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グルマンライフ

最後の晩餐?人生最後に食べたいもの

最後の晩餐は、レオナルド・ダビンチが描いた、イエスキリストが処刑前夜に12人の使徒と一緒に取った食事風景の壁画として、誰一人として知らぬ者はいない程有名な絵であるが、この絵の中心テーマは聖体拝領であり、キリストの肉の代わりにパンを、血の代わりに葡萄酒を食したという。

従って、キリスト教徒のパンとワインには神と人間の一体化の儀礼的意味があるのである。

道理でよく飲むわけである。

さて、ここでは人が死ぬ前に食べる最後の食事のことを話したいと思う。

『君は死ぬ前に、最後には何を食べたいか?』、とよく話題になるあれである。

私の場合はこれである。

茎イモである。

 

茎のついたサトイモ

このようにスライスします


出始めの新物の里芋で、頭に茎が10?ほど付いたやつである。

田舎では、昔は、これを水盤に入れ、盆栽のように飾ったものであった。

細い茎が何本も伸び、先っぽには、露をはじく、瑞々しい、真緑の葉がつき、離れてみるとまるで林のように見え、感じの良いものである。

田舎にいる頃は、これが玄関に置かれると、ああ夏が来たな、と思ったものである。

東京でも、赤坂にあった鮨屋、喜久好のカウンターの奥には初夏になると毎年飾られていたのが、今となっては懐かしい思い出となった。

生け花は必ずテッセンであった。絵は何であったが忘れたが、毎年、季節に必ず決まった設えになるのも、まるで田舎に帰ったかのような気持ちになり、いいものであった。

親方は、お元気であられるであろうか?

さて、小生の最後の食事の第一候補は、この茎のついたサトイモの新物である。

それを茎つきのままで薄くスライスして味噌汁にして食べるのである。

里芋のとろみが出ておつゆの粘度が増すのが、なんとも好きなのである。

干しシイタケと煮ます

出来上がり、ミソは八丁実味噌


ちょっと下品ではあるが、これを猫まんまにするのが最も美味しい食べ方であると信じている。

猫まんまと言っても作法がある。

ご飯に味噌汁をかけたのではだめで、味噌汁の中に丸くお椀の形が付いたご飯を入れるのが正しい食べ方である。

ご飯を崩しながら、茎のついたイモを一緒に食べるのでなくてはならない。

出汁は鰹だしでシイタケか、油揚げを加えるのが良い。

こんなゲテ物は、皆さまはおそらくご存知あるまいし、小生の田舎でも知る人は少ないと思う。

ということは極めて個人的な食べ物かというと、今でも田舎の一部の八百屋ではこの茎芋を売っているというから、全くprivateなものでもないのだろう。

毎年7月の中旬になると、田舎から送ってもらうのが約束になっているが、待ち遠しくて仕方がない。

このような食べ物が好きということは、決まって個人的な、思い入れの強い幼児体験があるに違いないと思われるでしょうが、そのとおりなのである。

他人のつまらない思い入れ話など聞いても仕方ないでしょうから言わないでおくが、嗜好品の究極は、必ずや物語がつきものであることは皆さんもご同様の事と思いますので、気持ちだけはご理解いただけるものと思います。

私の場合は、この茎つきのサトイモが最後の晩餐にふさわしいのです。

今でも、これを食べながら、目をつむると、走馬灯のように、幼い頃の情景が駆け巡ります。

私の最後の晩餐は、つつましげな望みで簡単のように見えますが、しかしながら大きな問題が一つあります。

茎芋の出回るシーズンは7月の中旬からせいぜい数週間のことであり、この期間に死なないと、私は最後の晩餐をたべ損なうことになります。

あの強面の時事評論家、故大宅壮一が死ぬ時に、『オイ、抱っこしてくれ』と夫人に言ったそうですが、小生も茎芋の猫まんまを食べて、誰かに抱っこされながら、幼少年期の夢でも見ながら、息を引き取れたら本望のような気がします。

ちなみに家人は、今の所、抱っこを拒否しています。

私には理由はわかりません。

六本木ヒルズの盆踊りと中国家庭料理の名店―華園

8月の下旬の土曜日の夕方、週刊誌のグルメ情報に載っていたテレ朝通りにある中華料理屋“華園”に行ってみた。

中華料理なら、ノンアルコールビールで我慢できるので、車で出かけ、
六本木ヒルズの駐車場に車を置いて、ケヤキ坂を散歩しながらお店を訪ねた。

六本木ヒルズは、最近にしては、かなり人が出ており、
しかも浴衣姿の男女が結構歩いていた。

テレビ朝日の裏辺りにイベント広場があるが、そこで盆踊りをやっていたのである。

予約時間に30分ほど早かったので、しばらく見物してみた。

広場中央には、やぐらが組まれ、縁日も沢山出ており、イカを焼くようないい匂いが漂う。

普通の盆踊り大会と違うのは、場所が六本木ヒルズの高層ビルに囲まれたお洒落な空間であることと、司会の女性がアナウンサーで、日英2か国語で司会をしていたこと、仙台から雀踊りの踊り手を招いていたことか。

