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グルマンライフ

「すし家」―とうとう見つけた行きつけにしたい鮨屋

行きつけにしていた、赤坂の鮨屋「喜久好」が店を閉めて暫くになるが、この間あちこちと放浪していたが、とうとう腰を据えてもいいかなと思う鮨屋が見つかった。

銀座6丁目泰明通りにある『すし家』である。

 何がいいかというと、すしの好みが合うのは無論だが、親方(といっても30歳を超えたばかりの青年だが)の人物がいい。

 まず鮨であるが、シャリの感じが好みに合う。酢加減、ぱらつき感、温度がいい。車海老(巻)の茹でたての暖かいのも好みに合うし、煮蛤の味付けもいい。雲丹は基本的には握って出す。
 鯖の棒鮨は家人が2つ無理を言うほどの逸品。卵焼きは、焼いた感じがしないスフレのような味わいで、僕の好みではないが、それが、今の主流だからか人気らしい。巻物は海苔の香りが弱いのが残念かもしれない。
 シャリの大きさは、「喜久好」が、食エッセイストの宮下裕史の表現では、男鮨といわれるように大振りなのに比べると、今風に小ぶりで女鮨の部類だろう。

 いずれにしろ、それらは人それぞれの好みであるから、良し悪しではない。

 次に親方石山氏の人物であるが、武骨な大きな手をしているが仕事は繊細である。
 客の事をよく記憶しており、おつまみにしても、日が浅ければ、前回とだぶらないように気を遣うことが出来る。
 若いが勉強家で、休みは先輩職人の鮨研究に余念がない。
 向上心があるのである。
 そして何よりも,一番大切な要素である心配りが出来るのが、特に良い。
 腰が低いのは当然にしても、特に老人(私のことではないよ。)に優しいのは、それが上辺だけのものでないことがわかり、心が洗われるような、気持ちが良いものだ。
 偉そうな金払いの良い客だけに、気が回るのとは大違いである。

 また二人の従業員に対する目配りも怠りない。阿吽の呼吸で、仕事が流れている。

 一言で言うと鮨屋のオヤジになるべく生まれた、出来過ぎではないかと思うような今時珍しい青年で、これは、やはり天性のものだろう。

 「すし家」に決める前に、ダメ押しで最近話題の3軒に行ってみた。

 まずは有名になりすぎた、今を時めく「次郎」の「六本木店」。
 握りは本店をそのまま継承しており、やはり美味しい。
 問題は親方(次郎さんの次男さんのよう)の言動。客の前で使用人をしかるのは良いにしても、もう少し爽やかに注意出来ないものかと思う。客の方が、いやな気分になってしまっては、元もこうもないだろう。

 数寄屋橋の次郎さん本人は、穏やかな人であったのになぜだろうと思ったが、ひょっとして、「次郎」の職人で一番感じの悪かった、今は横浜から銀座に戻った「M」の影響か?真似することはないのに。

 神宮前の「おけい鮨」のオヤジもすごかったなあ。驚いてあれから行ってないが、変わらず怒鳴り続けているのだろうか。

 2軒目は銀座1丁目の『鮨たかはし』である。「かねさか」で、すし家I氏のちょっと後輩らしい。
 「かねさか」の一番弟子、「さいとう」にも教わったらしいので、I氏と同類の経歴であり、「すし家」と同じような鮨を出すが、たかはし氏はまだ20代後半と若い。
 一言でいうと若すぎる。独立するのはもう少し後で良かったのではないかと思うのが正直な感想である。ただし、店の構えは立派である。

 3軒目は『鮨ます田』。こちらは「すきやばし次郎」から独立した30代半ばの若主人の店。
 インテリアは、なぜか「たかはし」とそっくりで、同じデザイナーによるものか。
 主人は寿司職人らしいきりっとしたイケメンで、手つきも爽やかで、所作は一番美しいかも。
 握りは、やはり次郎風で美味い。
 しかし、残念なことにお店のマネージメントが苦手らしい。使用人も4,5人はいて、4軒の中ではマンパワーは一番多いにもかかわらず、サービスの手際は一番悪い。
 イタリアン風の黒服を着た女性が、お茶を継ぎ足すのは、余りにいただけない。

