「シュレ猫」はウィトゲンシュタインからフッサールの現象学、ハイデガーの存在論まで難解な近代哲学の体系を入門書以上に平易に解説しているほか、自身の思想も あちこちにみられる。この本は妹氏との共著で、全体にストーリー性を持たせてある。
科学と哲学の関係であるが、近代以前は現在の自然科学は自然学、自然哲学と呼ばれ、初期においてはガリレオ・ガリレイ,ルネ・デカルトのように哲学者と自然科学者の境界は曖昧であり、科学研究に、その哲学的基礎を置くのは自然であった。科学的方法とは、誰でも自然を最大の効率で利用できるようにする記述の体系であり、ニュートン物理学はカントによって哲学と整合性をつけていたが、20世紀のアインシュタインの相対性理論から、量子論の出現で、因果律が崩れ、主観、客観の概念が不確かになると、哲学は大きく様変わりし、現象学から実存、存在論、となり、自然科学とは乖離して行った。一方科学そのものを考察する流れが生まれ、「科学哲学」と言う分野が生まれてきた。
科学哲学は、科学が万能ではない事を我々に教え、我々が自惚れないように諭してくれる。我々の科学の進歩は、暗闇で照らす照明器具の機能の能力があがったようなものだ。昔はろうそくの灯であったのが、タングステン電球に、蛍光灯そしてLEDになったようなものだ。確かに昔より、細部まで鮮明に良く見れるようにはなったが、我々が見ている範囲は暗闇で明かりが当たっている部分でしかない。科学が照らしている部分は少しで、照らしていない部分が無限大に残っている。宇宙の始まりや、究極の時空構造、生命、老化、難病、脳と心の問題など科学の手の届かない問題はいくらでもある。だから分かった部分だけに注目して「わたし達はこんなに知っている」と言ったところで思い上がりに過ぎない、と忠告する。
また科学技術の進歩が、市場経済を生み、人間性や、自然を蝕んできたことを科学的な考察で教えてくれる。1960年頃一人の生物学者、レイチェル・カーソンが「沈黙の春」と言う本を書いて、巨大化学薬品会社と政府を相手に孤軍奮闘した。「自然は沈黙した。薄気味悪い。鳥たちはどこに行ってしまったのか。みんな不思議に思い、不吉な予感におびえた。裏庭の餌箱は空っぽだった。ああ鳥がいたと思っても死にかけていた。ブルブルからだを震わせ、飛ぶことも出来なかった。春が来たが沈黙の春だった。」化学薬品による除草,除虫により、自然の微妙なバランスが崩れ共生関係が失われ、魚やリス、ビーバーやトナカイが死滅し、春になっても鳥が鳴かない。自然や動物だけではない、雨によって湖や川に流れ込んだ化学物質を体内に取り込んだ微生物は小魚に食べられた時点で濃縮される。その小魚を大きい魚、さらにその魚を食べた人間へと化学物質の濃度は高まる一方、除草剤を浴びた人間は神経がマヒしてしまう。除草剤を体内に取り込んだ牛のミルクについても話は同じだ。カーソンは、共生関係の破壊、化学物質の濃縮、さらにはDNAの突然変異による耐性の問題までを指摘し、警告を発した。
 竹内は、「沈黙の春」については小林秀雄の考察をとり上げて共感し、身近な例として“諫早湾の干潟埋め立て”をあげ、強い口調で反対し役人の暴挙と非難している。
哲学は特殊なものではない。人が実存的に生きる中で、人生に指針を当えてくれるし、不思議なことを真面目に考えようとすれば、人は皆、哲学者である、とも言い、人が哲学し、実存的に生きるよう諭している。
所で、今話題の鳥インフルエンザ問題も、究極的には、何十万羽という桁外れの大量飼育の、鳥の生態系に反した飼育法に原因があるのであろうし、原発も、放射性廃棄物処理という、直接、生死にかかわることながらも未解決のまま問題として残しながら、なし崩しにしているところに根本的な問題があるのだ。つまり根本的に、原理的に原発など作ってはいけないのだ。
これは外科医が手術に当って、起こりうるあらゆる事態を想定し、もし起きたら手の打ちようのない事態が想定されるなら、そんな手術は基本的に行ってはいけないのと同じことだ。
核兵器開発のマンハッタン計画に参加しながらも原爆投下に反対し、ラッセルーアインシュタイン宣言に至る科学者の葛藤や、遺伝子組み換えに対する「アシロマ会議」、IRBの義務化などの科学者の自らの責任に対する社会的な活動がどのようになされたかは(4.村上陽一郎「人間にとって科学とは何か」新潮社、2010)に詳しい。?

