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ブルーオマール

私のAIF研究室のフォローワー数は極めて限定的だが、それでも6つのブログの中ではグルマンライフが一番人気のようだ。ここもしばらく更新をさぼると、それまでの「書かねば」という強迫観念にも似たストレスから解放され、こんな楽なことはないと、とうとう1年が経ってしまった。私のつたないブログでも週に1,2本書くとなれば、それはそれでも多少は脳に知的刺激にはなっていたようで、最近の意欲、認知の衰えを自覚すると、自分自身のためにもブログ再開のリクエストにお応えしようと思うようになった。そこで頑張って6つのカテゴリ―は減らさずに守り、同時に再開することにしたのである。
ブログ休載のキッカケになったのは、厄難のように発生した近隣の大規模公共工事のために引っ越しを余儀なくされ、そのために時間とエネルギーを取られたためである。
転居後は別段大きく生活が変わったわけでもなく外食の楽しみを減らしたわけでもないし、店での写真も全く撮らなかったわけでもないので、そこそこブログのネタは溜まっているのだが、記憶の方がさっぱりで、どの店での経験も正確に記述することが出来ない状態なのである。
そこでグルマンライフ再開の第一弾はブルーオマールという高級食材にまつわる2回の食事の体験を断片的な記憶をたどりながら始めることにしようと思う。

友人の結婚祝いの食事会を今年の1月に紀尾井町のオー・プロバンソーでやることにし、中野シェフにあらかじめ予算を伝えておき特別料理を作ってもらった。

前菜2種、魚料理にメインをマリアカラスにした献立は中々力の入ったもので、招待した友人夫婦にも満足していただけたようであり、当方の面子も大いに立ったのである。
その中の温前菜が「ブルターニュ産オマール海老のソースカルディナル(甲殻類の乳化ソース)マッシュルームとペリゴール産トリュフ」であった。

この皿が供される時にメートルドテルS氏が、こう言ったものだ。「今日のオマールは、先生も余り召し上がっていないブルターニュ産のブルーオマールという大変希少なものでして、今日のために頑張って特別に手に入れました」と。言下に、オマエはまだ食べたことは無いだろうが、と得意気に言ったのが見て取れ、小生の僅かばかりの自尊心も傷ついたのであった。
確かに、鴨はシャロン産というのとに同じように、オマールはブルターニュ産のブルーオマールというくらいの知識はあったが、改めて名を聞きながら食べたのは初めてのことであったような気がする。
言われて食べてみれば、通常口にする北米産の大味なオマールとは大違いで、良質な伊勢海老の、放つ香りこそ無いが、プリッとした濃厚な味わいは同じクオリア(≒質感)のものであった。

そして、それから2か月後、妻の誕生日の食事会で帝国ホテルのレ・セゾンに行った。
私達はレ・セゾンには縁が無くて初めての訪問であったし、又簡単に再訪出来るわけでもなかろうと、奮発して一番値の張るシェフのお任せコース(Le Menu De Thierry)をオーダーした。

そうしたら魚料理の舌平目の後にブルーオマールが二度に分けられて出てきた。最初は腕肉のソーテルヌとフヌイユのソースの一皿で、二皿目は爪肉が串揚げのように串に刺して揚げてあり、それを天つゆのようにスープにつけて食べる趣向であった。

つい先日知ったばかりであったが、「ふーむ、ブルーオマールですね」と訳知り風を装ったら、メートルドテルのK氏は、嬉しそうにうなずくと、間もなく生きたブルーオマールを大きな銀盆に載せて運んできてテーブルに置いて見せてくれた。オマールはテープで拘束された大きな挟みを何度も動かしては自らの存在と生きている証を盛んにアッピールした。勢いよく跳ねると盆から飛び出しそうにはなったが、基本移動は出来ないので、いつまでも盆の中で威嚇し続けた。
ブルーオマールは甲羅や爪が独特の鮮やかなブルーカラーをしていることに由来するらしいが、見せられたものは、ネットの写真でみるような鮮やかなブルーではなかったのが少々残念であった。

K氏は、メートルドテルのお手本のように細やかな気遣いが出来、立ち居振る舞いも所作も美しい人であったが、髪型は外目にも派手なリーゼントであった。帝国ホテルの格式に合わないのではないかとおせっかいにも思い、立派な髪ですね、と聞くと、髪をオールバックにして整髪料でコテコテに固めておくのが給仕という仕事には最も相応しいのだと言い、以前勤務していたホテルからずーっとこのヘアスタイルで通していると、ちょっと得意気に誇らしげに話してくれた。

髪の無いのと多すぎるのが並ぶのも良かろうと思い、一緒に記念写真まで撮って帰ってきたのである。

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