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ラプラスの妄想

量子物理学で精神医学を考える。

自然現象は勿論の事、植物、動物、さらには人間といえども物質であることに変わりはない、とすれば人間の身体も脳も、化学で習う原子から出来ているわけであり、
人間の頭脳だけが特別な原子、つまり原子表に無い未発見の原子で出来ているとは考えにくい。

また,たましいというものが人間以外のどこかにもともと存在し、
われわれの誕生と同時に飛んできて体内のどこかに[おそらく脳]
巣くったという考えは、ではそれまではどこに居たかということになりおかしいが、
最近はアカシック・フィールドなんていう宇宙概念もあるから、精神の存在場所がどこかについては触れない事にしよう。

古典物理学の因果律を認める限りラプラスの悪魔を容認することになり、
人間といえども原子で構成されているわけであり、人間としての活動―
記憶、意思、欲望、決意、努力などといったものも結局は分子の形態,原子の配列、
電子の遊離状態[つまりイオンの]あるいはその移動[イオンによる微弱電流]
などで殆ど説明されることになるだろう。

現代物理学では、
あらゆる物質は原子より微小な素粒子の振動により構成されるとされる。
光子も電子も粒子であり、また波動である、ということになっている。
そこで、心というものが粒子より成り立つという仮想的立場で精神病を、
量子物理学的に考えてみるのもあながち的外ればかりとは言えないだろう。

確かに物理学は、自然界の諸現象を数式で表し、実験でそれが証明される、
あるいはその逆の相互関係があって成り立つが、精神医学は本来そのような
自然科学的なものではない。
今までの精神病理の諸説を見てもそうである。
ニュートンの運動方程式とマックスウエルの電磁方程式は自然現象の基盤である。
それにアインシュタインの相対論を加えて古典物理と言っていいだろう。

その理由は、「対岸を眺める」「測定できる」というニュートンの思想の基盤は
相対論にいたっても変わってはいないから。

量子物理学は、不確定性原理のハイゼルベルグの言葉、
「われわれの観測が相手との没交渉ではありえない」ということからも、
むしろ精神医学に向いているのではないかとさえ思う。

 

動的平衡

『生物と無生物の間―講談社』という本で有名になった、あの眼と語り口が特徴的な分子生物学者の第2、第3のベストセラーに『動的平衡―1,2』という本があります。

彼の眼についての形成外科医としての見解はまた次にして、今日は形成外科学における動的平衡について話そうと思います。

人間の皮膚は、皮膚に限らずすべての臓器もそうですが、それぞれの臓器のそれぞれの部位は決まった血管から血液を供給されて生きています。

身体全ての皮膚は何らかの血管(多数ではあるが有限の)によって血行を支配されており、1本の血管は固有の皮膚支配領域をもっていますが、隣接する血管の支配領域との境界は、血管の解剖学的構造によるのではなく、血管の内圧の圧平衡によって決まります。

1本の血管が閉塞したり、切断されて血行が途絶すると、周辺の領域を支配する
血管が圧平衡を失い拡張して来て新しい平衡線を作り、途絶した血管の支配領域をカバーする為、結果として本来の血行を途絶された皮膚も血液を受けることが出来、皮膚は死なないで済みます。

つまり皮膚の血行の支配領域は動的平衡によって決定されています。


図で説明すると、「図1」血管a,b,cは各々の皮膚支配領域A、B、Cを境界線(分水嶺ともいえる)で接して持ちますが、血管bが途絶すると、「図2」血管aとcがbの領域に進出し新しい圧平衡線を作りBの皮膚の血行を分割して賄います。
但し、血管a,cの血行が互いに届かず、新しい圧平衡線を作れない時は、その中間の皮膚は壊死することになります。

 

 

この現象を例えて言うならば、戦国時代に群雄割拠した大名達が力のバラランスで国境を接していたようなもので、一国の大名が死ぬと力の均衡(平衡)が崩れ、たちまち四方から攻め込まれ新しい国境線に分割されるようなものです。

古今東西、戦争とはそういうもので、戦のたびに、国境線はまさしく力関係で移動し、動的平衡を保ちます。

もし、いずれの大名にも力が足りず、遠方まで軍隊を送る兵站力がないと、その地は兵糧が無くなり、枯渇してしまいます。

このような時に、前もって補給路、バイパス道路が作ってあれば、より遠方まで素早く兵站を送り支配領域を拡大出来ます。

医学的にはこれを側副路といいます。

側副路は血管や神経にみられ、いざという時の代替路になります。
これが発達していれば、組織壊死や神経障害はより軽度ですみます。

この人体皮膚の血行の形態や動態の関係性の新しい概念の発見は、実は私の学位論文に依るものです。(1980年度慶応義塾大学医学会三四会賞-最優秀学位論文賞)