 竹内はその幅広い知識と教養から来る見識で、科学哲学者として社会に提言をする、いわば社会的責務があると思うが、寡聞にして、そのような意見は知らない。今の所多くは沈黙したままである。少なくとも、「シュレ猫」の初版本を書いた10年前の姿勢は見えてこない。
嫌な言い方だが、政治学者の姜尚中が、かつては政治討論番組で舌鋒鋭く権力を批判していたが、東大教授に抜擢されるや、すっかり矛を収め、「愛の作法」とかの毒も棘もない‘心の本’を書き出し、すっかり豹変したのを、つい連想してしまうのだ。
 竹内もNHKのとんでも会長の目が気になるのか、メディアの人気者の地位に執着するのか知らないが、彼自身が沈黙の春にはなっては欲しくないものだ。
あの茂木健一郎ですら、都知事選では反原発候補を応援して選挙カーに乗ったではないか。
また、東大物理を出た、あの元全共闘議長、山本義隆は原発事故後、間もおかず、きちんと意見表明している。(7.山本義隆「福島の原発事故をめぐって―幾つか学び考えたこと」、みすず書房、2011
科学哲学者が、広い見識から社会に提言をするのをやめ、単なる科学史家、科学評論家に留まるのなら、科学哲学という学問領域の存在意義はどこにあるというのだろうか。
竹内薫の多くの著書の読者であり、ファンでもある立場から、彼の豊かな才能が正しく社会で機能し、社会の方向性を正す中で役立つことを切に願うものである。?

ソチオリンピックが終わって

ソチオリンピックが終わって、日本中の熱狂も収まり、少し静かになってきたが、メディアでは話題を、スポーツ欄から芸能欄に移し、感動物語で、もう少し視聴率を稼ぎたいところなのだろう。

オリンピックは始まるまでは、あまり盛り上がる風でもなかったが、いざ始まってみると選手の活躍もあってか日本中が大いにわいた。

浅田真央選手がショートプログラムで失敗をした後、フリープログラムで渾身の演技を見せた時、日経新聞がその日の夕刊で、どの選手よりも大きく、今までのスポーツ記事では見たこともないような大きさで浅田選手の写真を載せた。

目をかっと開いて、まなじりを決した、まるで仁王か般若のような顔をした浅田選手の迫真の演技の写真を載せ、「真央、魂の舞」と大きく見出しを付けたのだ。

この写真が、今回のオリンピックのすべてを物語っていたと思う。

スポーツ紙ではなく、日経が紙面を割いて、浅田選手の思いと国民の感動を伝えたのだ。

この写真記事は、胸に迫るものがあった。

同時に日経新聞のセンスを見なおした。

ご覧になった方も多いかと思うが、あの写真は今年の報道写真のピカイチになるのではないかと思う。

オリンピックでは、多くのドラマがあり、負けては泣き、勝っては泣いた。

様々な言葉も残った。

羽生選手や高梨選手のような、年齢を思わせない完成された人格を示す人もいれば、森元首相のように、年齢を感じさせない軽率な人格を示した人もいた。

レジェンドという言葉が、ちょっと流行言葉になった感がある。ホンダの車の名前で知られたような言葉だが、始めはジャンプの葛西選手の頑張りに送られたように思うが、だんだん広く使われるようになった。

レジェンドになる、歴史に残る、と言うように。

10代の子供のような選手が、「自分はこれで歴史に名前が残ると思うが、、、」と言う台詞を聞いた時、ちょっと違和感を感じた。自分で言うか、と。

そういえば、身近にもそんなこと言ってる人がいたなあと思いだした。「自分は、今や00のレジェンドと言われているが、、、」と自画自讃したのだ。本当は、そんな話は誰も聞いていないし、思ってもいないのだが、自分を高く評価させたいために言うのだろうか。

その類の言葉は、誰もが認める業績と、リスペクトがあって、時間の経緯の中で評価が定まってから、人が言うことであって、自分からいうことではないだろうと思う。

自ら言うような人は、おそらく自己評価が異様に高く、業績も水増しして語るような人だろうから、人からはリスペクトされず、所詮レジェンドになりはしないのだ。

それを自覚しているから、自分で言うしかないのかもしれないが。

10代の青年では、そのような物言いの思慮分別の判断は仕方ないかもしれないが、人生円熟の域の大人の発言としては傍目にも見苦しいと思ったものだ。

オリンピックで過熱すると、いつもメダルをめぐって、オリンピックと選手個人と国家の関係が話題になる。

オリンピックは発祥の由来からして、国家同士のメダル獲得競争ではないのだから、選手に過大なプレッシャーを掛け過ぎてはいけない、いや税金で練習もし参加もしているんだから、それなりの責任はあるなど、周りはお気楽にいろんなことを言う。

が、私達は忘れっぽいが、過去にあった、ある事実を思い続けることは大事だと思う。

国民や、地域や、国家(この場合は、自衛隊という組織の)の期待の重圧に耐えきれず、自殺したマラソンの円谷選手のことだ。これは国が、国民が一人の選手を、間違いなく殺したという事実だ。

メダルへの思いは、個人にとっても社会にとっても複雑な問題で、どう対処すべきか簡単には答えは出ないだろうが、時に深刻な問題を引き起こす。個人に、少なからず犠牲を強いることは間違いない。

例えば、まだ若い高梨選手のこれからの4年間を想像するだけで、胸が痛む。親であれば,我が子にジャンプなんかさせるのではなかったと悔やむのではないかとさえ思う。

ましてや、開催国となる東京オリンピックでは、選手達に、スポーツすることの本来の苦しさ以外の事で苦しめることになるのではないか。スポーツとは本来そんなことのためにするものだろうか、オリンピックの価値と意味を、少し引いて今一度考えなおした方がいいように思う。