六本木ヒルズの盆踊り会場

案内の看板

仙台雀踊り

あとはやはり周りの女性が、日頃見る女性とは違い、あか抜けていたことか。

食事をして帰りがけに再び通りかかると、東京音頭で一般の人が大勢踊っていた。

田舎のどこか哀愁のある盆踊りも郷愁を感じていいが、
都会のお洒落スポットの盆踊りも悪くない。

とにかく盆踊りをやろうという志がいいではないか。

ミッドタウンでもやっているのであろうか?あそこの広場は空が広々と抜けていて、もっと盆踊りらしくなるかもしれないね。

お目当ての華園は、高級料理ではなく家庭料理のお店とは知ってはいたが、余りに目立たない地味な店構えで思わず通り過ぎてしまい、電話して確認するほどであった。

店内も、台湾の下町の食堂というレトロな雰囲気で、テーブルクロスもいつ洗ったかという代物で、ちょっとたじろいだが、接客担当の店主夫人の感じが良くてちょっと安心した。

料理の種類は、日頃、普通に中華料理屋で見るものとはちょっと違い、
野菜が中心で、肉、魚介類の高級食材は置いて無いようであった。

クラゲとねぎの和え物、中華風冷奴、海老のゆば上げ、豚バラの豆鼓炒め、、冬瓜のスープで、こんなところでしょう、と夫人からオーダーストップ。

後はオールフリー2缶と、デザートでfini ..

クラゲとねぎの和え物

中華風冷奴

豚バラの豆鼓炒め

蒸しパン

デザート

ビールは缶ごと持ってきて自分で開けて飲むサービス形態。

味はどれも薄い塩味で油控えめ、上品で美味しかった。

一皿の量が2人では多く、4人くらいできて、皿数を多く注文するのが賢い食べ方のようだ。

お値段は一皿が1000?2000円台が中心で、場所柄からはお安い値段。

帰り際にはご主人も現れ丁寧なあいさつを受けた。

食材の高級志向ではない、味の分かる大人の人数を揃えて、リピートありの良い店であった。

 

 

 

賢女との夕べ;第2弾ー赤坂菊の井で京料理を楽しむ

賢女との食事会第二弾です。
若いお嬢さんに少し贅沢を教えるのは、オヤジの特権かもしれませんね。
ま、教えられるのは食事だけですが。

そんな訳で、赤坂の菊の井に行った。

菊の井門燈

菊の井は、京都高台寺近くに本店があり、数年前に赤坂にも支店が出来た。
今までに2,3度行ったことがあるが、いずれも席はお座敷だったので、今回は一階のカウンター席の小上がりを指定して行った。
堀炬燵になっており、脚が伸ばせて楽ちん、御嬢さん方に気を遣ったのである。

入り口、カウンター席、小上がり


今回のお連れは、W大法科大学院の3年生2人である。
お土産にW大のマークの入った缶入りゴーフルを頂いた。

お土産のゴーフル

W大のロゴ入りの手さげ袋もついていた。
開けてみるとゴーフルは風月堂製であった。
最近の大学は、このようなスーベニール商売をするのが普通になっているのであろうか?
昔はせいぜい三角形のワッペンを生協で売っているくらいであったが。
わが母校もトリクロールの羊羹なんか売っているのであろうか。
虎屋製なら案外嬉しいかもしれないけど。

さて今回は料理の写真を撮ってきたので料理をたっぷりお見せします。
別に話が盛り上がらなくて、写真ばかり撮っていたという訳ではありませんよ、余裕が出てきたのです、ハイ。
まずはグラスの生ビールで喉を潤しましたが、このビールが滅法うまかった。キリンのライトビールとか言っていたが、泡の立て具合が上手なのか、3杯もおかわりしてしまった。

? 猪口。(突き出しというか、アミューズというか)で、生うに豆腐,山葵ソースかけ。うにの濃厚な味わいにインパクトあり。

生うに豆腐

? 八寸。七夕にちなんで笹巻のアーチがかかっており、短冊には、何やら漢文が書いてあったが、教養不足で理解不能でした。お皿には川エビや京野菜の和え物や鱧寿司がのっており、結構なボリューム。

八寸

? 向付。ガラスのお皿に氷が敷かれ、その上に置かれた瓜をくり抜いたところに、明石鯛に縞鯵が盛りつけられており、涼気満点の演出。お皿が変わって鱧落し。いずれも一切れが大きく、さあ、しっかり味わってみなはれ、という迫力でした。

向付

鱧落し

? 蓋物。豚の角煮にジャガイモの餡がのっていました。連れの一人が沖縄出身で、角煮にはうるさい、とのことでしたが、お世辞か、こちらの方がおいしいと言っていました。お椀は外側は銀漆、内側は朱に金漆が使われ、京都らしい色使いで、個人的には大層気に入った作品でした。

蓋物

蓋物

? 中猪口。お口直しでシャーベットが出ました。フレンチと同じですね。味はパインに山葵という、これはミスマッチ。

口直し

? 焼き物。少し前に、籠の中で文字通りピチピチと跳ねる小鮎を見せに来たが、それを焼いたものが一人当たり3匹出た。骨が細くて、抜く必要が無く丸ごと食べられる。これは美味しかった。稚鮎とは違い、もう立派に鮎の味がした。『君達にも、こんな時があったんだろうね』と言ったら、ヒンシュクを買った。まだピチ位は残っていると、強がってはいたが、さてどうだろう?