結論を言うと、(極めて個人的な感想ですが、)

 味は、「次郎六本木店」≒「鮨ます田」>「すし家」>「鮨たかはし」、の順か。
 お店の雰囲気は、「すし家」>『鮨たかはし』>「次郎六本木店」>「鮨ます田」
 お値段は、「次郎六本木店」>>『鮨ます田』>>「すし家」>「鮨たかはし」
であり、

 総合評価ではやはり、「すし家」が一番になった。ともあれ、クォルテ・オ・プリが最も良い。

 「すし家」はまだこれからの成長を感じさせるし、早晩石山氏も独立するだろうから、今後を見る楽しみもある。

 まあ、余談を言うなら、お店に入った時に季節感を感じさせる「和」のしつらえがあればさらに良いかと思う。
 花であれ、絵であれ、オヤジの趣味の良さ、教養の深さを感じさせるものが滲み出るようになれば、もっと出向く楽しみが増えるというものだ。

 その点「喜久好」の清水氏は、奥方と二人だけで切り盛りしつつも、凛とした静溢な雰囲気の中で、流れるように仕事が進み、客を手持ちぶたさにさせることは決してなかったし、季節ごとに変わる絵の趣味も良かったし、いつも見事な和花が目の前に生けてあった。

 客とゴルフ談義に花を咲かせ、手が休むようなオヤジの握る鮨は、やはり2回目は無かったし、
 常連や同伴が異様に目立つ店も2度目は無かった。
 タバコは論外にしても、携帯を使わせる店も2度目は無かった。
 どんなに味が良くてもそれは我慢できない。

 さて、客の立場をいいことに、言いたい放題書いてきたが、お店と客の関係は、客からの一方的な関係ではないということも心しなくてはならないだろう。

 店も客を選んでいるのである。客層によって店の雰囲気は随分左右されるから、当然のことである。
 こちらも,行った店の客層が自分に合うかどうかは、2回目がありかどうかの大きな判断材料になる。
 客も店から大事にされるためにはどうゆう振る舞いが大事か勉強し、努力する必要があると思う。

 料理の種類を問わず、客も店から歓迎されて、ソワニエシートがもらえてこそ、料理も、本当に美味しく楽しめるというものであろうと思う。

 

修善寺あさばの朝ご飯

旅館の価値は、朝ご飯で決まるというようなことを言う人がいますが、そこまでのことは無いにしても、旅館の美味しい朝ご飯は嬉しいものです。

特に前夜深酔いした朝は、冷たいビールと炊き立ての白いご飯は堪えられませんですね。

朝ご飯というものは、独特の感慨がありますね。

子供の頃、布団の中で聞いたまな板の音と朝日の中で見えた、(stap細胞の小保方さんのような)割烹着姿の母親が作る朝ご飯。

学生時代、友人の下宿で食べた、カップヌードルの朝ご飯。
山岳部の山行での、半覚醒のまま暗闇で食べた味のないガンタ飯の朝ご飯。

家人が、まだ懸命に真面目に作っていた結婚当初の朝ご飯。(今も変わっていませんが。)

パリの留学生活では、手掴みで買って来たバゲットとカフェオレの狭い部屋での、異次元の朝ご飯

群馬単身赴任時代に初めて経験したシリアルとカットフルーツの味気ない孤独な朝ご飯などなど。

朝ご飯の姿は、生活の真面目さと健康度のバロメーターかもしれませんね。

昔、遊郭では遊女が馴染の好きな客には、自ら朝ご飯を作ることで自分の気持ちを客に伝えたといいます。

また世の中の不良オヤジは、彼女の作ってくれる朝ご飯で、自分への愛情を量り、お小遣いを決めるといいます。

話が脱線し、危ない雰囲気ですので、本題に戻ります。

3月の連休に久しぶりに‘あさば’に行く機会がありましたので、今回は‘あさば’の朝ご飯をご紹介したいと思います。

以前に「あさばの晩御飯」(2012.12.27)を書いたことがありますので、評判の料理はそちらを参考にしてください。もちろん今回も美味しかったです。鍋は太刀魚でした。

