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麻布十番 ― 住んで半年経ってみて

昨年の8月に麻布十番の近隣に引っ越してきて、麻布十番を生活圏にして8か月が過ぎた。十番は、遊びに来ているだけの時と住んでみての印象が変わったのでそこらあたりについて書いてみようと思う。

まず感じたこと、狭い地域に予想以上に各種雑多なお店が密集してあるということである。居酒屋から高級レストランまで各種飲食系、美容室、ネイル、エステ、マッサージなど美容関係、整体、フィットネス、ダンスなどジム系、ブティック、装飾品など服飾系、ギャラリー、骨董など美術関係、各科の開業医の乱立、それにいくつかの地場スーパーがある。そこに昔ながらの商店街の遺産のような食料品店、おもちゃ・文具雑貨用品店、モード系ではない洋服店まである。それらがカテゴリーを隔てることなく混在しているのが面白い。飲食では焼肉屋、焼き鳥屋、おでん屋が特に多いようだ。そしてざっくり言えば、大した店は多くはない、殆どが、芸能人も訪れるお洒落と言われる十番の名を名乗るには相応しくないニューカマーで占められている印象である。
「新麻布名物00」と銘打つお菓子屋がその典型であろう。上手くマスコミに取り上げてもらい、一夜にして行列店になるかと思えば、あっという間に消えていく店もある。開店当初から行列が絶えず、売れ切れ完売が常態化したパン屋の「乃がみ」は極例外であろう。

もう一つ強く感じた印象は、商店街を中心に町興しに熱心であり、その目が住民にも向けられていることである。
麻布十番は都心にありながら交通の便が悪く久しく陸の孤島と呼ばれていたが、2000年に地下鉄南北線、大江戸線が開通すると一気に来訪者が増え、商店街は街並みを一新し、振興のためのルールを作り、その後の町興しに成功したのであるが、観光客のためだけではなく、住民ファーストの’住み続けられる街‘を目指し、女性のいるバー、クラブ、キャバクラなど風俗系、ラブホテルを極力排除したのが、十番の独特の雰囲気を作り、六本木や赤坂の賑わいと一線を画す結果になっているのである。街を歩くと子どもと年寄の多いのに気が付く。又陸の孤島時代に比較的家賃の安かったことから、銀座や赤坂、六本木のお姉さんたちが生息する棲家の多いことは巷間良く知られた事実であり、十番の日暮れ時は特別な色香が漂うのである。
概して麻布十番は住民に優しい街であり、古くからの住民と、新しく来た商売人と外国人を含む新しい居住者たちが上手く共存しているように思える。

『十番だより』というフリ―のタウン紙が毎月発刊され、年中行事の案内をして住民の参加を呼び掛ける。そして毎月何らかのイベントが開催されている。私達が移住した8月からでも、衆知の「麻布十番納涼祭り」、9月の十番稲荷と氷川神社の「秋祭り」10月は10日「十番の日」の特別安売りセール、11月は「十番稲荷の酉の市』、12月は「歳末セール」に「除夜の鐘のイベント」があった。1月は七福神めぐり、2月は「節分で豆まき行列」があり、3月は「花祭りで稚児さん行列」があった。有名な十番納涼祭りは別にして多くは住民向けのイベントである。
麻布十番納涼祭りのポスターや団扇のデザインは毎年イラストレーターの宇野亜喜良によるものであるが、彼は半世紀以上も住居もアトリエも十番にある。

そして利便性の良さである。私達は杉並区からの移住であったためか、とにかく便利であることに驚き感嘆した。日常の買い物も外食も歩いて1km以内で済むし、近隣の広尾、青山、赤坂、六本木は散歩のつもりなら十分徒歩圏内である。今まで負担であった深夜の銀座や新橋辺りからの帰宅のタクシー代も1/3から 1/4になった。

又都心にありながら、住民のコミュニティが存在しアットホームな雰囲気が良い。

自室から東京タワー方面を臨む

自室から東京タワー方面を
臨む

鳥居坂六本木方面

鳥居坂六本木方面

元麻布台方面

元麻布台方面

と、理不尽極まりない公共事業の余波で引っ越しを余儀なくされたが、結果は今のところラッキーなのである。

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