今から東京オリンピックを世界歴代一のものにするとか都知事は息まいているのだから、この先が思いやられる。

そうはいっても、やはり選手のパフォーマンスなくしてオリンピックの価値はないであろうし、選手達の戦う姿と、これまでの艱難辛苦、血の滲むような努力への共感が、世界中の人々の支持の源泉であることは確かであろう。

オリンピック成功の評価は、決して施設の立派さでも、開会、閉会式のセレモニーの派手さでも、花火の数でもなく、選手が与えてくれる感動であることは、今回のオリンピックが改めて教えてくれたと思う。

それは、人間がアプリオリに、本性として持つ、たゆまない上昇志向への共感であろうか。

所で、オリンピック・パラリンピックと一言で言うが、冬季はパラリンピックはないのであろうか。

全く報道されないが、3月の中旬から始まる予定らしいのである。パラリンピックは政治的配慮で口にはされるが、実態はメディアもほとんど取り上げようとしない。

パラリンピックの選手も、いや、彼等の方が、より多くの苦労、努力をしているに違いないというのにだ。

こんなところにもオリンピックの建前と本音のギャップが垣間見える。

さて浅田選手には次期オリンピックにも頑張ってもらいたいか、もう引退した方がいいか、いらぬ世話ながらアンケートとったらどのような結果になるとお思いであろうか。

僕は。引退を勧める意見が多いのではないかと思う。

なぜなら、真央ちゃん良く頑張ってお疲れさま、という意見と同時に、真央ちゃんの応援は、応援する方も身が入りすぎて疲れてしまい、これ以上は持たない、という意見も多いのではないかと思うからである。 

真央ちゃんは、今や日本国民の孫であり、娘であり、妹であり、姉であって他人ではないのだ。

 

舛添新都知事ー手のヒラを返さないか気を付けよう

大方の予想通りに舛添要一氏が都知事選で圧勝した。

当選を決めた当日の深夜、池上彰氏の選挙特番をテレビで見ていたら、舛添氏はその特番のテレビインタビュー5分前に選挙事務所を出て帰ってしまい、出演をすっぽかした。5分前には他社のインタビューには答えていたというのに。説明では、池上氏が細川前首相に近いと以前からヘソを曲げており、選挙中から、取材に非協力的であったというが、ここまで露骨ではなかったという。

もう勝って結果が出たから、こっちのものと言わんばかりに、テレビの取材一つ位という、驕った本音が出たのだろうか。

ちなみに同深夜番組に自民の石破幹事長はスタジオで生出演していた。

人間というのは、大義名分より、日頃の言動に、その人物の本性がでるものだ。

自民党から選挙応援を依頼された、離婚した元妻の衆議院議員の片山さつき氏は、自分とは別の離婚した妻子や隠し子の養育の面倒を誠実に見ることが、応援の条件だと、週刊文春、週刊朝日紙上で言っていた。

彼の厚生行政の原点とされる自分の母親介護の苦労話や姉の生活保護受給話の嘘、インチキさを、彼の親族がこぞって非難し、同紙上で証言していた。

また、自民党を離党して新党改革を立ち上げた行動が、政治理念によるものではなく、お金目当ての無節操であったと元同僚議員が怒って証言した。

学生時代は金持ちの娘しか相手にせず、相手の親から、金銭的援助を受けるのが常であったと学生時代の友人たちが証言した。

これらのことは、いずれも伝聞、情報による人物像であり、直接確かめたものではない。

私達の直接知るところでは、厚労大臣の時、年金の職員による不正横領は最後の一人まで、一円まで必ず暴いて罰する、と大見得きっておきながら、すぐに尻つぼみになった。その時の言い訳もそうであるが、その他にも言質を翻す姿は枚挙にいとまがなかった。

もう一つ、忘れがたく僕が、印象に残っているのは、彼が、まだ東大の助教授時代で、テレビ討論番組で売出し中の頃、ディベートで行き詰ると、“あなたはそれを直接、自分で見たのですか、直接聞いたのですか、そうでなければ、仮定でそんなことを言うものではない”と言って、相手の主張をことごとく遮ったことだ。これでは過去のこと、歴史的な事象に関することは一切語ることはできないし、歴史から学ぶことも一切出来ないことになる。まるで小学生のホームルームのような、幼稚な論理展開であるが、かれの思想、哲学を支えるのがこんな論理性であるのかと呆れた覚えがある。

彼は、自分の損得を前提にものを判断する計算高い人、機を見るに敏な人、前言を翻すに何の責任感、罪悪感を感じない人なのでしょう。勝てると読めば誰とでも組める、欲しいものが手に入りそうなら臆面もなく何でも出来る人、今回の立候補もそんなパーソナリティからはじまったと思えば良く説明がつく。 

前の宮崎県知事であり、前回の都知事選で話題になり、今回は状況不利と立候補を見送ったあの人に、精神構造、行動パターンも良く似ている。

以上羅列したようなパーソナリティが彼特有のものかといえば、わが身を振り返れば、特段、特別なものとはいえず、誰にでも多かれ少なかれ、みられる傾向ではあるだろう。だから、こんな人では鼻から資格がないとも、とても駄目だとも言うつもりはなく、仮面の裏には、こんな面があるから、本音が出てこないよう、それが現れないように、監視し続けようということである。

