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工事のための工事「下高井戸調節池」建設―住宅地にダムを作る暴挙

建設現場

建設現場

こんな工事が行われる

こんな工事が行われる

神田川流域の洪水防止事業の一環として杉並区下高井戸にある杉並区運動公園(旧東京電力運動公園)の地下に調整貯水池を作る話が、いつの間にか杉並区と東京都の間で合意され、最近2回の住民説明会を経て着工されることになった。

工事は調節池を作る本体工事と、工事現場に資材を搬入する搬入路施設設置工事に大きく2期に分けられるがおよそ7年に及ぶ大工事である。
最近になって2時間限定の説明会が2回開催され、それで住民アセスメントは打ち切りで、工事開始と言う段取りである。
その説明会に参加したので、この工事の問題点をいくつか指摘し、行政が市民に対する姿勢の根本的な問題点を述べたいと思う。

設立目的の根拠が曖昧でも平気で工事を立案する。

神田川の調節池としては、すぐ下流に最近完成した環状7号線地下調節池がある。それは143万m3で下高井戸調整池3万m3の50倍近い巨大なものである。都の説明では調整池と言うのは、設置場所の下流の河川の水量を減じることはあってもそれより上流の水量には調整池の効果は及ばないとし、それを「素麺流し」の例えで説明した。下流でいくら素麺をとっても上流の素麺の量には影響しないだろうと。
それが今回の建設理由である。
一方上流の永福町の神田川流域に住む住民は日頃の水量観察から、豪雨時の水量の増量は確実に減っているから、今の段階で、自然環境破壊や住民の生活環境に大きな犠牲を伴いながらもする必要はないのではないか、と主張した。都側は環7調整池完成後の上流水量変化の観測はしていないのであるから、少なくともある程度の期間観察し上流に変化が起きていないエビデンスを立ててからで良いのではないかと言うのである。
確かに、川の水量を研究する河川工学では、川の水量は「カオスであり非線型複雑系である」としているから、都の「素麺流し理論」で説明出来る程単純ではなく予測困難であるようだ。だとすれば、実際の水量変化の観測データの積み重ねやモデル実験によって推測するしかない筈である。
豪雨時の川の水量は、増量の速さも持続時間も様々であるから事実上予測困難であるから、洪水防止のための取水のタイミングは臨機応変に計るしかないと思われるのに、調整池への取り込み口[越流提]の高さが固定されているのもおかしな話である。
水量の増え具合から見て洪水のおそれは無くとも、越流提を超える水量の時は調整池に自然に流れ込む構造だから、その後水量が急激に増し洪水の危険が迫り、いざ調整池が必要になった時には既に池は満杯になっているという事態が十分起こりうるのである。取水のタイミングはコントロール出来なければ意味が無いのである。
そのような指摘に対して都側の返答は、「我々が最適のシミュレーションをして決めたのだから間違いない、変えるつもりはない」とニベもないものであった。
つまり現時点で下高井戸調整池を作る意義は、科学的には示されなかったのである。
確かに僅かなベネフィットはあるかもしれないが、それにしては、それに伴う犠牲が大きすぎるというのが周辺住民大半の意見であった。

決めたら住民の意見は無視して何が何でも決行する

設置の意味に疑問符が付きながら、さらには工事に伴う周辺住民の生活環境被害に対する配慮が全く省みられていないことからも反対の意見が出た。
工事現場は旧東電運動場、都立中央ろう学校周辺、神田川沿いには樹齢50年を超える桜の巨木が立ち並び、春には見事な桜並木の景観となる、緑豊かな閑静な住宅地である。
そこに丸でダム建設のような工事をしようというのだから、発想自体がムチャクチャなのであるが、実際の騒音・振動・粉塵等の近隣被害は想像を超えるものがあると思われる。近隣住居では5年以上の間、窓も開けられず、洗濯物も外には干せず、振動と騒音に曝され続ける毎日を過ごすことになるのであり、そのような生活環境を強いられれば、うつ病、不安障害、パニック、ノイローゼなどストレス性障害の精神被害は必発であろうから、「防音、防塵、防振対策はどのように考えているか」の問いには、高さ3mの仮囲いは作るが、それ以上のことは考えていないと言う無神経ぶりなのである。
損害補償は家屋の損害がせいぜいで、心的苦痛、精神的被害については全く歯牙にもかけない態度であったが、精神障害の診断がされ、それで入院になるもの、また自殺者が出ればその都度因果関係を調べると、誠に横柄なのである。

公共事業なのだから、周辺住民は我慢しろ、とにかく決めたら何が何でもやる、というのが役人の姿勢なのだろう。

工事に伴う自然環境破壊、住民生活環境被害は極力無視する

公共事業では自然環境破壊や住民の犠牲に伴う反対はいつものことなのだろから、担当者は全く平気なのである。また窓口になる担当者は随時異動させストレスを分散させるものだから、我がことのように親身になる必要も無く、平気で他人事のように鉄面皮でいられるのであろう。
とにかく、自然破壊、住民のこうむる不利益、被害は無視する、これが彼等の基本的姿勢である

これらの都のやり口は、国の公共事業や森友問題などで見えたやり口に共通する姿勢である。
裏でどんな政治的な取引が行われ不自然な事案でも、証拠が表に出さえしなければもっともらしい理由をつけて強引にことを運ぶ。始めたら、どんな不都合、犠牲が問題になって来ても、一切あとには引かず強引に断行する。

役人にとってそれが、彼等の保身、生きがいである出世に繋がる成績になるのであろう。
役人とは某前国税庁長官に代表されるように、齧歯類が上目使いしたような立ち居振る舞いで上司に仕え、保身と出世の前には社会正義は二の次になるような行動様式が常態化しているのだろう。
従って3月27日の前国税庁長官の証人喚問に万が一にも期待するのは、誠におろかなのである。

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