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空耳妄言㉕:「希望の党」は右翼保守としての政界再編の始まりか

空耳のように聞流して良いが、誰かが囁いたほうがいいような話もある。

とてもドラマチックな1週間であった。この間の政界の流れを大局的に過去、未来を見据えて正確に解説できる人は多くはないであろうから、ここは好き勝手に井戸端会議の延長で妄言を連ねてみようと思う。以下敬称略で。

この様に政局が動くと、必ず、日本の政治などアメリカの世界戦略、もっと言えば世界を牛耳る国際資本の大本、あるいは統一教会の操りでしかないという風な論説が出てくるが、それとて結局は、我々は局所的に現実的な対応をするしかないのだから、ピーチクパーチク騒いで抵抗するしかないのではないかと思う。

*小池の読み違い。
おそらく小池のシナリオはこんな風ではないかと思う。
「解散があったら即、新党を立ち上げ、民進党を壊してその多数を取り込み、自由党と自民の一部を取り込む。選挙後は維新、公明と組んで連立政権を立ち上げ首相になる。」
解散は予想外に早かったが、そのお蔭で、新党「希望の党」構想が事前に漏れず、劇的なインパクトが作れたし、細野が先兵として民進を離党し、希望に入党し民進の左派勢力切りの悪役を果たし、小池がとどめを刺して民進を瓦解させるのは小池と前原(あるいは小澤)のシナリオ通りに行ったが、小池が都知事を辞任して立候補する手順は、何かの読み違えをしたのだろう。小池が国会議員になって党首として、うまくいけば首相として国政に返り咲きたいのは火を見るより明らかであるから、都知事辞任のタイミングを狙っていたし、今もいるはずだ。
思うに、小池に対する世論の首相待望論の盛り上がりを期待しているのであろうが、未だその盛り上がりが来ないばかりか、都知事投げ出しの反発が予想以上に強いのが読み違えではなかったのか。それどころか「民進分断、切り捨て排除」の強権的な姿勢が世論の反発を招いていて、むしろ後退しつつあるのは小池の驕りでもあったのだろう。
大多数の国民は理性よりも、感情、情動で判断するものなのだ。
小池の知事辞職の弁明が世論の感情を凌駕出来るかが出馬表明のタイミングであろうが、果たして間に合うかが見ものである。
あるいは、もともと小池が知事に留まり、前原か松井を繋ぎで出すか、いきなり小澤が出てくるシナリオの可能性もある。
それにしても次期首班指名は公明党委員長の山口と言ったのは失敗だっただろう。選挙後は公明と組みたいと見え見えであったし、ましてや山口を一時でも首相にして国政を創価学会に任せたいと思う国民は学会員以外には皆無だろうと思うからだ。

*小池の自己矛盾
小池は解党した民進党議員の希望の党公認に当っては安保法制、憲法改正の理念の一致を求めて、選別、排除するというが、ではその選別の選考基準を明らかにしなければ、有権者は判断できないのではないか。小池の言う情報公開とはまさにそのことではないのか。未だに小池の安保法制、憲法改正の理念や見解は明白ではない。
小池は自分に有利な今のムード、風向きを壊したくないから、本心を隠しているようにしか見えないのだ。

*三都物語―地方分権と小池の国政進出の矛盾と懸念
東京、名古屋、大阪の東海道ベルト地帯の3大都市が地方分権の起爆になるという構想だが、その陰で霞んでしまうのが福島や沖縄ではないかと危惧する。今地方で最も国の権力に翻弄され課題が大きいのは福島であり、沖縄であり、大阪でも名古屋でもない筈だ。
地方分権をいうなら、国に虐げられている地方と連携して、都知事として頑張るのが王道ではないのか。
多くの国民は、今や小池が都知事と総理大臣を天秤に掛けていると感じている。首相になれそうなら、知事を辞めるだろうし、なれそうもないなら知事に留まるというわけであり、これでは、例え残ったとしても都知事としての信頼も早晩失っていくのではないか。
権力志向の塊のような小池や橋本、松井が中央権力を握ったら中央集権を強めるのは目に見えている。彼等は、労働者階級の解放を唄いながら、いざ権力をとると、労働階級にかつてないほど独裁的に抑圧的に権力を振り回した社会・共産主義指導者達と同じ精神構造に違いないと思うからだ。

*公明・山口の言う「仮面を被ったって駄目だ」発言は笑止千万
公明党の山口委員長は民進党議員の希望の党への合流を揶揄して、仮面を被ったって駄目だと声高に叫んでいるが、仮面を被っているのは公明だろう。平和主義を言いながら政権与党に残るためなら政治理念はなりふり構わず捨てる、「政策より政権与党」と言うのが公明の平和主義と言う仮面の裏の本音の素顔だ。
今度の選挙で希望の党がもし第一党になれば、またすり寄って連立を組むことは目に見えている。

*今後の政界再編構造-リベラルの埋没を危惧する
今回のこれまでの政界再編はこれで留まることはないだろうと思う。
まず希望の党はもっと右寄りな姿勢を鮮明にして来るであろうから、現状のメンバーでは維持しきれず、日本会議を中心とした自民右派と一緒になって「右翼保守政党」を結成するのではないか。その目で見ると、小池の反安倍も単なる右翼保守内の権力闘争に過ぎないことになる。
自民のリベラルは希望の中のリベラル寄りと組んで「中道保守党」を作る。
旧民進左派は社民・市民連合を中心に「リベラル左翼政党」を、共産党はそのまま残り「革新左翼政党」となる4極に落ち着くのではないかと思う。
公明党は創価学会が勢力を維持する限りは残るであろうし、カメレオンのように色を変えながら政権与党にしがみつくであろうが、キャスティングボードを失えば存在感もやがて失っていくのではないかと思われる。
その方が国民には分かり易い。そして真ん中(中道保守?)が右より(右翼保守?)とつくか左寄り(リベラル左翼?)とつくかでキャスティングボードを握れる構造になれば、政治にダイナミズムが生まれて今より健全になるのではないかと思うがどうだろうか。

しかし今の小選挙区制の選挙制度ではリベラルは育ちにくく、埋没してしまう怖れがあるのが心配ではある。
成熟した、より進歩した暮らしやすい社会は多様性を認める社会であることが最低条件であると思うからだ。

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