以前、この欄で「ようやく見つけた行きつけにしたい鮨屋」として紹介した「すし家」の話の続きです(グルマンライフ2014.5.28.)。
親方の石山氏は30代前半とまだ若いが、鮨においては当然のことながら、酒のツマミにも研究熱心で、通う程に、時期に合った厳選された質の高い工夫に富んだものを出してくれる。
料理の勉強熱心さでは人後に落ちないだろう。
僕が紹介するまでもなく、彼はマスメディアにもしばしば取り上げられ、次世代のすし職人のホープとして注目されており、既に著名人の常連も多く、また最近では、外国人やご婦人のフアンも急増し、鮨よりも彼に通う人もいる程で、今や鮨業界のアイドル的なモテ様である。
多分、小生のような凡百な男には分からない、女性を引き付ける独特な‘男の色気’がそうさせるのであろう。
それでも驕ることなく、謙虚にひたむきに握り続けている姿を見ると、ますます将来が楽しみに思えるのである。
先日行った時には、この休みの日には、静岡のお客さんにお供して、清水の鮨屋『末廣』に行って来たと話していた。
『末廣』は、ハッキリ言えば、江戸前の本流とは外れた、インド洋のクロマグロなどの、謂わばネタの豪快さで売る個性的な鮨であるが、彼はたくさん勉強させてもらったと真顔で言っていた。
実は何を隠そう、小生が鮨に目覚めたのはその「末廣」であった。
もう35年近く前になろうか、出向で清水の病院に手術に行くと、手術が終わるや否や脱兎のごとく『末廣』に駆け込み、新幹線「東京行」の最終便までの間に、初めて口にするようなクロマグロのトロや炙り、炙って塩と柚子を振ったアナゴや生シラス、分厚い蒸しアワビなど未体験の高級鮨屋の‘すし’というものを毎回たっぷりごちそうになったものであった。
まあ、それまでは、鮨らしい鮨など知らなかったので、驚嘆と共に一気に鮨に開眼したのであるが、その後、通ううちに『末廣』も隆盛を極め、迎賓館付の立派なお屋敷のような一軒家に新たまったのである。
やがて清水に行く回数も徐々に減り、段々末廣通いの足も遠のいたのであるが、又時を同じくして、東京でも鮨屋探訪を始め、徐々に江戸前鮨に目覚めて行ったのである。
まずは近所の下北沢の「こさざ」から始まったのだが、そこの親方の横柄さ、高飛車ぶりには驚いたものだが、当時は、それが良い鮨屋の証のようでもあったのだ。
「こさざ」を持ち上げた山本益博がグルメ評論家として登場したばかりの、その後のバブル景気の息吹が生まれたばかりの頃の話である。
「こさざ」の親方に閉口して、打って変わって愛想のいい銀座の『小笹』を贔屓にし、西荻の『たなか』に、次いで上野毛にあった『あら輝』や西麻布の『鮨寛』などにもしばしば通い、最近10数年は、閉める前の赤坂の『喜久好』が馴染であったが、その後はグルマンライフに書いた経緯で銀座の『すし家』に落ち着いたのである。
鮨の好みは、ネタの支度もそうであろうが、結局はシャリの按配と握りの加減で決まると思うが、ここで、それについて講釈を述べるには、小生の知識も経験も足りず力に余るので、今回は酒のつまみを紹介して、若き親方、石山氏の力量を推察して頂こうと思う。
10月某日と11月某日のものの一部である。
最後に握りのお気に入りも少々載せておきます。
























