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天ぷら「成生」

店内風景、泥付野菜

店内風景、泥付野菜


昨年の夏頃に、静岡にとんでもなく予約の取れないいい天ぷら屋があるらしいが、「料理マスターズガイド」(2017.8.1グルマンライフ参照)の発行人をしているY.T.氏が席をとるから行ってみないかというお誘いがあった。7席のカウンターのみの「成生(なるせ」」という店を尋ねる総勢7名のグルメツアーの誘いであった。
7名の中には、超有名人も何名か入っており、超一般人の小生には少々気が重いところもあったが、しかし、この正月に全著作を読破した友里征耶のブログ「友里征耶の辛口日記・行っていい店悪い店」の2017.12.30号「今年のベスト店」に「成生」が載っていたこともあって、やがて俄然その気が増したのであった。

覆面自腹を原則とした、「一般客の一般客による一般客のための外食評論家」を自認する「トモサト」と、彼が蛇蝎のごとく嫌う、ただ飯お車代つきの馴れ合いフード・レストランジャーナリストや、高額な授業料で暴利を貪る、味の分からない金満料理学校経営者や、知識と権威だけのエセグルメ知識人、昨日までロケ弁しか食べられなかった成り上がりの若手放送作家(以上はすべてトモサト氏の表現です)、などが審査委員を務める「料理マスターズガイド」が、同じ店を推薦しているのも面白いとも思ったし、一体何処に共通点を見出だしたのか興味もあった。

そして昨年12月某日夕方7時過ぎに、新幹線静岡駅改札口に7名が落ち合ったのである。4か月を経てとうとう幕は切って落とされたという感じであった。

「成生」は、駅からタクシーでワンメータと近いところの裏通りの一角にある、目立たないただずまいの割烹、鮨屋という風情の白木作りの小奇麗な構えであった。40代前半と思しき亭主と女将さん、使用人が2,3人という小回りの利く布陣であった。訪ねた時は先客が済んでおらず、少々待たされたが、7人が座って待つスペースはなく男性陣は通路に所在なげに立って待つことになった。

浜名湖のサイマキ

浜名湖のサイマキ

 

 

さて、天ぷらであるが、一言で言うと、意表を突かれたというのが小生の正直な感想であった。
天麩羅には、特に東京では一定のパターンがある。出される食材も季節により多少の変化はあれ、ほぼ教科書通りである。揚げ方こそ、天一系、山の上系、みかわ系、天政系と流儀はあるが、東京の天ぷらには天ぷらの共通の概念がある。
成生は、そう言う天ぷらの既存のシキタリを越えた天ぷらである。理屈っぽく言えば、天ぷらという料理の体系の中で進歩し昇華するのを目指したのではなく、天ぷらという調理法を極めようとしているのではないかと思えたのである。つまり食材に衣をつけて油で揚げるという調理法でどんな料理が作れるかという探究心である。そして食材の拘りも地産に拘るというかテロワールの息づく食材にとことんこだわるのである。特に野菜は、もともと駿河の土地に馴染んだ品種を再び蘇らせた若い生産者のものを選んで使うし、魚介も静岡焼津の契約漁師のものしか使わないのである。その漁法による魚の味に拘るのである。

従ってサイマキ海老、キス、メゴチ、穴子という江戸前天ぷらの定番はまずは出ないという。

白魚

白魚

鯵

甘鯛白皮

甘鯛白皮

鰆

太刀魚

太刀魚

当日は、浜名湖の良質な海老が手に入ったということでサイマキ海老が出されたが、何回も来ているY.T.氏は、えっ、海老が出るんだ、と驚いていたくらいである。当日出されたものは、あとは白魚を大葉でくるんで揚げたもの、アジフライのように鯵を開いたもの、白皮の甘鯛の切り身、鰆の切り身の天麩羅であり、〆は穴子の代わりに大きな駿河湾の太刀魚を大根おろし満載の天つゆの中にジュと音を立てて入れてくれたのである。鰆はよく西京漬けで見るあの形の切り身が天麩羅になっているのである。火は通ってはいるが、中心は生に近く、肉のレアの焼き方にも似ていて、決して脱水を目指していないようである。

成生の天麩羅の特徴は、なんと言っても野菜の美味さにあるのではないかと思う

牛蒡

牛蒡

人参

人参

しばらく蒸らす

しばらく蒸らす

筍

手渡しで食べる

手渡しで食べる

蓮根

蓮根

店の壁際の棚の上に泥のついた何ともたくましい牛蒡や人参、レンコンが籠に盛ってあるのが目に入る。牛蒡も人参も大人の腕の太さほどの大きさで驚くのであるが、これらは皆近くの農家で若い生産者が昔の地の品種を蘇らせたものだという。これらを大きめの拍子木形に切って揚げるが、しばらくカウンターの上に置かれたままで供されることはない。冷めないかと気になったが、火を通しているのだから冷めやしないと言うが、その通りであった。筍も牛蒡も人参もレンコンもサツマイモもホクホクと焼き芋のように甘いのであった。

天バラご飯

天バラご飯

デザートの葛もち

デザートの葛もち

成生の天ぷらの特徴は、江戸前の天ぷらの常識、シキタリに縛られない。そして土地、風土に合った食材に徹底的に拘るのである。天ぷらに合うと思えば鯵でも鰆でも切り身にして揚げてしまう。亭主は「揚げること」に専念し、種の下ごしらえは二番手に任せている。温度の違う天麩羅鍋を二つ同時に使い分けて揚げる。大ぶりな野菜や切り身の種は揚げた後、蒸らして火を通す方法を使う。肉を焼く時のように焼き過ぎて(揚げすぎて)脱水してしまわないように、蒸らして火入れをする、ことなどであろう。つまり衣をつけて油で揚げるという調理法を極めることで天ぷらの新しい境地を開こうとしているのであろう。
従って、従来の天ぷらの概念で臨んで、旧「楽亭」や「近藤」「みかわ」や「いわ井」と比べて、どうのこうのと言ったところで、評価のステージが違うように小生は思うのである。

結論、自腹族の小生でも、一度は新幹線に乗ってでも訪ねても良い店であると、思ったのであった。

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