‘あさば’では、朝のテーブルセッティングは杉の白木のランチョンマットが置かれ、あらかじめ、葉山葵のおしたし、シラス大根おろし、お新香が置かれてありました。‘あさば’定番の、天城の焼き椎茸は、飛騨コンロとともに杉板の前に準備されていました。

朝ご飯のテーブルセッティング

スタンバイ状態

その後は、数種類の料理が、出来たてで順次運ばれて来る手順になっていました。

最初は生麩の木の芽田楽でした。(写真はありません。)
椎茸は傘を下側にして網に乗せ、椎茸が汗をかいたように水分が襞に滲んで来たら、「食べ頃ですよ」、と促されます。これは塩とスダチを振って頂きます。

椎茸を焼く

この頃合いには、これまた‘あさば’の名物の出し巻卵が熱々で供されます。

出し巻卵

(この頃までは、お酒を楽しむ料理なのか、ここらでご飯とシジミの味噌汁が運ばれて来るのですが、今回は、我々は飲まないので始めからご飯を頂きました。)

次いで鯵のひもの、ワカメと若筍煮と続き、料理は終了です。

鯵の干物

若竹煮

一品ずつがしっかりしたお皿ですので、お腹には十分過ぎる量です。
デザートは伊豆の蜜柑が一粒づつ剥いて出されました。

デザートは蜜柑

後はサロンでコーヒーが付きます。

料理は、気をてらわず、特別変わったところのないものですが、どれも朝とはいえ、手抜きのしていないものばかりで、熱いものは熱く出され、卵焼きは何度食べても感激する出来栄えです。

それに格段に‘あさば’らしいのは器のしつらえです。どれとて、無粋なものは使われておらず、板長の趣味の良さと宿の矜持をうかがわせます。

そういえば、夕食も、ずいぶん器の感じが変わり、前にも増して、洗練された印象でした。最近、器を大幅に入れ変えたのかもしれないな、と感じました。

‘あさば’は最近、インターネットで、「るるぶ」のバナー広告がされていたりして、あの予約の取れない緊張感が無くなってしまったのかと、内心心配して今回は伺ったのであります。

万が一、「修善寺―界」なんて名前になったら、常宿を返上しようと覚悟して行ったのですが、変わらないサービス、料理、お風呂で一同ひと安心して帰ってきました。

‘あさば’を常宿にしているというと、なんだか自慢めいて嫌味に聞こえかねませんが、浅田次郎の次のような言葉(GOETHE2014,5月号)に代えて、弁解しておきます。

『贅沢とは満足感であり、金では満たされない。いわば知足、足るを知るということ。それは自分の心の中に置いておくもので、人に誇った途端に贅沢ではなくなり下衆(げす)になる。例えば温泉は誰もがくつろげるが、それはお湯に入るからだけではない。食事、畳、布団、僕らが回帰すべき日本文化が全部そこにあり、本来自分がかくあるべき場所に帰った安心感があのリラックス感だと思う。』と。

さらに言うなら、それらの上質さは、‘あさば’を知れば、それ以上は、他では味うことが出来ないものだからである。

 

フルーツトマトの冷製パスタ

季節の変わり目は食材が教えてくれる。
冬の終わりを知らせてくれるのも食材からである。

フキノトウや、早堀の筍が料理屋で出たりすると冬も終りだな、と思う。

今は、スーパーでは一年中同じものがあるので、季節感を感じるのは難しくなった。それでも旬のものはどこか存在感が違う。人間で言えばオーラがあるとでも言おうか。春の知らせは、菜の花であったり大きめなハマグリであったりするが、なんといっても、フルーツトマトが出回ると、風も緩んで、日差しも春を感じさせるようになる。

一昔前は、フルーツトマトと言えば、高知の特産品であったが、最近はいろんなところで栽培されているようだ。
僕の故郷の愛知でも作られており、2月の中旬を過ぎると、豊橋の知人がトマトの箱を送ってくれる。