焼き物

? 酢の物。とても素敵なカットグラスの蓋物にトマトのすり流しが入っていた。くみ上げ湯葉がかかり。ジュンサイが乗っていた。イタリアンのガスパチョを和風にしたと言えばいいか。器はアンティークバカラのイミテーションと言っていたが、本日一番の器だった。下の葉っぱはクズの葉とか、アジアンな感じがしてガラスによく似合っていた。

酢の物バカラ風カットグラスの蓋つき

トマトのすり流し

? 強肴。、薬膳スープに近いものが出た。鮑、すっぽん、ふかひれ、干し貝柱、に冬瓜などの野菜が入り,くこの実。まつの実が入った,まるで中華の頂点、かのジャンピングブッダスープ(美味しくて仏も飛び上がるという)のようであった。

強肴

? ご飯。鱧の炊き込みご飯であった。留椀は、牛蒡のすり流しで、器は山中塗の椀であった。ご飯の残りはお土産にしてもらった。

ご飯

鱧ごはん残りはお土産

? 水菓子。みつまめに八つ橋アイスクリーム、フルーツにミントのアイスクリームの2種。当然分けっこしました。

水物


カウンターはほぼ満席、アベノミクス効果なんだろうか。若い客も目立った。

カウンターの中に主人の村田氏もいたが、若い料理人が大勢忙しそうに働いていた。みんな未来の巨匠を目指しているんだろうね。
この手の店では、京味の西さんもそうだったが、若い衆を叱咤する声が時々は飛ぶのが常だが、菊の井はそんなことはなく穏やかに、静かに仕事は進んでいて、客も安心して食べられた。
この年になると、自分の息子も、職場ではこんな風に叱られているのかと思ってしまい、つい箸が止まるのである。

僕には娘がいないが、自分の娘がこんな親父とご飯を食べているかと思うと、つい罪悪感にさいなまれるかというと、そんなことは決してないから、全く身勝手なものです、男という動物は。

六覚橙ー串揚げとワインの洗練

銀座交詢ビルにある六覚橙(ろっかくてい)という串揚げのお店に行った。

本当は当日、友人のY氏夫妻と歌舞伎を見て、その後にワインを一杯という予定であったのが、手違いで、歌舞伎観劇が無くなったので、急遽時間を繰り上げ夕飯で行くことになった。

ワイン通の銀座ヴェリテクリニックの福田先生のご紹介で初めての訪問であった。

交詢ビルは1階にバーニーズニューヨークが入っているので、少々早めに出かけ覗いてみたが、私の年齢のせいか趣味が合わず、結局時間を持て余したので、付近をブラブラしていると、ピアジェのブティックがあり、家人に先導されるがまま、フラフラと入ってしまった。

交詢ビル、交詢社の面影を残している。

家人が最近ピアジェの指輪が好きで、何とか記念という名目で、いくつか買わされており、彼女には珍しく、妙に敷居が低かったのである。

私は入るや早々、離れた椅子に座って無関係を装い、遠目で様子をうかがっていたが、敵もさるもの、そつなく、お茶とお菓子が出され、お店側は無理やり関係性を持たせようとするのであった。

悔しいことに空腹も手伝って、その茶菓は美味であった。

結局、家人は自分の指輪と同じシリーズの時計が大層気に入ったのであるが、気に入ったことはしっかり確認するに留めて、もちろんソソクサと退出したのである。

近くに、ビルの建て替え前の空き地がコインパーキングになっており、見ると10分600円とある。

さすが銀座、この値段!

さすがは銀座と、身の引き締まる思いであった。

ちなみにベントレーGTが停まっていた。

さてロッカクテイであるが、看板も出ておらずキョロキョロしていると、お店の人が外に立ち笑顔で出迎えてくれた。

用意された席はカウンターのコーナーの4席で、斜め向かい対峙する形になり、会話はし易く、近況の四方山話から、結局は男は車の話、女はタカラズカの話に落ち着くのである。

Y氏は、近々マクラーレンを人生最後の車として買うそうで、とうとう私もマクラーレンに乗れるかと、人の褌ながらも幾分興奮した。

肝心の串揚げは、豚バラと玉ねぎの串カツ位しか知らない小生には異次元の味覚であった。

肉、魚介、野菜が上質なクリームコロッケのような衣をまとい、巧みに揚げられて、天ぷら屋の要領で、まさに際限もなくどんどん出てくる。いろんなソースや塩が各自の皿に用意され、二度づけは禁止などという関西風のせこさはみじんも感じさせないのである。

ちなみにこの店は大阪黒門町が本店であるらしいのだが。

ワインはものすごい種類を持っているらしく、店主は無二、無類のワイン通と聞くので、注文は“白のさっぱり系”と言えば、客の顔を見定めて、頃合いの物を見繕って出してくれる。

福田先生曰く、癖のある面白い選択をする、とのことであったが、当日飲んだ白2本と赤1本は、いずれも小生の口にはあって、おいしかった。

串揚げは、途中でお止を掛けないとワンクールが20本くらいとヘビー級で、小生とY氏夫人は全うしたが、Y氏と家人は落伍した。

最後に鮨屋か天ぷら屋のように、アンコールを聞かれたが、さすがにそこまでは行かなかった。

噂のようにワインは亭主任せにするがよく、店員のマナーも優れて良く、気持ちの良い店であった。

何回か通うほどに,オネエサンの応接も段々親密になって来て、居心地もさらに良くなるだろうと期待出来る、次も訪れる気にさせる数少ないお店の一軒である、というのが私達の感想である。