現れたら、すぐにチェックして、Noと言い、被害が蔓延しないように監視しなければならないと言うことだ。

いつ馬脚が出ないか、監視し続けるしかない。

最大の問題は、今のマスコミにそのチェック機能があるかということだ。NHKの新会長の発言は、およそジャーナリズムとはほど遠い。安倍内閣は明らかにマスコミを操作し、牛耳ろうとしている。

結局は、心あるジャーナリストの活躍を期するしかないのか。

今は日本の民主制の危機的状況であるが、警鐘を鳴らすマスコミは少ないし、若者は黙して動かない。

 

学識、識見も無く、低劣下劣な品性、人格でも立派な業績を残した大政治家は古今東西いたし、歴史に名を残した大哲学者、大科学者もいる。

 

近代最高の哲学者といわれるハイデカーは、年端のいかない教え子を愛人にして、妻妾同居させ、あげくの果てにナチスに協力して、ユダヤ人である彼女を見殺しにしている。

ユングもコフートも精神科受診した自分の患者を何人も恋人にして気にすることもなかったという。

サルトルも死後、ボーボワールにリセの女の子を世話させていたことが暴露された。

誰でも表と裏、建前と本音があるものだ、と言ってしまえばそれまでだが、政治家の場合、その本性が出た時、被害は直接私達の身に及び、その規模も甚大であることに違いがある。

付け加えるなら、私達は、東京が世界一であることも、世界一立派なオリンピック・パラリンピックの開催など望んでいませんよ、舛添えさん。

人生はニャンとかなるーニャンとも可愛い猫たちの本

あのガネーシャの「夢を叶える像」の著者、水野敬也が、啓蒙啓発の格言集『人生はニャンとかなるー明日に幸福を招く68の方法』(文響社)を出して、売れているという。

猫の写真が可愛く、装丁が巧みで、きれいなのも原因の一つであろうが、いつの世もこのような心に響く一言を人は好むものだ。

文学書や哲学書を読むような決定的な影響は受けないが、その一言に癒されたり、励まされたりすることはあるものだ。

一昔前は、武者小路実篤のナスやカボチャの絵に「人生は美しい哉』などと、一言が書かれたカレンダーが、何処の家にもあったものだ。

猫の写真が可愛いので、いくつか紹介してみようと思う。(このページはごく少数のメンバーにしか読まれていないし、商業目的ではないから著作権の侵害にはならないだろう、大目にみて欲しい。)

今、人生に躓きそうに思っている、辛い思いのあなたへ。

人生は、ニャン度でもやり直せる?ヘンリー・フォードの人生から

 

あなたの不幸がいかに大きくとも、最大の不幸とは、絶望に屈する?事でしょう。

                      [アンリ・ファーブル]

99回倒されても、100回目に立ちあがればいい。

                  [ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ]

 

春は必ず来るーハリソン・フォードの人生から

        

全ては好転する。そう信じて、辛抱強く耐え抜こう。

耐えぬいたとき、あなたはとてつもない力を手にしていることだろう。

                         [マハトマ・ガンジー]

 

辛いときは試されているとき―ネルソン・マンデラの生き方から

人間追いつめられている時は力が出るものだ。

こんなにも俺の人生に妨害が多いのを見ると、運命はよほど俺を

大人物に仕立て上げようとしているに違いない。

               [フリードリッヒ・フォン・シラー]

 

肩の力を抜こう―アルベルト・アインシュタインの生き方から

疲れた人は、しばしば路傍の草に腰をおろして、通行人を眺めるがよい。

人は決してそう遠くへは行くまい。

                     [イワン・ツルゲーネフ]

 

水野敬也は現代の白樺派なんでしょうか。

 

人生の時々によって、身にしみる言葉が幾つも載っていました。

猫の写真がとても面白いです。

 

 

境界人として生きるー精神病院を退職するにあたって

早いもので、形成外科をやめ、精神科に転科して3年が過ぎました。

先に異端者について書きましたが(2013.10.16)、今の自分は形成外科と精神科の「境界人」なのかなあ、と思っています。

難しい科学理論を、巧みな比喩で、出来るだけやさしく噛み砕いて、
中学生でも分かる程度に解説してくれる科学哲学者、物理学者の竹内薫が、自身が文系と理系を勉強した経歴から、物理学界、哲学学界のどちらからも異端児扱いされ、また、大学や研究機関に属さず独学の士であることから、専門家と素人の境界に生きていると謙遜して、自らを「境界人」と述べているが、不遜にも、それにならって言うのでありますが、、。

今の専門知識の量は、どちらが多いかわかりませんが、学問的業績を言えば、形成外科では、今でも通用する有効な自分の作った理論、概念、手術法がいくつも残っているのに対し、精神科の業績は全くのゼロですので、自分の意識に反して、周りはまだ形成外科医だろうと言うのかもしれません。

それに精神科はあくまでも独学であり、まさに素人との境界を彷徨っています。

それに加えて、私は今の勤務先病院を12月一杯で退職するので、もう専門は何も持たない、ただの年金受給者という方が相応しいのかもしれません。

(ホームページの履歴が虚偽になりますが、そのうちに全面的に改定しますので、しばらくはお許しください。)