今年のトマト豊橋産

ありがたいことである。
今や高知産に勝るとも劣らない出来栄えである。

フルーツトマトは、名前の通りそのまま食しても甘くて、もちろん美味しいのだが、料理に使っても美味しい。

僕は、なんといっても冷製パスタがお気に入りである。

トマトを使った冷たいパスタは、僕の知るところでは、かつて原宿にあったバスタパスタの山田ひろシェフのオリジナルらしい。
渡り蟹のパスタとともにバスタパスタの人気メニューであった。

彼はその後、‘ひらまつ’の‘ヴィノッキオ’に移り、やがて独立しレストランヒロで名を成したが、その後天才シェフゆえの個性が時々災いしたようだが、今は銀座の?ヒロソフィーで復活している。
ざる蕎麦にヒントを得たという、トマトの冷製パスタは、やがて日本が誇る、イタリアンの不動のメニューになり全国に広まった。

ヴィノッキオではキャビアの冷製パスタも話題になった。
あれは旨かった。キャビアはグラム売りであった。

逆に、今では日本蕎麦にもトマトを使うメニューがある位で、麺とトマトの相性はいいようだ。

さて、材料は、トマト、大きさによるが、一人分で1,2個。スイートバジル適量、ニンニク1かけ、オリーブオイル、ワインビネガー、塩、こしょう。

材量?1 トマト、ニンニク、オリーブオイル、ワインビネガー

材量?2 スイートバジル

下ごしらえをする。トマトは湯?き(頭にペケを入れ沸騰した湯で約10秒転がすと、水で流しただけで、自然に剥けるよ。)をし、6?12等分にくし型に切っておく。バジルは手でちぎる。にんにくはみじん切りで用意する。

作り方は、?くし切りにしたトマトにビネガー、オリーブオイルを1:3の割でかけ、塩コショウをして、ちぎったバジルを入れ良く混ぜる。両手ですくい上げるようにしてかき混ぜる。ポイントは乳化するまでまぜることである。乳化はエマルジョンと言って化粧品用語でもあるが、トマトから出たジュースとオイルが混濁した状態を言う。

エマルジョンした状態

これを冷蔵庫で冷やしておく。食べるしばらく前に作り置きしてもいい。
?パスタは、原則細いもの、カッペリーニが定番である。茹で加減はアルデンテではなく表示時間以上に芯まで良くゆでる方が良い。茹でた後、冷水で洗い、締めるので、茹で過ぎ位が丁度良い。

アルデンテでは冷やすと芯が残りすぎてしまう。
水温は、春先の水道水位が目安である。春先に氷水を使うと冷えすぎてしまう。

パスタの水は出来るだけ良く切ることがポイントである。水が残っていると、ソースがだらけてしまう。
僕はサラダの水切り籠に洗ったパスタを入れて水切りをしている。

サラダの水切りカゴで水を切る

これは、なかなかいいアイデアと思っている。(ラーメンの湯切りもなぜ遠心力を使わないか不思議であると常々思うのであるが。)

?パスタをお皿に盛り、マリネしたトマトソースをたっぷりかけて食べる。好みで、上からオリーブオイルをかけても良い。

できあがりーバジル抜きで。

パスタをトマトの入ったボールに入れ和えてからめる方法もある。
スイートバジルは嫌いな人もいるので、必須ではない。入れなくとも十分美味しい。
スイートバジルが希少な頃は、これが無いとイタリアンにならないと思ったものだが、今や、どこででも手に入るようになると、無ければ無いでいいではないか、と思うようになった。
ちなみに我が家では家人が嫌いなので、入れないことの方が多い。

この料理のレシピのサマリーは、フレッシュトマトを湯剥きし、くし切りにする。みじん切りにした生のニンニクとスイートバジル加えたオリーブオイルでトマトをマリネして、冷やしたカッペリーニに絡めてソースにする、ということになる。