天ぷら楽亭ー20年の時が流れて

嫁が3週間の入院生活の末、無事退院したので、お疲れさんということで、家人の好きな赤坂の天ぷら屋、楽亭に行った。

楽亭はおよそ20年前に、すぐ近くで旬香亭という洋食屋をやっていた斎藤元子郎氏の紹介で行ったのが最初であり、年に数回ではあるが長い年月の間にはいろいろな思い出もある。

数年のことであったが、お店の真ん前にあるマンションの1室を所有していたことがあり、そこをN’s Barと称して医局の若い連中との食事会、飲み会の二次会に使っていたことがある。

隣には赤坂教会があり、クリスマスのイルミネーションであったり、氷川神社の大みそか、元旦の初詣など、あるいはかつては近くにコルドンブルーという外人のトップレスショーをやるクラブがあったりした。

何もかも私が枯淡の境地に入る前の、まだ多少はアブラギッッシュの名残があった頃のコトデス。

さて楽亭であるが、もっとも象徴的なのはご亭主である。

寡黙で淡々と仕事をする。

決して偏屈で気難しい訳ではないが、とにかく無駄口は一切叩かず、奥方と絶妙な呼吸で仕事が流れていく。

20年通った今でも、一見の客と全く変わらない接遇である。これは見事というべきではありませんか、中々出来ないことである。

一時間間隔で予約をとり、その人数がそろうと開始になるから、遅刻する客がいると待たされることになる。

それでも15分位過ぎてしまうと見切り発車になる。

遅れてきた客は、約一時間何も食べさせてもらえない。

罰としてひたすら一コースが終わるのを待つしかないのである。

事情がわかる人なら、バツの悪い思いをするのである。

そして、たとえ一人前でも一コースが終わると、鍋の揚げ油を全部取り替える。

愛知県蒲群の竹中油脂の太白ごま油である。

まだまだ十分使えるあの油はどうなるのでしょうか?といつも疑問に思うのであるが。

天ぷらは、掛け値なしに美味しいのだが、実は他の有名店のてんぷらを殆ど知らないので、比較してどれほどおいしいのかはお話する事は出来ない。

ソラマメのかき揚げを知ったのは楽亭で、以来私の好物になっているのですが、今回は少し時期が遅かったのか出ずに残念であった。

家で真似をして作ったことがあるが、初めはソラマメの薄皮を剥かずに揚げて失敗した。

薄皮は面倒でも一つ一つ剥いて揚げてください。

そうすれば家で作ってもかなり美味しく出来ます。

海老、野菜は塩で、キス、メゴチとかアナゴは大根おろしをたっぷり入れたおつゆにしっかりつけて食べるのが僕は好きです。

そして〆のご飯は絶対に天茶がお勧めです。

天茶というものを知ったのも楽亭です。

最近の心配は、天ぷらの揚がり具合にムラが見えるようになったことです。

ご主人はおそらく70歳は過ぎているでしょうから、通い始めた頃の、50歳前後の隙のない完成された技と比較しても仕方ないと言えばないのですが、これから先どうなるかいささか気になります。

職人に限らず誰でも、いつまでも自分のピークが続くと思いがちですが、身の引き時が難しいものです。

赤坂の鮨屋、喜久好の清水喜久雄氏は特段衰えを感じさせなかったが、昨年、気力体力の限界と言って店を閉めた。関係はないが、僕も3年前に手術から一切手を引いたが、案外、大正解だったかもしれないと、今では思っている。

多分、端の者は皆そう思っているのではと思いますが。

ま、楽亭とのお付き合いは、筆おろしをした女性とずぅ?っと付き合っているようなものと言えるのかもしれませんが、それでもいつかは終わりが来るのでしょうね。

最後にご忠告を。

楽亭にお出かけの際は、遅刻はご法度です。

皆に迷惑をかけるし、自分もバツの悪い思いをしますよ。

もし僕がその場に居あわせれば、必ずや鋭く睨みつけますぞ。

楽亭

楽亭入口

 

ヘイフンテラスで中国茶ディナー

ペニンシュラホテルの中国料理に行った。

土曜の午後、駒沢の病院に息子の連れ合い(お嫁さん)の見舞いに行って、家人が看病疲れか、なんだかとても疲れた風であったので、夕飯は外でとることにし、車が停められるところという条件で探し、ペニンシュラホテルの中華料理、ヘイフンテラスに初めて行った。

