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何もしない―今年の正月休み

今年の正月程何もしないで過ごした正月はなかったかもしれない。
形成外科医であった頃は、正月も自宅に帰れず入院中の患者は必ずいたし、ともすれば正月に様態が悪くなることも少なくはなかった。消化器外科や脳外科に居た頃は、暮れ、正月の緊急手術も珍しいことではなかった。今思えば、正月でも一人で病院に居なくてはならない切ない心理状態が身体症状に出て医者や家族を呼び寄せていたのかもしれないと思えるが、とにかく病院から遠く離れることは出来なかった。
精神病院に勤務していた頃は、帰宅するところのない入院患者は沢山いたから病棟で正月行事をやらねばならず、必然的に新米精神科医は顔を出すことになる。
メンタルクリニックを開業してからは、患者に振り回されることはなくなったが、それでもスタッフの補充に気をもんだり、ホームページの改変原稿を書くなど、何かと暇はとれなかった。
今年は、昨年の11月に自分のクリニックは閉じたので、事務的な気苦労や雑務は一切なくなり、おそらく学生時代以来の『ネバならない仕事」の無い正月になった。

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朝目が覚めるとベッド脇のカーテンを開け、朝の明るい日差しを浴び、しばらくまどろむ。暖かい布団の温もりを楽しんでから、おもむろに起き上がり台所に行き朝ごはんを食べる。
さすがに元旦はおせちであったが、大抵はシリアルかトースト半分にサラダと卵とフルーツ少々である。ミルクティが多いが、最近は遅まきながらコーヒーの味を覚えてコーヒーを飲むこともある。

ベッドに戻ってテレビのチャンネルを動かし面白そうな番組を探し気が向く番組があれば見るが、たいていは無いのでユーチューブかネットオークションで暇つぶしをすることになる。
例年ならまとめて読書をするが、今年はそれもせず、唯一読んだ本は友里征耶TOMOSATO Yuyaというグルメ評論家の本であった。

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「シェフ板長を斬る悪口雑言集Ⅰ、Ⅱ」「グルメバトル」「絶品レストラン」「ガチミシュラン」「グルメの嘘」「堕落のグルメ」などである。
最初に読んだきっかけは、彼のブログで、クリスマスに鹿とイノシシのローストを取り寄せた「比良山荘」と、暮れに行った静岡の天ぷら屋「成生」がベスト店として取り上げられていたことであった。
その評論の辛辣さというか毒舌ぶりは腑に落ちるところも多く痛快でさえあった。

トモサト氏は、本業は機械商社のオーナー社長で、原則自腹で覆面取材するというグルメ評論は副業であるとしている。舌鋒はマスコミに良く露出する有名シェフ、板長・店に厳しいので、時に訴訟沙汰になるが、本業があるせいか、ひるむところが無い。
それに、知っている人物(シェフ、料理長)や店の悪口というのは読んで面白いものである。

彼の著作(と言っても10年位前のものになるが)の殆どを読んで理解した彼の主張は、ごく簡単に言えば3点であった。
一つは、「性格の悪い(客を客とも思わない自分本位の経営優先の)シェフ・料理長の店に美味いものはない。」外食は味もそうだがコストパフォーマンスも大事で、従って「地代の高い新開発の高層ビルに良い店は在りえない。」二つ目に、日本にはグルメジャーナリズムは存在しない(ミシュランを含む)。「すべての評論家、フードジャーナリスト、グルメ本出版社はすべて、シェフ・料理長や経営者と馴れあっており客観的な正当な批評はなされていない。」3つ目は、「にわか成金、文化人気取りの自称グルメセレブ、食通をバカにし忌み嫌っている」こと、である。(味音痴で、所作も醜いという)

そして彼の批評の特徴はワインの設えに重きがあることである。彼は日本ソムリエ協会の認定ソムリエでもあり、相当のワインラバーである。
彼は、グルメ批評というのは、批評家が自分と趣味趣向が合っているかが大事で、批評に客観性はないと言っている。つまり食事にワインなどアルコール類を重要視しない、あるいは下戸が酒好きの料理の好みと一緒であるはずがないといい、酒を飲まない一般人が自分の評価と違って当然であるとしながら、高級ワインを何本も抜く自分の取材スタイルのいわば自己弁護をしているようにも見える。

例えば、彼が忌み嫌う利益追求型、経営優先の多店舗展開型の代表でもある「ひらまつ」の評価は意外に低くはない。何故なら「ひらまつ」はワインの品ぞろえの豊富さと高級ワインの値付けの安さが彼の評価を甘くしているとしか小生には思えないのである。

彼はプロの批評家が一回きりの訪問で、あるいはランチしか食べないで批評することを批判し、自分では最低でも2回はディナーを食べているとしているが、それも一食10万に達するような超高級店でも臆せず自腹で通うが、誰にでも出来ることではないだろう。

またソムリエに気に入られる(舐められない)ためには、それなりの服装、装飾品を身につけ(金を使う金持ちが好きである)、ヴィジュアル的に優れた女子を同伴し(日本一有名な例のソムリエを始めソムリエは女好きが多いらしい)、高級ワインを抜く(ソムリエのプライドを満たしつつ儲けさせてくれる)ことであるという。

従って、トモサト氏の辛口批評は正鵠を得ていることが多いと思うが、食に対する立ち位置が一般人とは違い、彼が自薦するような、「一般人の、一般人による、一般人のためのグルメ批評」とはいかないようだ。

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それにしても正月休み期間にもかかわらず、一冊の本を運んでくれたアマゾンならびにクロネコヤマトのみなさんに感謝しつつ、今年も平穏であることを願いつつこの原稿を終わることにします。

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