これも、僕の得意料理の共通項である「簡単、早い、旨い」の条件を満たしている。

ところで、ブルスケッタと言う、トラットリアやピッツェリアなんかで出てくるイタリアンのアミューズのような料理をご存じであろうか。

そう日頃、自分で料理をする人には、すぐに気が付かれたことと思うが、このブルスケッタと同じなのである。
ブルスケッタは、こんがり焼いて、ニンニクをこすり付けたバケットの上に、トマトをスイートバジルと一緒に生のニンニク、オリーブオイルでマリネしたものを載せただけものである。

今回の料理は、ブルスケッタのバゲットをパスタにしただけのことである。

天才のやることは、決して難しいことではない、ちょっと発想を転換しただけのことであるが、これがなかなかできないから我々は凡人のママなのである。

従って、トマトはフルーツトマトにこだわることはなく普通の桃太郎でも良いことになるが、ここは、やはり甘いフルーツトマトにこだわりたい。

なぜなら、そうでなければ、「春の訪れの、あの怪しいときめき」を感じないからである。

Amecoya?豪徳寺商店街の個性的で、秀逸な蕎麦屋さん

家人が開業しているクリニックから徒歩1分という至近の場所にとてもいいお蕎麦屋さんがあった。

いつからあったのか知らないけど、某雑誌でレストランや料理店の主人がリレー式にお店を紹介していくという企画のなかで、下高井戸の有名な居酒屋“おふろ”の主人が紹介していたのを読んで、初めて行ったのが約半年前である。

蕎麦屋というよりナポリタンを出すような喫茶店風の店構えで、一抹の不安があったが、入ってみると、蕎麦、料理は僕の経験する範囲では上等の部類に入り、店の持つ空気も良くて一遍で気にいり、その後、月に1,2回のペースでは行くようになった。

amecoya 全景

内景

家人のクリニックが終わるのを待って、家人にお供するのである。

蕎麦は毎日2種類の蕎麦を日替わりでとっかえひっかえで出す。いったい何種類の蕎麦を持っているか知らないが、ほとんど重複した記憶がない。

料理は、種類、味、器の設えともに、いわゆる私鉄沿線の商店街の蕎麦屋の域は超えており、献立の内容も、蕎麦屋の延長というより、日本料理、それもかなり上級のものであるが、場所柄からか、メニューは居酒屋風で、気取ったところはどこにもなく、わざわざ食材を安っぽくしているのが気になるくらいである。

例えば,コノワタなど、薄めて安くしないで、もっとどっしり出した方がいいように思う。しかし、料理は、いわゆる蕎麦屋のレパートリーをはるかに超えているし、どれも和食の従来の型に嵌まった料理ではなく、創意工夫がそこはかとなく見られるが、料理の基本は守られ、決して外していない。

主人の出自はまだ聞いていないので知らないが、いずれどこかできちんと修行したのではないかと推測している。

判っているのは、ご主人一家は家人の患者さんであることである。

お店のコンセプトは、いわゆる料理屋で、最後のご飯の代わりに蕎麦を出すスタイルのお店なのか、あるいは、蕎麦屋で、酒好きのためのアテの種類が多い、西麻布の利庵のような居酒屋風蕎麦屋のスタイルなのか判然としないが、ま、きちんとした料理も出せる蕎麦屋、白金の三合庵のカジュアル版と思ってもらえればいい。

三合庵は確か蕎麦は藪、料理は重よしの出である。

コース料理が3種類あるが、普段は一番お安いコースに、好きなものを何品か追加する食べ方をしている。

それでも、たまに客人をお連れするときは、松コースを奮発する。

日本酒の選択も良く、つい飲み過ぎてしまう。ぐい飲みはもっと小さくしましょうと、家人が常々言っている。

器は京焼風なシャープな感じというより、釉薬がぼけた厚手の温か味のある九谷風ものが多いのも僕の好みにあってよい。

平〇二郎,米〇加〇年など、有名な俳優を見かけたり、ご主人から、東京の三ツ星フレンチ御用達のパン屋、パンテコのオーナーの土産というバゲットをもらったりすることがあるので、世田谷近隣からいろんな人が来ているようであり、それがちょっと神秘的でもあり、この店の奥行きを深めている。