今まで、何度か行こうとしたことがあったが、席が取れずそのままになっていたのだ。

今回は急に思い立ってのことであったが、運よく席が取れたので行くことになった。

ペニンシュラは車を玄関前に乗り捨てが出来るのがとても便利で良い(バレットサービスというらしい)。

香港のペニンシュラといえば、ロールスロイスでの送迎と中華料理の旨さが有名だが、東京のホテルでそれをしているかどうかは知らない。

中華料理は初めてのことで、期待はしたが、以前メインレストランのpeterに行った事があるが、ダメだったので不安はあった。

思いついて出かけたので、カメラの持ち合わせがなく写真は無いが、お店のインテリアは入り口からして古い中国の民家風で、とても落ち着いていて気に入った。

春秋とか、紅虎の際グループの奇をてらったインテリアのこけおどし風のチープさは無い。

テーブル席はテラスを模したスペースの上に置かれ、テラスらしく鳥籠がいくつもぶら下がっていた。

テラスの端には手すりがあり、一段下がって道がありその外側は隣家か、塀で囲まれている設定になっているようだった。

手すりの外、つまりは道路上にもテーブルが2卓ほどあり、ソファが置かれ、普段はウエイティングスペースに使うように見受けられた。

私たちが案内されたのはそのテラスから外れた席であった。

多分テラスの席は予約で満席であったのだろうが、行ったときはまだガラガラで奇妙な気がしたが、1時間前の予約では文句は言えないだろうと納得した。

料理はコースメニュウが基本のようであったが、一人分でも受けるという気遣いがあり、私は普通のディナ?コースを、家人は本日より始めたという中国茶ディナーコースを頼んだ。

お蔭で、一度に12種類くらいの料理を味わうことが出来た。

サービスは、今は普通になったフランス料理風に一皿づつ供され(一人前しか頼んでいないから当然ではあるが)、熱い皿はクロッシュ(シルバーの丸い釣鐘状の蓋)を目の前で、同時に取るという演出付であった。

味は、概していえば、台湾の高級中華料理店によくある、薄味だがこくがしっかりある上品な味付けであった。

私にはかなり美味しいと感じられた。

ノンアルコールのビール(オールフリー)が置いてあり、嬉しかった。

水やお茶ではやはリ情けない。

家人の中国茶ディナーは料理に各種のお茶が入っているばかりでなく、料理に合わせて、それぞれ違うお茶が出され、お茶好きの彼女はいたく気に入ったようだった。

カメラが無かったので、メニューの隠し撮りが出来なかったので、もらって帰れるかと、尋ねると、快くくれたので中国茶ディナーのメニューはお見せできます。

ペニンシュラはロビーが狭いのが最大の欠点。

狭いところにティラウンジがあり、あれでは冬の風が入ってきたらどうするのだろうか、いつも心配になる。

新潟行形亭?元禄創業の老舗料理を謎の美女と味わう

縁あって新潟市の行形亭(いきなりや)に行った。
目的は、表向き仕事のような、遊びのような。
日頃、仕事ででもなければ一人で泊りがけで出かけることはないから、やはり仕事であったに違いない、と思う。
新潟は、これまでほとんど縁がなく、医者になりたての頃、新潟大学が形成外科学会をやり参加したことがあったが、所詮、学会というものに慣れておらず、街で遊ぶ余裕もなかったので、ほとんど記憶にない。
あとはアデランスの顧問をしていた時期(モデルではありませんよ、技術顧問です。)があり、新潟村上に工場があるということで、工場見学と称して、村上温泉に招待されたことがあった。海の波涛が押し寄せるような露天風呂に雪の降る中で入った思い出がある。また古い料理屋で鮭料理をごちそうになり、鮭は新潟でも採れるのだと感心した覚えがある。その後、加島屋の鮭茶漬けが世に出て、すっかり馴染みにはなりましたが。(但し、加島屋の鮭は新潟産ではありませんよ、瓶にそう書いてあります。)

そう言えば、ちょうどその頃、ブラジルからの留学生が慶応の形成外科教室に来ており、一緒に連れて行った覚えがある。温泉と料亭というところが初めての経験で、ずいぶん喜んでいたなあ。彼は帰国後出世して、10年後位にブラジルで国際学会があって行った時には空港に出迎えてくれたり、自宅に招いてくれたりと、ずいぶん歓待してくれた。形成外科時代の懐かしくも、いい思い出である。

さて今回は、新潟のもっとも名のある料理屋をということで行形亭に行った。
門をくぐると、右手に茶店風の建物があり、まずはそこで一休み、お茶が供される。
客の人数がそろうまでここで待つという手筈のようであり(いわゆるウエイティングバーのようなもの)、お蔭で写真のような美女としばらくの間二人の時間を持つことができた。

門をくぐるとレセプションの建物があります

まずはお茶を一服頂きます

 

この建物には人力車が置いてあり、かつては客や芸者がここで身支度を整えて乗ったのであろうと想像するだけでも楽しい。座敷には囲炉裏が切ってあり、お点前のお道具が置かれていた。

さて人数がそろうと、庭に出て、一画に設えられた流しそうめんの仕掛けで、そうめんをほんの少し食べる。ひとり2回分だけ。初夏の花が咲き誇る、歴史の重みを感じる庭を楽しんでから、部屋に案内されるという寸法なのである。

元禄創業の風格

流しそうめんの風流を味わってから

部屋は離れ風に独立しており、私たちが通されたのは、東郷平八郎が好んで使ったという、目の真ん前に樹木が迫る2階の間であった。
輪島塗の丸い欅の大きなテーブルであったが、テーブルの脚が短くて足が窮屈
であったが、テーブルが重すぎて持ち上げられない?から容易には足を足せないとの説明であった。
献立表には菖蒲月17日とあり、毎日書くようである。

献立表

コースターCIMG1392

 

