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中村キース・ヘリング美術館-宇宙エネルギーと民芸のような懐かしさに共感

パンフレット

パンフレット

プログラム

プログラム

キース・ヘリングは、1980年代の初めに、地下鉄の使われていない広告掲示板に黒い紙を張り、その上にチョークで絵を描くという自称サブウエイ・ドローイングを始め、ニューヨークの通勤客の間で評判になり、やがて画商の目にもとまり世に出た。
 ストリートアートの先駆者とされ、アンディー・ウォホールと並び1980年代のアメリカの代表的なモダンアーティストと評価されるが、恥ずかしながら、小生は彼のことは殆ど知らなかった。

 蓼科のホテル・ハイジのフロントに中村キースへリング美術館のパンフレットが置いてあったので興味を惹かれ、東京への帰り道に中央道小淵沢インターで降り、寄ってみた。5月の連休のことである。

 後で調べてみると、1980年代後半には日本でも展覧会やワークショップ、ポップショップも開催されたというし、彼の絵は、その後ユニクロのTシャツにプリントされたり、2012年のGoogle の創立00年記念でホームページのロゴにもなったという。
 現在ではいろいろなグッズがネット通販で買う事も出来るようである。

中村キースへリング美術館

中村キースへリング美術館

新館屋上から

新館屋上から

 美術館は小淵沢インターから清里方面に向かって数分のところにあった。周りには、観光地の猥雑な店もなく、静寂感に溢れた森の中に忽然とあった。建築家、北川原温による斬新な現代建築だが、八ヶ岳山麓の緑の杜によく合っており、箱根のポーラ美術館のような恣意性も感じられず、包まれるかのように、ごく自然に収まっていた。

untitled

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dream and hope

dream and hope

フィギア

フィギア

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 美術館の、展示ルームに続く暗いトンネルを抜けると、圧倒的なへリングの世界があった。
 ストリートアートとは、いわば落書きのようなものであり、ふつうは醜悪で美観を損ねるものを連想するが、へリングの絵には、何とも言えないユーモラスさ、温かみと、純粋だが、強いエネルギーが感じられ、一瞬にして引きつけられた。

 絵のデザインの、フラクタル構造を思わせる単純な繰り返しが、安心感を与えるのか、人を拒絶しないおおらかさと、職人芸のような絵の完成度の高さは、まるで民芸館で民芸アートでも見るかのような、安心感、安定感や懐かしささえ感じさせたのである。

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radiant baby

radiant baby

 もともと子供の落書きのように、ひたむきなエネルギーが原点であろうから、彼を担いだ周辺の人たちは別にしても、日本のモダンアートの代表、村上隆のように、アートに商品性を持ち込み、ビジネスに結び付けようとする厭らしさは微塵も無いし、絵そのものは芸術作品としての完成度を求めないピュアなものである。

 その経緯こそが、日本の民芸に通じるものであり、宇宙の懐に抱かれたような安心感と宇宙全体から発せられるエネルギー感は、彼の作品が単にモダンアートの範疇に収まりきれない味わいの深さになっていると思う。

 キース・へリング美術館は、オーナーの中村和男氏の個人コレクションを、彼自身が美術館を建てて一般公開しているものである。
 彼はおそらく立志伝中の人物であろうが、この事業が彼の本業と関わりがあるかどうかは知らないし、興味もない。

 ホームページでは、彼がキースへリング作品との出会いから、コレクションを集め、2007年に一般公開するに至った精神的動機、そして美術館を縄文文化の栄えた八ヶ岳の麓に作った意味を強調しているのみである。

トイレの案内

トイレの案内

ポスター

ポスター

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キースへリングのテーマは夢、希望そして愛と平和であり、彼は名を成してからは、エイズ撲滅のキャンペーンを積極的に行ったが、1990年に30歳の若さでエイズにより亡くなった。

 

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