このホームページでも述べてきましたように、精神医学を勉強する時に、量子論を脇におきながら見てきましたから、自然界や精神界に超越的なものを設定せざるをえなくなり、勢い興味は哲学、宗教的なものに行きがちです。

それはそれとして、今後の趣味、道楽として勉強することにして、ライフワークとしての今後のテーマは、精神医学と形成医学のフュージョンを目指して、一つの学問領域、臨床領域を作ることにあります。

マズローの言うような大上段に構えた「自己実現」ではなく、
かといってフランクルの言うような超越的な、「意味への意思」でもなく、どちらかといえば、ユングの言う「影」を取り込むように、自然体で、境界人だからこそ行いうる領域を歩んで行けたら、老いてから精神医学を学んで良かったと思えるかな、と思っています。

 

オリンピックについて、その2―知事辞任騒動異聞

この欄で、オリンピックについて書いた前後して、猪瀬東京都知事の徳洲会騒ぎがあり、辞任という急展開をしたので、少し追記しておこうと思う。

正直な感想からいえば、猪瀬氏は、もう少しがんばれば、辞めなくて済んだのではないか思う。

あれだけ四面楚歌で叩かれると、庶民感情では判官びいきが出てくる。

味方のはずの石原前都知事や自民や公明党の態度は、いかにも不自然で、どこかおかしいと思えるし、裏に何かがあるに違いないだろうと勘繰りが始まるだろう。

そのうちに、猪瀬氏を続投させておけば、これに懲りて、もう悪さはしないだろうと期待する世論が出て来ないとも限らない、と思ったからだ。

勘繰りの一つに、オリンピックの巨額の利権がからんでいるのではないかとは、誰しもが容易に思うところだ。

オリンピック招致を決め、強くなりすぎた猪瀬氏は邪魔になったのだろう。

猪瀬氏を傀儡知事にして、院政を敷くはずであったI氏にも、自分の利権が危ういと不安焦燥感があったのかもしれないし、あるいは前回のオリンピック招致運動の際の数百億と言われた使途不明金問題が再び、表に出るのを恐れたのかも知れぬ。

また、息子である石原伸晃氏率いる自民党都連ももっと御し易い知事の方が好都合なのだろう。

なんせ数千億円の利権である。

猪瀬知事は辞職の際、政治家としてアマチュアであった、と反省の弁を言ったが、逆に言えば、プロの政治家はこれくらいの金は当たり前にもっとうまく処理するものだ、という意味なんだろうね。

ならば、最後屁に、歴代知事の悪行をばらして欲しいものだが、命が危なくて出来ないだろうね、きっと。(ひょっとして‘餃子の王将事件‘は、プロがプロを使った、見せしめの脅しだったりして??なわけないか。)

結局のところは猪瀬氏の人望の無さに尽きるのだろうか?

道路公団民営化委員時代の態度を見れば、想像がつこうかというもの。

彼と大宅映子氏だけは、最後まで権力にすり寄り、法案を骨抜きにした。

彼が得意げに手柄とした成果は、ほんの僅かな高速料金の値下げで、その分は、彼が委員として使ったタクシー代などの経費分の方がはるかに高くついたとマスコミに指摘されていたよね。

そのお仲間の大宅氏に、“今回は、対応が子供過ぎた。”と批判されたら、もはや面子も立たないよね。

皮肉にも、猪瀬氏のデビューは、大宅荘一ノンフィクション賞(映子氏の父親はもっと気骨があり、反権力だったのにねえ。)受賞だった。

今回の事例から、私は自分の座右の教訓を再確認した。

「権力や才能も杭と同じで、半端に突出してはいけない」ということだ。

槌が届かないほど、高く突出すれば、杭も才能も打たれることはないし、権力も十二分に強大であれば、どんなに不正義でも簡単にはつぶせない。(北朝鮮、ロシアを見よ。)

猪瀬氏は所詮、半端であったということか。

沖縄返還の際、表向きは非核3原則を言いながら、国民を騙して、核持ち込みを米国と密約をした佐藤栄作元首相は、非核という政治的業績でノーベル平和賞をもらったが、密約を暴いた毎日新聞の西山記者は逮捕され、監獄に入った。

権力は強ければ何でも出来る、ということを佐藤栄作、その兄である岸元首相の親族(孫)である安倍首相は、幼い頃より、権力の構造を間近で見て、よく知っているに違いない。

その兆候が見えるね、最近は。

特定秘密保護法強行採決ばかりか、とうとう靖国神社にも行った。

ジジコンのお祖父さんも出来なかった憲法改正をして、歴史に名を残したいというのが、最大の政治目標なんですよね、安倍首相は。

私たちは、与党に力を与えすぎてしまった失敗を反省し、次回の東京都知事選では関西の、衆愚の二の舞,三の舞にならぬよう(知名度だけのタレント選びだけは阻止するように)、肝を据えて対処して行かなければと、一人強く思いますが、皆様はいかがお考えでしょうか?

オリンピックが決まって思ったこと

2020年のオリンピック、パラリンピックの東京開催が決まった。

決定した当時の日本中の興奮は、ようやく沈静化してきたようなので、腹に貯めていた、いくつか私見を述べようと思う。

あの当時では何も言えない雰囲気だった。

いくつかの伝説も残ったし、 OMOTENASHI やUNDER CONTROLなどの流行語も残った。 ?