お酒は私は地元のワイン、Fermierのchardonnayの白で、お嬢様方は新潟っ子らしく〆張り鶴吟醸を注文した。
最初に枝豆が出された。当地では有名な弥彦娘という銘柄の初物で、本当に本日からとのことであった。
静岡清水の枝豆や茶豆に比べるとやや豆の味わいが弱いように思えたが、場の雰囲気がいいだけにそんなことはどうでも良く美味しかった。

お料理は八寸、吸い物、お造り、焼き物、煮物、酢の物、と型通りの運びであるが、名物は吸い物の“鳥もち”とのこと。

名物とりもち

もちを鴨肉で巻いたものが、ごぼうや三つ葉の椀仕立てになっており、やや濃いめの鴨の出汁が印象に残った。
もう一つの行形亭の名物料理は“かしわのみそ漬け”で、みそ風味の味付けをした雛鳥を油で揚げた一品であった。
刺身は南蛮海老があり、焼き物はのど黒と、魚のこだわりは新潟らしかったが、渡り蟹はボソボソでダメだった。個体の運が悪かっただけかもしれないが、季節がどうなんだろうか。

大女将と

姫は東郷平八郎の席で凱旋将軍の気分。実は右側が社長です

 

食事が終わると、また入り口の茶店風の建物に移動してタクシーが来るのを待つという段取り。帰りは囲炉裏の傍に座ってみた。美女が隣に座ってくれるというサービス付であった。美女は性格も優しいのである。

タクシー待ちのひと時

さて、諸兄は、ユング心理学のアニス、アニムスという無意識の原型の話をご存じだろうか。
男は無意識領域では女性であり、自分に欠けるものを補償するかのような女性のイメージを無意識下で持つそうだが、それにぴったりの女性が目の前に現れると、それが意識下で心像として浮かび、相手に投影され、強いインパクトを受けて恋におちいるそうであり、いわゆる一目惚れになるという。
この短い時間の内に、この謎の美女は僕のアニスであるのかと反芻し、ユング理論を復習しながら、とうとう僕はアニスを見つけたゾと、何度も何度も確信したのである。
しかし、たとえそれが真実であったとしても、話はそれ以上に進展しようもないのが自分の現実なのだと、また何度も何度も確信したのでありました。

行形亭の料理は概していえば、グルナビの評価が低かったせいもあってか、期待以上に良かったと思う。
今回食べたのは松コースであったが、正直をいえば、CP(コストパフォーマンス。クロルプロマジンChlorpromazineではありません、ましてや口蓋裂Cleft Palateでもありません。)は東京赤坂の菊の井の方がかなり良い。
しかし広大な庭や重要文化財指定の建物や、300年の歴史に触れるのも食事のうちと考えれば、納得のいくものではありました。

ましてや、今回は食事のお伴が良かった。きっとお店が、たとえファミレスであっても同じように満足したのではないかと思われるほどに。

この体たらくでは行形亭の〆になりませんね。いやいや今回ばかりはご容赦のほどを、平に平に。

LA BOMBANCE 創作日本料理で誕生会

“ごちそう”という意味らしい、割烹らしくない名前が目を引いたので、数年前開店早々に出かけたことがあるが、今回は息子夫婦が私達夫婦の誕生会で招待してくれ2度目の訪問となりました。西麻布の交差点の利庵の前を渋谷方面に上がったところの入り口の分かりにくいところと思って出掛けたが、やはりわかりにくく少し迷った。

アプローチもインテリアもおよそ和食屋らしくないモダンなデザインになっており、今回は個室が予約されていたが、個室も木をうまくあしらった和モダンで、チープではなく、なかなか趣味が良い。それに今風を装っている割には従業員のマナーはきちんとした料理屋のようで、気持ちが良い応接であった。

お店のカード

メニュー

前回の食事はあまり印象に残っていなかったが、改めて食べてレベルの高さに正直驚いた。何より仕事が丁寧である。料理は創作というだけあり、基本を踏まえた上で、一工夫してあり、それ以上に料理の名前が創造的?である。トンチをきかせて、考えながら料理を予想して待つという楽しみがサービスになっているのだが、心に余裕がないと楽しめないであろうから、そういう状況の客には来てほしくないというメッセージでもあるのだろう。面倒なら考えなければ良いだけであるが、やはり素直に相手の手に乗った方が料理も酒もおいしく楽しめるに違いない。

たとえば“29unきもマキ”とある。鮟肝を肉で巻いてあるのだが(逆だったかもしれない)、肝は一つという訳である。あとは料理の写真に名前を付けておきますので、考えて楽しんでください。

七つ道具を持っている魚と上手ーふかひれ入りあんこう鍋

2義理44?にぎり寿司2個

ワカメちゃんとにょきにょき春君たちーワカメと筍の炊き合わせ


キンカンそのままーキンカンのコンポート

難しくて書けません

02910-0831-お肉とお野菜


7item rice-7穀米の雑炊

誕生日プレートのデザート

白いコーヒー、ゴマのシャーベット


いずれも、名前の軽さとは違いしっかりとした一皿になっており、料理人の修行の成果が見て取れ、きっとそれなりのキャリアの方ではないかとうかがわれた。
よくある居酒屋に毛が生えたような、〇〇ダイニングの創作料理とは一線を画すものでしたよ。
今回は美味しかったばかりでなく、財布も傷まず誠に結構な晩餐になりました。
次は誰と来ようかなとヨコシマな考えを隠しつつ、しおらしく帰途についたのでした。