年末には「おせちの予約」の張り紙があったので、今年は年越しそばと一緒に頼んでみた。

いざ来てみると、かまぼこ、伊達巻のようにただ切るだけで済むようなものは入っておらず、多少なりとも手をかけた魚介が主で20種類位がアルミ箔に入っていた。

定番のものは家で用意し、重箱におさめたら、まあまあの形になった。さすがに京料理の高橋のお重のようにはいかないが、それでもコスパは非常にいいので、また来年も頼むつもりでいる。

amecoyaのおせち料理を中心にして作った今年の我が家のおせち

Amecoyaという、お店の名前の由来を尋ねたら、店を引き継いだとき、板張りの壁が飴色をしていたので、飴色の小屋だということでアメコヤになったそうである。

何度か行った時に気が向いたものを写真に撮ったので、載せます。一部、食材を忘れてしまい,分からないものもあります。

お店の場所は、小田急線豪寺駅改札を出て、商店街を右に行くと、200m位で右側に郵便局があり、その対面、つまり左側にAmecoyaはあります。機会があればお試しあれ。

突出し―水ナス、ポテトサラダ,鴨のロースト

蕎麦のがレット、じゅんさい他

    唐津豆腐      

出し巻卵

鮪,鯛の刺身

金時草のおしたし

おしたし

蕎麦すし

野菜の煮たものお造り

シシャモ

野菜のてんぷら

野菜のてんぷら

芋のてんぷら

鴨とネギ焼き

?のすり流し、あんかけ

蕎麦を待っている蕎麦のおつゆと薬味

アイスクリーム

 

扁炉ペェンロー―我が家の冬の定番の白菜鍋

久しぶりに、家めしをご紹介しようと思う。

外食の話ばかりでは真正グルマンとは言えないだろうから。

白菜の旨いうちだからこそ紹介したい(男の)鍋料理です。

グルメ雑誌のハシリ、Dantyuダンチュウの創刊間もない頃、もう20年以上前になるが、舞台美術の妹尾河童氏が紹介した中国の家庭料理の白菜鍋,扁炉ペェンローをご紹介します。

当時、記事を読んで、これは行けそうと、知覚直観が働き、すぐに作ってみて、これにハマッタ。その後、当時勤務していた病院の医局の後輩には我が家で作って、食べさせて伝授したし、医局でも皆に作ったりしたので、私の居た病院の形成外科医でこの鍋を知らないのはモグリと思った方がいい。

試しにウエブで「ダンチュウ、白菜鍋」で検索してみたら、ダンチュウ歴代NO1の男の鍋料理として紹介されており、レシピも載っていた。確か数年前のダンチュウにも再掲載されていたと記憶があるし、巷でもかなり一般化されてきたようだが、小生は20年に渡り、数えきれないほど作ってきたから、反省点も含め、僕のレシピの方が確かであると思う。

男の料理であるから、大雑把で(簡単)、手間いらずで(早い)、むさぼるように(旨い)の3条件は当然のことながら、おまけに材料費も安い、と家庭内平和的である。

特に、新婚の若奥さんには旦那が喜ぶこと間違いありませんよ。(これは個人的なメッセージでした、失礼。)

材料は、2,3人前でいうが、白菜1/2、干し椎茸3,4個、鶏もも肉300?500g,豚バラも同量、ビーフン一掴み(30?50g)、ごま油、塩、一味少々である。

材料

白菜はキュと音のするような新鮮なものに越したことはないが、芯が黄色くなって開き加減なものでも構わない。

鳥は00地鶏であったり、名古屋コーチンや軍鶏であれば、それなりに美味いが、スーパーの安売りで全く構わない。

但し胸肉までケチっては駄目である。

もも肉である。

豚バラも黒豚や白金豚とこだわれば、それなりに美味いが、無名ブタで良いし、別に豚は無くとも(省略しても)よい。

ゴマ油は太白などの贅沢品は禁で、普通のゴマの香りの強いものが良く、透明性には拘らない。

これは河童氏の強調しているところである。

塩は好みであろう。

料理は理科の実験ではないのだから塩化ナトリウム食卓塩を避けるくらいのこだわりは男の習いだろう。

さて、作り方であるが、?干し椎茸は前の晩から水に戻す。と言っても、料理は思い立って作るものだから、そんな計画性を要求しても無理と言うものであろう。思い立ってから、ぬるま湯で戻せばいい。

