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L`AS-東京フレンチのヌーベルキュジンヌ、揺るぎない視座を持つ兼子大輔シェフの店

前回のグルマンライフでお約束した通りL`ASに行ってきた。
土・日・祝日のみランチがあり、ディナーと同じメニュと言うのでクリニックのスタッフをお供に土曜ランチに行ってきた。
場所は、外苑西通りの南青山3丁目交差点を青山墓地下に向かって一つ目の信号、スキーのジローの角を右折して、坂を上りきった辺りを左に入ってすぐの今風な建物の1階にあった。通りに面してCORKという同じ系列のビストロ(ワインバー?)があり、その奥に目指すL`ASはあった。
ランチは12時スタートで、私たちが5分位前に到着すると、40席の半数位は埋まっており、間もなく満席になってしまった。オープンキッチンの飾り気のないカジュアルなインテリアで、紙のテーブルクロスすらなく、テーブルには銘々の引き出しが付いており、その中に本日のメニュとカトラリーが入っており、自分で適当にとり出して使うというスタイルになっていた。
これこそがオーナーシェフ兼子大輔氏の言う「美味しい料理と美味しいワインに特化した」店づくりかと思わせるものであった。
無駄な経費は使わないという考えの割にはギャルソンが多人数いて意外な感じがまずしたが、おそらく何か戦略があってのことだろうと思われた。
兼子氏と思しき人がカウンターの端に背中を向けて立って、客と料理の進行状況の指揮を執っているように見えた。思わずかつて東品川にあった「アロマクラシコ」を思い出した。まるで背中に眼があるかのように店のすべての状況を把握し、遅滞なく料理の進行を差配していた原田慎次シェフの剣客を思わせる緊張感あふれた姿を思い出したのである。それに比べれば、兼子シェフは肩の力が抜けたリラックスした雰囲気であり、それはそれで客に、変な緊張感を与えず心地の良いものではあった。ただキッチンの中のコックは3名くらいで、ソムリエ2名とギャルソンが10名程では、やはり熟練度のバランスが悪いのか、あるいは40席を間断なく仕切るに無理があるのか、シェフの意に反して料理のサービスのタイミングにバラツキがあったことも述べておかねばならないだろう。

料理は、シェフのラ・ベガス、コートドール、サンドラスなどオーセンティックな修行履歴から想像されるものとはかけ離れた自由な新しい感覚の料理で目を見張るものであった。既に多くのプロやネットの自称グルメ批評家たちの評価のつとに高いところであるから多言は要しないが、初めての訪問の小生には一種のカルチャーショックに近い体験であった。
料理の発想は極めて独創的で、こだわりの強い食材を使いこなし、まとめあげる力量は非凡な才能を十分にうかがわせるものであったが、何と言っても、3週でメニュが代わる9、10皿コースを、これだけの品質を保ちつつ5000円で提供してしまうサービス力は驚嘆に値するものであった。
この価格破壊は、おそらくは、同業他者には頭の痛い存在であろうかと推察できる。

料理のセンスはカンテサンスの岸田周三シェフに共通するものを感じさせるが、サービスの発想は、カーサヴィニタリアの原田慎次シェフに近いように思われた。兼子大輔シェフは傑出した二人の料理人のセンス、才能を併せ持った、現在の東京では極めて稀有なシェフであることに間違いないだろう。

英国の「FOUR MAGAZINE」が主催する料理人コンテストで最高賞RAISING STAR AWARDや小山薫堂がプロデュースしているRED (RYOURININ EMARGING DREAM) UNDER 35でゴールドエッグ賞(RED賞ファイナリスト6名)を受賞しているのも十分うなづけるものであった。

話はそれるが、今回の経験で小山薫堂に対する小生の評価も変わり、テレビ番組「東京会議」を見直そうかと思うようにさえなった。

唯一問題があるとすれば、余りのCPの良さから、予約が取り難いということであろう。
それと、ディナータイムに行かなければ分からないが、果たして客層がどうかということである。小生のようなシニア世代は一般に、女子会や不作法な若者にわが物顔されている店は馴染めないからである。