PRISMAー敬愛する料理人斎藤智史氏夫妻の至高のリストランテ

修善寺のあさば以来久しぶりにY氏夫妻と食事をすることになり、互いになじみの青山PRISMAプリズマに行ったので、プリズマのご紹介をしようと思います。

プリズマファンは多分広尾にあったぺルゴラ時代からの方が多いかと思いますが、ここは限られたリピーターで持っているようなお店で、あまり派手にメディアには出てこないし、場所も探していくような所にあって、ミシュランの星好きのような方はあまり来られないようです。

場所は根津美術館から骨董通りに向って歩いて数分、フェラーリとイタリアモダン家具のB&Bの間の階段を下りていくと、テラスが付いた大きなガラス窓で囲まれたスペースのお店がまさにひっそりと佇んでいます。

入り口

左に回り込むと入り口があり、ドアの取っ手にささやかにPRISMAとお店の名前が刻印されてあります。

プリスマ入り口ドア

この辺りは新しい中華料理スタイルを創ったダイニーズテーブル、ジャズライブのブルーノートやジルサンダーの旗艦店が以前からあり、ある種の人種にはなじみ深い場所ですが、最近になってフェラーリやB&Bが出来たりしてイタリアの高級ブランド通りの体をなし、根津美術館も新しくなったことで、すっかりハイセンスな、いい感じ通りになりました。

かつては、岡本太郎美術館の隣に創作家具、インテリア小物、アジアン家具の元祖のイデーの本店がありましたが、数年前に移転して行きました。どこかに書きましたがイデーは商売がスマートではなかったので、個人的にはすっきりした思いです。

プリズマは表通りからは外れていますが、立地的にはお店によく合ったセンスのいいところに来て良かったと思っています。

ため息の出るような車や家具を横目に見ながら食事に行くのも悪いものではありませんから。

さてリストランテの紹介ですから、料理の話になるところですが、料理をどんなに言葉で表現し、褒めたところで結局のところは食べてみるにしくは無しなので、ここでは、私の体験した、いくつかのプリスマにまつわるエピソードをご紹介して、そこからプリスマの料理の真髄を想像して頂きたいと思います。

広尾にあったぺルゴラからこちらに移る時は発展的展開であった訳ですから、普通はお店を大きくしてそれ以上にテーブル数を増やすのが当たり前に考えるところですが、オーナーシェフの斎藤氏は、確かにお店の総面積は3,4倍位にはなり厨房スペースはさらに大きくなりましたが、なんとテーブル数、席数ともに減らしたのです。

自分が自信をも持って料理を供せる人数にこだわったのです。

お蔭で他店では経験できないような、ゆったりとしたテーブル間隔でプライバシーに臆することなく食事を楽しめます。

余裕の配置、奥がキッチン

彼がしたかったのは、料理の質にこだわり、席数を減らし、その分料金を上げてもやっていけるかの挑戦だったのです。

斎藤氏は元来、車が好きでマセラッティが欲しくて欲しくて仕方なかったんですが、お店が軌道に乗って、ようやくマダムのお許しが出て、移転直前には、Y氏と一緒にあちこち物色し歩いていたらしいのですが、新しいお店の厨房システムが予算オーバーしそうになると、きっぱり車をあきらめて厨房を優先させたのでした。

車好きの心境から見るとかなり苦汁の選択であったろうと、気持ちがわかるだけに、料理に向かう彼の真摯な姿勢に感心しました。

これはある料理雑誌に出ていた話ですが、ふつう仏、伊系の料理人は魚介を築地から仕入れるにしろ、すし屋の後でいいや位に考えているそうですが、彼はすし屋に負けない魚介の質にこだわって毎日自ら早い時間に築地に買い出しに行くそうです。

客から見れば、その心意気が嬉しいではないですか。

プリズマは見事なまでにオープンキッチンになっており、誰が今何をしているかが一目瞭然です。

厨房

調理は基本的に斎藤氏が一人で全部作っていますが、今回訪ねたときは、弟子がいなく全くの一人で調理し、出来あがると、手前のカウンターでマダムが手伝いながら皿に盛りつけをし、それをすぐにマダムが客席に運ぶという手筈で流れていました。

斎藤シェフー修行僧のような顔つき

ぺルゴラ時代からそうでしたが、斎藤氏が厨房にいないという事態はあり得ませんでした。

ちょっと売れてくると、客席をうろうろして愛想を振りまいていたり、ひどいのになると遊ぶのに忙しく店に殆どは居ないなんて本来、料理人の資質に欠けるシェフはざらで、あるいは店舗数の拡大に走り、もとより料理人である自覚に欠けるオーナーシェフが多い中で、斎藤氏の求道的な一途さは気持ちの良いものです。

また食材へのこだわり、誇りも高く、例えば日本中のどこのリストランテを探しても白トリュフが置いてなかったとしても、プリズマに来れば必ずやアルバ産の白トリュフが賞味出来るでしょう。