私は基本的に反対の立場であった。 ?

第一に、福島原発の問題が未解決であるのに、そんなことを言っている場合か、と思ったのである。

例えれば、家族が海で溺れている最中に、来年の海水浴の話をしているようなものだと思ったのだ。

どう考えても順序が違うだろうと。 ?

第二には、4年前の東京誘致の際のいろいろな不明朗、不透明な事象が曖昧にされてしまうのではないかという事だ。

前回の誘致失敗の責任(莫大な税金を浪費した。)や石原前都知事の数百億円にわたる不明朗な会計操作は明らかにされないままにならないかとの懸念である。

どうやらそれは現実のものになりそうである。

さぞや蔭でほくそ笑んでいる者がたくさんいる事であろう。

それを隠蔽するために、東京都は今回の誘致になおさら頑張ったんだろうと勘繰りたくもなるくらいだ。

猪瀬都知事の徳洲会からの裏献金も暴露されたことだし、メディアは根気よく追及して欲しいものである。 ?

しないだろうね、今の腑抜けのマスコミでは。 ?

いずれにしろ決まったことは現実であり、もうそれに向かって走り出したのであるから、今は、今後の希望、懸念について、いくつか述べたいと思う。 ?

まずは「日本橋」の愚行は二度と犯してはならないと思う事である。

東京の方は良くご存知と思いますが、日本の幹線道路の起点であり、ある意味では日本の歴史、日本人心の原点の一つともいえるあの美しい日本橋の直上に、スレスレの所に覆いかぶさるように無粋な首都高速道路が走って景観をぶち壊し、見るたびに日本人の誇りを傷つけているのである。

当時は、オリンピックの為という御旗のもとで、政府や役人が反対の声を押し切って造ったものでしょうが、反対する方も、どこか判断基準が狂って声が弱くなってしまったんでしょうね。

今にして思えば、造った方もあの判断はおかしかったと思っているのではないでしょうか。

今になって後悔して、景観の復活再生運動があるようですが、誠に残念なことです。 ?

今度のオリンピックでは、そのような過ちが二度と無いように冷静な判断を期待するばかりです。

オリンピックは数週間で終わってしまいますが、壊した景観、自然環境を戻すのは容易ではありません。 ?

同じような事が原発の処理で、起きない事を願うばかりです。

臭いものにふたをするように、日本国民がこぞって東北の声を圧殺するような事態が起きないか、心配します。

オリンピックの工事が優先され、東北の復旧工事が後回しにされそうなのは、もう現実化しつつあります。 ?

もう一つは、リニア新幹線開通をオリンピックに間に合わせろ、と言う政府からの圧力で、無理な工事で禍根を残さないように、という事です。

確かにリニアは日本が世界に誇るべき科学技術力の快挙と言っていいと思います。

開発に携わった人々は金メダル以上の名誉でもって讃えられていいと思う位です。

涙もろい小生なんかは、ここに至る苦労と努力を想像するだけで目が潤んでしまいます。

だからこそ、彼らの名誉が傷つかないように、仕事を全うして欲しいと思います。

突貫工事であった新幹線は、確かに未だに無事故ですが、だからといて、同じように行くと思わない方がいいと思います。

話は変わりますが、先日テレビでロボコンのアジア大会で金沢工業大学が優勝するドキュメンタリーをやっていましたが、見ていて感動して、やはり目が潤んでしまいましたよ。

アスリートの努力もいいが、東大に伍して頑張った、彼等の知的な苦闘もなかなか見ごたえがありました。 ?

私たち日本人は、磁場によって鉄の分子が一斉に同じ方向に整列して磁化するように、同化しやすい国民性であることを肝において、国家的イベントの際は冷静さを失わずに判断行動するようにしなければ、と自戒を込めて強く思います。

「相補性」という原理ー量子論、ユング心理学、形成外科学から

平衡という単語は、本来、化学などで用いる科学用語であったが、分子生物学者の福岡伸一が、動的平衡という言葉で、広く生命、自然、環境、社会に生起する諸々の現象を説明するキーワードとして巧みに用い、今や生命、宇宙の摂理、哲理を説明する絶妙な言葉になっている。

量子論では、物質の根本理念に「相補性」を置いているように見受けられる。

相補性とは、相反する事物が互いに補い合って一つの事物や世界を形成する考え方をいう。

量子論においては、物質は粒でもあり、波でもある、という相反する性質を持っていることや、位置と速度の片方は曖昧になるというハイゼンベルグの不確定性原理を、ボーアはコペンハーゲン解釈で自然の相補性によるものと説明している。 

一方ユング心理学でも相補性は、心理機能や元型の働きの重要なファクターである。

ユング心理学では、ヒトの基本的態度を外向的,内向的に分けたが、基本的態度と外的に観察しうる行動には差異があり、常に一面的な行動によって貫かれているとは限らないとし、意識の態度が外(内)向的であると、無意識の態度は内(外)向的で、意識の態度が強調されすぎると、無意識は補償的に働き、それらは相補的な関係にあるとしている。

ヒトには条件によって左右されない原則的に不変な心の活動形式としての心の機能があるとし、思考、感情、直観,感覚の4つに区別した。

それらは人により各々が主機能、補助機能、劣等機能として対立的にまた相補的働き、劣等機能を発展させるという。

ユングは無意識には人類共通の無意識(集団的無意識、普遍的無意識)があるとし、無意識内の心的過程に対処する共通した表現様式を元型と呼んだ。

外的態度の元型をペルソナ、内的態度の元型をアニマ、アニムス、とし、それらは相補的に働くという。

男性のペルソナは、男らしく論理的であるが、アニマは弱々しく非論理的であるといい(ユングの時代の話です。)、これが心像としては女性像になって現れるという。???