この事実は、その後、皮弁という形成再建外科におけるもっとも重要な手術法の血行概念を変えることになり、私はこれを基にしてその後30年以上の間、皮弁学の発展に先鋭的に関わることが出来、結果として形成外科医としての糧を得ることが出来ました。

また頭蓋顔面外科の分野でも頭蓋縫合早期癒合症の頭蓋拡大法において、動的平衡の概念からMoD法という手術法を開発(2012年度日本形成外科学会学術奨励賞)しています。

組織の血行供給の区分は動的平衡であり、これは組織の血行による生存と死を血行動態的によく説明しています。

動的平衡の概念は、ミクロからマクロまで、すべての生命現象のダイナミクスの共通の基底をなしていると考えます。

生命現象を、強いては心、精神の存在を、場の量子論と動的平衡の概念で説明し、ナノプラチナコロイドがその現象にいかに関わりうるかについては、次回から述べていこうと思います。

それは、まさしくラプラスの妄想的思考と思われるかも知れませんが、
理論物理学や精神医学とは本来そういうものです。
御期待下さい。

ラプラスの妄想

このブログのタイトルは『ラプラスの妄想』と名付けた。
分かる人なら‘ラプラスの悪魔’の間違いだろうと、気がつかれただろう。
そのとおり。
あのラプラスの悪魔から由来している。

念の為に申し上げれば、
ニュートン力学が断定するように(アインシュタインの相対性理論さえも支持した)、自然界の物質も現象も、つまるところは(素)粒子の相互作業している舞台に過ぎず、すべての粒子の現在の位置と速度(運動状態)が分かれば、あらゆる物体の運動や現象の未来は計算によって導くことが出来る。

つまり、未来に不確定な事は何もなく、
未来は、現在という時点で確定していると言える。

仮に宇宙の全粒子のたった今の行動(位置と速度)
を知ることが出来る仮想的な存在がいるとしたら、
彼には近い将来も遠い将来もすべてお見通しであり、
人の考えも、振る舞いも、
勝負の結果さえも予測できる。

そのような架空の生きものをラプラスの悪魔と名付けたのである。
しかし、光子も電子も、
そして全ての物質が、
波動であると同時に粒子であることが発見されると、
ハイゼンベルグの不確定性原理が確立され、
ニュートン物理学は、古典物理学となった。

これから私が確立しようとする自律機能主義は、
理論物理学、量子理論で解釈する精神病理学を
中心にして説明しようとするものであるから、
敢えてラプラスの妄想を持ちだしたのは、
時代に否定された因果律的世界の超人の妄想という形で、
無責任に好き勝手を言わせて頂こうという魂胆なのである。

所で当のラプラスの悪魔の生みの親、ピエール・シモン・ド・ラプラスは、
パリのエコール・ノルマールで数学を教えた英才で、
ナポレオン皇帝に見出され、内相にまで引き立てられたが、
ナポレオンが勢いを失うや、議会で英雄追放に賛成票を投じ、
ナポレオン没落後はルイ王朝の侯爵になり一生安泰な暮らしをしたそうである。

ラプラスの悪魔ほどではないにしろ、先が読める才覚があったのだろう。
ちなみに彼のような生き方を自律機能が優れているとは言わない。

なぜなら、そのように生きる人は少なくはないが、
押し並べて、彼らの生き方には、情緒的に言えば、美しくないところが見えるからである。
ラプラスが実際どうであったかの確証は無いけれども・・・。
自律機能主義的生き方は、感性的には、振る舞いは卑しくなく、
美しくあることが前提である。

なお、雑誌ニュートン2012年4月号によれば量子物理学の基本原理とされた、
『ハイゼンベルグの不確定性原理の測定不等式』は
2003年に名古屋大学の小澤正直教授によって訂正され、
それを実験的に証明したウィーン工科大の
長谷川祐司准教授の論文が1月15日の『Nature Physics』に掲載されたそうである。

科学理論の進歩は止めようもないが、
自律機能主義の依拠する理論も乗り遅れてはならないものと
ラプラスは妄想するのである。

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