必要なもの、客のためにあるべきものは妥協せず、どんなことをしても手に入れるという料理人としての矜持が見てとれます。

これらのエピソードからプリズマの料理の質の高さは自ずと想像つくとは思いますが、今回のメニューと料理の写真を載せますのでご覧ください。

まずはお出かけになってみてください。

それが一番です。

 

バッカラ・マンテカートとじゃがいものスフレ

ヤリイカと生うにのインサラータ

フランス産ホワイトアスパラのフォンドォータ

トマトのタリオリーニ

 

青首鴨のトルテッリーニインブロード

丹波篠山熟成牛のビステッカ

マダムの心遣いー家人の誕生日を覚えていて

最後のお茶菓子ーホホズキが名物です

ごちそうさま

シェフ夫妻と記念写真

かって修善寺あさばに一緒に旅行した時のもの

 

 

 

 

修善寺あさばの夕ご飯

修善寺の‘あさば’の夕ご飯についてご紹介します。(旅館のハードウエアについてはCASA―AF2012.12.03に 書きましたのでご覧ください。)

あさばの料理は旅館料理では日本一ともいわれ、つとに評判であり、改めて言うのもはばかれますが、今回初めて有名な‘天城しゃものたたき鍋’にありつけましたのでその供され方も含め、ご紹介したいと思います。

最初にお断りしておきますが、私は、一介の客として泊まったのであり、
記事を書くフードジャーナリストや旅館の評論家ではありませんので、
ご飯をおいしく食べるのがまず先決で、写真を撮るのは二の次ですので、料理の写真の漏れはありますが、そこのところはどうぞご寛容に読み流してください。

食事に用意された部屋は、サロンの上階に当たる、能舞台に横から対峙する2階のテーブルの間でした。

まず、献立は写真にある通りです。

献立

一番目のゆば蒸しは、最初の一皿でしたので、まずは箸が走ってしまい
写真は撮り忘れました。

二番目の香箱蟹は、ご存じのように松葉ガニの雌で珍味として評価の高いものですが、小さな木の箱にぎっしり並べた供され方の美しさに我を忘れて即食べてしまい、やはり写真を取るのを忘れてしまいました。

次は八寸で、九谷の須田青華の丸皿に、からすみ、蒸しアワビなど絵にかいたような珍味が美しく盛られていました。ここいらでようやく余裕が出て
写真が撮れました。

八寸

次いでは沢煮椀で、ごぼうやウドの千切り野菜のしゃきしゃき感が胡椒の効いたお澄まし味で引き立ち、見事な輪島の椀に負けないしっかりした
一品になっていました。

沢煮椀

お造りは平目と赤いかで、少量ながら、ねっとりと旨みがいっぱいの盛り合わせで、

お造り

焼き物は鰆でしたが、飛騨コンロで目の前で焼きが仕上がる演出になっていました。

焼き物

次いで菊の花の酢の物の小鉢が出され、揚げ物は、伊勢海老を素揚げにし、だし汁で煮びたしにしスープ仕立てになっており、揚げることでエビの
甘みが凝縮され、だし汁に通すことで油が抜け食べやすく、豪快な一皿になっていました。

揚げ物

口直しで定番の黒米のあなご寿司です。(家人はこの黒米あなご寿司と朝食の卵焼きがあれば、あさばに来た甲斐があると常々申しております。)

黒米の穴子寿司

最後に、あさばの冬の看板料理の軍鶏(しゃも)のたたき鍋が登場しました。

しゃもの叩き鍋

この料理は仲居さんが目の前で作って取り分けて供されます。(夏の名物、鯵のたたき鍋も同様です。)

Y氏夫人は、池波正太郎のファンで、軍鶏というだけで 鬼平犯下帳が目に浮かび、舌がうずくようで早くも興奮気味でした。

しゃも鍋では上野池之端の鳥栄がダントツですが、それに比べると、叩き方はかなり荒めで、つくね団子は男っぽい仕立てです。

しゃもの叩き鍋、つくね団子

ここに至って、今回の目玉、シャトーラトゥールは抜群の相性をみせてくれました。

シャトーラトゥール86年

最後はご飯ですが、窯で炊かれたご飯が頃合いよく運ばれ、

釜だきご飯

新米が美味しい

 

雑炊を作るかと思いきや、鍋に、とき卵だけを入れ半熟にして、卵のお汁を作り、

玉どんの準備

卵のお汁

 

それをご飯にかけて丼風にして食べます。

これはご飯そのものの味わいがよく残り、さらさら感もあってとてもおいしい食感でした。

つゆだくの吉牛のようにといっては申し訳ないか。

玉丼

(そういえば鳥栄では卵なしで汁だけかけてお茶漬けのようにして、べったらと共に食べますが、ここでは丼の風情が、飾らず、またよろしい。)

テーブルがリセットされて甘味とフルーツが運ばれ、残りのワインを頂き、これであさばの夕食はめでたく大満腹、大満足でfiniとなりました。

大満足でした。

旅館の朝ごはんは、また楽しみの一つで、いい旅館はこぞって朝ご飯に力をいれます。

あさばの朝ごはんもとても美味しいのですが、それはまた次にお邪魔した時にご紹介したいと思います。

ちなみに私もY氏も立派な糖尿病患者です。

主治医の先生ごめんなさい。

でも、あさばに御出でになれば、きっと不良患者の気持ちもご理解いただけるものと思います。

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