医学では、相補性をどのように用いているかはよくは知らない。

我々は皮膚の血行を研究する中で相補性みられという概念を見つけ、それを補完関係にあるとして、指摘してきた。

皮膚への血行は、基本的には筋肉の栄養血管が筋膜を貫いて皮膚に流入するが、筋肉を貫いて皮膚に行く枝と、筋肉のヘリを回り込んで皮膚に行く枝がある。

片方が太いともう片方は細く、互いに補完し合って皮膚への血行をまかなっている。

解剖書には記載がないほどの細い血管で、どうでもよいようなものであるが、形成外科学の臨床ではこの種の血管の発見は、皮弁再建術に大きな変化、進歩をもたらしたのである。

どのような場合にどちらが優位になるかは、つかんでいないが、血行の平衡が関係しているのではないかと思われる。

このように相補性という概念は、物質の根本から、心の働き、血行の仕組みに共通する概念であるが、おそらく、もっと広い学問領域、自然、社会現象に見られる概念ではないかと推測する。

勝手な思い込みではあるが、動的平衡と並ぶ生命、宇宙の摂理を語るキーワード、原理の一つではないかと思う。

日常社会でも相補性は卑近にみられる現象である。

恋人同士、夫婦でも、似たもの同士よりは、無いものを補い合う関係のほうが、上手く行き長続きするのではないだろうか。

近頃テレビ界の大物タレントが失脚しましたが、(ご縁で彼夫婦を存じ上げていたのですが)彼を知る誰もが、あの細君が健在であれば、こんな事態にはならなかっただろうに、というのが大方の意見の一致するところであったと思います。

それほど相補性の見本のようなご夫婦でした。

自戒を込めて、男女の関係を例に挙げ、相補性の意義を提案してみました。

カモメは異端か?

チェーホフの「カモメ」が、ケラリーノ・サンドロヴィッチ(日本人です。)の演出でシスカンパニーが上演したので、シアターコクーンにまた行った。例によって群馬の銘酒、水芭蕉とオツナ寿司を差し入れで持って。

そのせいかどうかはわかりませんが、お蔭で、いつも10列前後の中央通路側の特等席を頂ける。
俳優も良かった。ニーナ(主役の恋人)は蒼井優で、アルカージナ(主役の母親)は大竹しのぶ、トリゴーリン(アルカジーナの愛人であり、ニーナを愛人にする)は野村萬斎であった。主役のトレープレフは生田斗真であり、どうもジャニーズ出身らしい。
蒼井優は、芝居を観る前から、コマーシャルなどで見て、実は個人的にファンであった。今風に鼻筋が通り過ぎていないところが好きなのである。
それにしても、いつもながら長いセリフをトチらずに良くも演じるものだと感心する。
舞台のフィナーレでは、『大切なのは、絶望の中でも耐え忍ぶことだ』、と言うようなチェーホフの決め台詞を言ったように思う。

この言葉は三河出身の身としては非常に良く分かる。(吉川英治の小説、徳川家康とか思想家、志賀重昴の三河健児の歌をご参照ください。)

カモメと言えば、“カモメのジョナサン”が1970年代始めに流行りましたね。孤高を貫くところなどは、どこまでもカッコいいのだが、結局、異端は追放されるという事でしたね。

白鳥は悲しからずや
空の青、海の青にもそまず漂う。

若山牧水のこの短歌も思い出深い。
確か中二の教科書に載っていて、国語の女性教師が、「あんたたちには未だ分からないだろうが、これは人生を自分らしく生きる事の孤独さを言っているんだよ。」と話してくれたことは、先生のメガネ顔と一緒に良く覚えている。
当時はその意味は良く分からなかったのだが、なぜかその短歌と先生の言葉だけは忘れることはなかった。
当時、先生は、二十代後半か三十代前半で、今にして思えば、中々行けた先生だったんだと、思う。付き合ったら、最近では中々お目にかかれない癒されるタイプだったのかもしれないなあ。もっとも、もう余裕で80代になっておられるだろうが。

中嶋みゆき作詞作曲で研ナオコが歌った、“カモメはカモメ”も、
変われない自分が、一人空(海)を行く孤独を歌っている。

カモメは、何処でも異端の孤独者として登場するのはなぜだろうか。

カモメは基本的には群れており、カラスの方が群れていないが、孤高を言うのにカモメであるのはなぜなのか、良く分からない。

人は外界に適応した態度、行動をとらないとうまく生きていけない、つまりペルソナを発達させ、変容させなければ摩擦が起き自分の能力すら、うまく発揮できないのである。

馴染まないものは異物であり、生物では免疫学的に抗原抗体反応で排除される。

これは人間社会でも同様である。異物は目障りであり、分かった風なことを言う輩でも、口先で何と言おうと、結局は排除しようと行動する。特に体制を自ら作った人間には、異端は体制破壊者に映り、耐えられないことなのだろう。