さて当日の料理を紹介しよう。


<自家製モッツァレラチーズ>
チーズに造詣は全くないから、特に感想はない。


<フォアグラのクリスピーサンド‘キャラメル・オレンジ風味>
これは定番の人気メニュのようだが、ハーゲンダッツのクリスピーに見立てて紙の袋に入って遊び心を効かせた一品であった。サンドするキャラメルの風味はその都度変化するらしいが、フォアグラはクラシックなパテ仕立ての様でもあり、旬香亭のお気に入りであったフォアグラの西京漬けのような口当たりでもあった。


<柿とアンディーブのサラダ>
このサラダの感触は、まさに1週前に味わった「RECIPIE AND MARKET」サラダの原点を彷彿させるものであった。
久しぶりにアンディーブのパリの味を思い出した。


<福田農園の王様しいたけのロースト、ラルド(豚の背脂を香辛料と塩漬けしたもの)を添えて>
10センチ以上ある肉厚の椎茸を焼いたものにラルドが添えられ、バルサミコ風味のソースがかかっていた。キノコは焼き立てが命であるから、冷めかけていては風味も口当たりも物足りなく、かつ少々焼き過ぎで、これは唯一残念なお皿であった。日本人のキノコの味覚は目の前で焼いて食べるに限るのである。ちなみに椎茸は裏返して焼き、襞にジワっと汁が出たら即食べるのが一番旨いとは、「あさば」の教えるところである。


<秋刀魚のポワレと2種の人参の温製サラダ仕立て、ミモレットチーズのクルスティアン>
秋刀魚の腹に人参のピュレを挟んでカリカリに焼いて、その上にスライスした人参の焼いたものが載り、ミモレットチーズのフライドチップスと細切り鰹節風におろしたものがかけてあった。ソースは秋刀魚のハラワタを、鮑の肝のソースのように仕立てたものでベストマッチであった。


<オマールエビと豚足を詰めたウズラのロースト、赤ワインとオマールエビのソース>
ウズラのローストの概念を一変するお皿。ウズラのお腹ににオマールエビと豚足を詰め込んでローストするという大胆な発想。不思議な程柔らかい歯ごたえ。オマールのビスク風なソースで。


<グランベリーのグラニテ>
高山に自生するコケモモの味によく似ていて、思わず物悲しい懐かしさが込み上げてきた。
コケモモは八ヶ岳コロボックルヒュッテの手塚宗求氏の哀しい山の物語にしばしば登場する八ヶ岳の味であるからである。


<ビターな思い出―カカオのアイスクリームレモン風味のソース>
濃厚なチョコレートのアイスクリームに柑橘系風味のチョコレートソースがよく合っていた。とんがりコーンもチョコレートで出来ており童心に帰る遊び心が見られたが、チョコはかなりビターで大人だけの味わいであった。
ビターな思い出とは何のことだろうか?

最後に、オリジナルハーブティがポットで出されたが、空になったポットをギャルソンはすぐさま下げて行ったので、お湯を足して持ってくるかと思いきや、そのまま下げたままであり、その手際のよい振る舞いは意味不明で終わったのである。

L`ASはオーナーシェフも従業員も皆若い。厨房にいるコックも二人のソムリエも驚くほど若いのである。おまけに客層も皆若い人である。なぜか、自分だけが場違いで少々気後れしたのも事実であった。

最後に耳寄りな情報を一つ。L`ASのシェフソムリエは田辺公一氏で、リッツカールトン東京に在職中は数々のソムリエコンクールで入賞した実力派で、L`ASでは兼子氏の片腕としてCORKを仕切っているようである。CORKではワインに合わせて一皿の料理が出されるという。
小生は次は夜のCORKを尋ねてみようと思いつつ午後の仕事に戻ったのである。

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