土曜日の6時ころテレビをカチャカチャして見ていたらBS朝日「ザ・インタビュー」で小林聡美という女優が、エッセイストとして、幻冬舎の編集者から(名前は失念しました。)インタビューを受けていた。
彼女は、確か劇作家の三谷幸喜の細君か(であった?)と記憶があったが、なるほどと合点がいった。
聡明な人である。打てば響くという感じは、凡人である小生には少々気おくれするところもあるが、三谷幸喜は、失礼ながら彼女の美貌を補って余りある才気を気に入ったのだろうと思った。
やはり女性は賢女に限ると納得したのである。
テレビをここで切れば平穏であった。
続いてブラットピットとアンジェリーナ・ジョリーのMr and Mrs Smithを見てしまったら、アンジェの美貌とナイスバディに悩殺されたのである。やはり女性は美形が良いなあ、と又煩悩をさまよったのである。
さて話は戻りますが、小林聡美の上手な文章をテレビで見てしまった後に、ブログを書くのは正直なところ気が滅入るのだが、週一と決めてしまったからには書くしかないので、今日はある日の一日の出来事を書いてお茶を濁すことに決めたのである。
僕のもっとも新しいガールフレンドの一人が、両国のシアターχで「金色の翼に乗りて」という舞台に、いしだ壱成とダブル主演するというので、家人と一緒に見に行った。
ガールフレンドなんて、まさか!とお思いでしょうが、年寄という見栄っ張りな存在は、一度でも口をきけば、皆ガールフレンドと自慢するものなのである。
二度でも会おうものなら、ほとんど‘俺の女’呼ばわりするものであるが、誰も信じやしないから実害はなく、身内も世間もそれを許す習いがあるのですよ。
ちなみに、このような言動というか妄想が高じると医学的には老人性精神病というらしい。
両国に行く前に六本木の‘おつな鮨’に寄り差し入れを買った。稲荷寿司70個と干瓢巻40切れが、あれほど重いとはびっくりした。それに箱のカサが大きくて持ちにくい。両国駅から劇場までは徒歩3分くらいだが、思わずタクシーに乗ろうかと迷ったほどである。考えてみれば、ほとんどが密度の高い米なのだから重いはずである。
お芝居の方は、劇団ピープルシアターが35周年を迎えた記念脾的な公演とかで、出演者は皆熱演であった。
伝えたいメッセージ性が高いことだけは理解できたが、凡庸な小生には把握しきれなかった。「人は皆、金色の翼を求めて悩み苦しみ、さまよいながら生きて行く」ということなのでしょうか。(演出家の森井睦さん、理解力が不足ですみません。)
煩悩解けやらぬ小生は、金色の翼に乗って、あわよくばもう少し彼女のお近付きなりに行きたいと妄想するばかりでした。
芝居がはねると役者さんが出入り口で見送りをしてくれ、僕は彼女からバレンタインチョコを貰い舞い上がったのである。
彼女がダントツのオーラを放っていたのも、ちょっと誇らしげであり嬉しくもあった。
シアターχが入っている両国シティコアビルの隣にある回向院という、近代的な建築のお寺が、いやでも目に入っていたのだが、帰りには誘われるかのように門をくぐった。
ドーム状の現代風な山門をくぐると石畳の長い参道の両脇は竹林で、都会とも思えない静寂な空気である。
おそるおそるドアを開け、中に入ってみると、学校の講堂のように椅子が整然と並んでおり、その正面には、大きな阿弥陀如来の黒い仏像が鎮座していて、まるで教会のような感じであった。壁面にはいくつもの仏像がかけられ、巧みなライティングと高い天井もあってか荘厳な雰囲気を醸し出しており、椅子にはミサでも待つかのように、数名の老人が座っていた。
私達も思わず腰をおろし、しばし休むことにした。何とも落ち着くのであった。
三々五々と人びとが集まりだし、椅子も埋まってきたので、何かあるのかと思う間もなく、読経が始まった。お経と木魚と鐘の音が実にリズミカルで、自分の身も心も共振し、丸で佛の中に一体化していくかのような気持ちになった。
しばらくすると、前列の人からお焼香が始まり、順番が来たので、理由もなく私達もお焼香をした。
驚いたことは、若い革ジャンの青年が実に見事な所作でお焼香をしたことである。
回向院は、偉人から罪人まで、行き倒れから犬猫に至るまであらゆる生物を、墓を作ってねんごろに弔う心の広いお寺だから、最近誰かのペットでも死んで、その供養だったのかもしれないが、ここで頭を垂れ合掌するのは決して嫌な気分ではなかった
八百屋お七や鼠小僧の霊が招いたのかもしれない。
聞くと、読経は毎日午後4時に定例であるそうで、これはちょっとした感動であった。
我が家の近くには、お寺が長屋のように5,6軒並んだ一画があるのだが、何処として、かような宗教本来の活動、仏事をしているところは無い。もしあれば、是非通いたいと思ったのである。
観劇とお経で、すっかり心も浄められ、いい気分で駅に向かう道中に風情のいい甘味屋があったので、寄ってみた。
小生は、その後銀座で酒場放浪記の取材の約束があったので、少々腹ごしらえをする必要があったのである。
団子と餡子コーヒーとカレーライスとハヤシライスの一緒盛り(ダブル盛りという。)を食べた。いずれも一皿づつを分けっこしたが、どれも美味しかった。
お店の名は両国堂といった。
甘味屋は下町に限る、と分かったようなことを思いながら、帰りがけに、銀座の淑女への手土産に杏飴を3本買った。
こうしてせっかく清められた我が心も世相にまぎれて行くのであった。
テレビ番組の酒場放浪記では、終わりに一句出るので小生も真似をして一句整え、今回のCASA=AFを終えることとします。
両国の女神と菩薩で浄められし
我が心も
銀座の宵で元の木阿弥
お粗末さま