元々病原菌的な性質を持った小生は、今までの人生、各ステージで最後には異物になり果て排除されてきたのであるが、今日現在も、とうとう精神科医療の中でも、また現在の勤務先病院の体制の中でも異物になりつつある、というか異物として認知されたようである。

そうであるなら、この状況で何かを痕跡として残さないと、ただの異物、病原菌で終わってしまう。

それならそれでもかまわないのではあるが。

しかし、異物であり続けた故に、異物性を自分の中に取り込んで新たな自分を作り上げなければ、60代半ばで精神科に転科した意味はなくなってしまう。

自律機能主義を実証する意味でも、新しい自己を実現して行くしかないと、今は強く思うのである。

老いるという事

母親が齢、91歳を超え、アルツハイマー型認知症になり、
とうとう老人ホームに入ったとの知らせを受け、
7月の連休に愛知の田舎まで見舞い行った。

新東名高速を使って4時間で着いたのが、昼時であり、
兄夫婦が先に母親を迎えに行き、弟夫婦も一緒に合流し、
まず外で昼ご飯を食べる手筈になっていた。

久しぶりに会った母親は、
家人が母の日に送ったという帽子を目深にかぶり、
義姉に手を引かれており、実家に帰った時にいつも見せる、
ふくよかな満面の笑顔とは違い、ひとまわり小さくなった顔が、
僅かに微笑んで振り返ったのが、印象的であった。

母親は元来、健啖家であり、その日もウナギを息子たちと負けないくらい食べ安心させたが、ほとんど会話することはなかった。

その後、皆で老人ホームを訪ねた。

こぎれいな建物で、個室もまだ新しくきれいで、何もかも整頓されており、自分で作った刺繍の敷物があちこちに置かれ、実家の母親の部屋を彷彿とさせたが、なぜか冷蔵庫は置いて無かった。

聞くと、食べ物を自分で持つと傷んで、食中毒の原因になるから食べ物は自分では持てないのだという。

前日に、新宿伊勢丹地下で、少しづつ沢山の種類の菓子を目一杯買い、持って行ったのだが、無駄になった。

水も必要なだけは見図らって職員が飲ませてくれるから心配ないのだという。

小遣いを、使いやすいようにと、ピン札でない千円札にして用意して行ったのだが、現金はトラブルの元になるという事で、所持出来ないとのことで断られた。

欲しい時に、思うように水も飲めない、好きなもの一つも食べられない、
飴一つ、絵葉書一枚、買う自由もない生活である。

ホームというところは、きっと暮らす人間より管理する側の論理が優先するのだろう。

それに母親の性格からすると、自ら何かを要求することが出来ず、
何でも我慢してしまうに違いない。

僕の勤める精神病院でさえ、患者は支給される障害年金を所持金として持ち、自由に買い物が出来、皆メタボに悩んでいるというのにだ。

兄夫婦が先に帰り、家人が席を外して、母親と二人きりになった時に、
母親が、
“家にいた時も一人ぽっちだったから、ちっとも寂しくなんかないよ”と、自分に言いきかせるように二度つぶやいた。

兄は、父親がゼロから始めた事業で、それなりに残した資産管理を生業とし、何不自由ない生活をしながら、母親の面倒を仕事のようにして見てきたから、母親は世間の老人に比べれば、豊かな幸せな生活をついこの間までは送っていたものとばかり思っていたので、その言葉は意外で、胸に刺さった。

母親があの老人ホームの一人部屋で、日暮れていく中を、一人でじっと椅子に座りながら、ただひたすら時間の経つのを耐えるかのように、団らんの無い夕飯を待っている姿を想像するとたまらなくなる。

父親が亡くなって、もう30年になる。

母親はきっと早く父親のもとに行きたいのだろうと思う。

父親が脳卒中で倒れ、人工呼吸器が付けられ死を待っていた時、
ベッドの脇に座り、ずぅーと父親の腕をさすり続けていた姿を思い出すとそんな風に思えてならないのだ。

人が、生きていくという事は、つまるところ孤独との闘いなのだと思う。

そして、その闘いに疲れ果てて、人は認知症に逃げるのではないか、
ならば、いっそのこと、母親も、もっともっと病気が進行して認知機能がとことん落ちてしまえば、寂しさも感じなくなり、楽になるのではないか、とさえ思ってしまう。

僕に出来ることは、多分、毎朝、母親の部屋に行って、
何をするでもなく、部屋の隅にでも座り、
本でも読みながら夕方まで一緒に時間を過ごし、
じゃまた明日、と言って帰るような生活をしてやることだけだと思う。

そうしてやりたいと思う。

また、その方が一日中家にいて家人にうっとうしがられるよりずっとましではないか。

が、実際には何もしてやれない自分が現実であり、そのふがいなさが情けないと思う。

そんなことを空想する僕は、家人がいつも言うように、やはりマザコンなのでしょうか。

ログイン