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「誤解」―阿佐ヶ谷アルシェに行った

友人が出演すると言うので、阿佐ヶ谷アルシェという小さな劇場に観劇に行った。
阿佐ヶ谷は2年前に「山猫軒」というレストランに行って以来であった。
阿佐ヶ谷駅からパールセンタ―街というアーケード商店街をしばらく行き、狭い横道に入ると小さな地下劇場があった。路地には数名の中年の男性がいて、いかにもそれらしい雰囲気を漂わせながら案内をしていた。

お向かいにあった土間敷きのような粗末な殺風景な部屋が事務所なのか、そこでチケットを扱い、何人かの客が、パイプ椅子に座って開場を待っていた。
ここでも、例によって中高年のご婦人方である。ダウンを着込んでいくつもの袋を下げている
小生は昔アングラを見て歩いた頃を思い出した。最近の経験では、中野ザ・ポケットや下高井戸のHTS劇場がそれに近いかもしれない。あるいは、例えは悪いが、昭和の時代、地方の温泉街で、怪しい映画(ブルーフィルム)を見せる会場に似た、ぬるい世間の秩序からちょっと外れた雰囲気を醸し出していた。

さて演目はカミュの「誤解」。カミュの不条理作品、「異邦人」「シーシュポスの神話」「カリギュラ」に続く戯曲である。
学生時代は異邦人を読んで、作品の中に不条理を理解しようとしたが、所詮は頭でっかちであった。今やわが人生を振り返り、なんと不条理の連続であったことかと、カミュの言いたいことが、カミュ以上に分かる年になった。カミュの不条理は基本、悲劇とされるが、小生には憤怒の感情しか湧いてこない。

企画・製作は阿佐ヶ谷アルシェのオーナーの岩崎直人、演出は立川三貴とあった。俳優は演劇集団「円」のメンバー4人に友人の女優K.L.が一人加わって5名であった。
オーナーは、おそらく演劇が好きで好きで、とうとう劇場まで持ってしまい、年に数回は自分で企画制作し、人を集め公演を行っているとのではないかと思わせた。
下北沢の本多劇場も草創期はこんな雰囲気であったかもしれないし、現在、阿佐ヶ谷や高円寺,中野あたりに集積している小劇場も皆このような雰囲気なのだろうかと思った。
ここを思えば、本多劇場やシアタートラムもシアターχも大劇場である。

お芝居は、言葉の重みを深く考え過ぎなければ、比較的分かりやすいものであった。ストーリーは省くが、役者は一様に声が大きくまるでシャウトするかのようで、数メートル先の所に座っていると、耳につんざくようであり、補聴器が響いて辛かった。
もっとも、ダウンを着込んで着ぶくれしたご婦人方はそれも子守唄であるかのように熟眠されていた。(なぜか始まるとすぐに入眠されます。入場料だって安くはないのに、これも不条理?)

後日、K.L嬢に会った時の話では、この演出が、演劇集団「円」に合わせたものか、演出家の演劇観によるものか、俳優は皆大声を張り上げる、彼女曰く新劇風の旧い演出で、自分には納得がいかず、とうとう楽日前日にはケンカになったとのことであった。確かに芝居の最後のシーンで、K.Lが長いセリフを一人で演じるところがあったが、そこはまさにカミュが、自分の一番言いたい所、彼のメッセージ性の強いところなので、もう少し静かに淡々と語るのも良かったかもしれないと思ったりもした。

プロデューサーはプロデューサーなりに、演出家は演出家なりに、俳優は俳優なりに考えがあり、もちろんそれなりのヒエラルキーは保たれているのだろうが、おそらく関係者全員が芝居が好きで仕方ない人ばかりなので、皆一家言を持ち、芝居の本質にかかわるようなところではつい意見の違いが衝突を生むのだろうか。

常に真剣に向き合うものを持って生きている人の不条理とは何か、少し気にはなったが、それを友人に聞けば、また冷ややかに馬鹿にされそうだからやめて、次は何が観たいか、何が食べたいかと、いつもの話題に戻ってしまった。

かつては、そのようなややこしい話は学生の最も得意な分野であったが、現在の学生は、何事も深みには入り込まず、燃えず、クールになってしまったので、今や熱く語るのは、皆昭和の人間ばかりになってしまったようである。

K.L.嬢は未だ若いが、ヨーロッパ人の血が流れているせいか、今どきの若者とは異質なのである。

芝居の帰りには阿佐ヶ谷商店街で、土産に揚げたてさつま揚げとイチゴ大福を買った。
久しぶりに乗った中央線では、それにしても、あの固いパイプ椅子での観劇は、尻の肉も落ちた年寄りにはもう無理かもしれないなと思ったりした。
車窓には、冬の長い西日が射し込んでいて,やけに眩しかったのを憶えている。

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