但し戻した水は使うので捨てないように。

白菜は5センチ幅にざく切りにし、根の方と葉っぱの方と分けておく。

乾し椎茸を戻す。

?椎茸の戻し汁に白菜の白い方を投入し沸騰させる。

沸騰したら、もも肉とばら肉、適当に切った椎茸を入れその上に白菜の残りを入れて、ごま油を大匙4,5杯見当を回しかける。

最初に白菜の白いところをいれる。

だし汁の量は調整する。

残りの葉の部分をぶち込む。

ごま油を掛ける。

この順番は実はどうでも良い。

初めから鶏肉、豚肉、椎茸を入れても良い。

ただ、白菜は硬軟二段階で熱を通した方が合理的だし、第一分けないと鍋に入りきらない。

?蓋をして煮込んで終了。

白菜は鍋からはみ出るくらいになるが、手で抑え込んで蓋をする。

僕は白菜がとろとろになるくらいが好きなので、鋳物のココット鍋を使って弱火で1時間位は煮込む。

圧力鍋を使えば10分と早く済む。

弱火で煮込む。

煮上がった状態。

 

 

?好みの柔らかさになったら、戻したビーフンを入れて、5分位煮れば完成である。

ビーフンを入れて5分煮る。

最後に、もう一度ごま油を入れるとこくがさらに増す。

ビーフンは種類によっては、煮崩れておじやの様になってしまうものもあるので気をつける。

中国製は大丈夫だが、ベトナムなど東南アジア系のものは煮くずれることがあるので注意して買うようにしよう。

?食べ方であるが、味は素材から出たものだけであるから、塩分が足りない。

ボールによそってから、各自で塩で味をつけて食べる。

好みで一味、七味、祇園黒胡椒(七味)、ゆず胡椒などを振っても美味しい。

塩・一味で味を調える

スープが命なので、スープだけ飲むのはマナー違反にしないと最後に肉類だけが残ることになってしまう。

いちいち塩で味を付けるのが面倒と思う向きは、鍋に塩を入れ、始めから味をつけても良いが、だんだん味が濃くなるので、初めは薄味にしておくのが良い

薄口醤油でちょっと香りをつけたりもする。

食べ残ったら、餅やご飯を入れておじや風にして食べてもとても美味しい。

付け合せは経験的にはべったらがよく合います。

一度作れば2,3日は食べられるし、飽きないので、その間の料理の手間もはぶけます。

今回は、鶏肉を少し残して、五目御飯を作り、スーパーで鳥皮が買えたので,皮の煮込みを作ってみたが、旨かった。

モツの煮込みは僕の得意料理である。

鳥皮の煮込み。

五目御飯。

 

僕の3代前は、三河平野のど真ん中で(昔は日本のデンマークと教科書で習ったが、)、養鶏業をしていたらしく、父親は鶏肉にはうるさかったので、子供の頃から名古屋コーチンで育った。

東京に来て、砂のように味のないブロイラーの鶏肉を食べてびっくりして一挙に鳥嫌いになってしまったが、最近は鶏肉の質も良くなったし、扁炉のような食べ方をすれば、十分に美味しいと思うようになった

もう一つ、鳥を使った美味しい得意の鍋料理がある。

出所はNHKの「男の食彩」の中での映画監督崔洋一氏の自慢料理である。

が、それはまたの機会にしよう。

 

白トリュフのタリオリーニープリズマの秋の一品

10月のある日、新歌舞伎座の杮落しの歌舞伎観劇の後、Y氏夫妻と半年ぶりにプリズマに行った。

今回の目的は一つ。

白トリュフのタリオリーニを食べることにあった。

白トリュフのタリオリーニ

プリズマの手打ちタリオリーニ(きしめんみたいな平たいパスタ)はトマトソースで、プロの評論家の選んだ、「日本一の皿」のパスタ部門に選ばれたことがあるほどの定評のあるもので、それがアルバ産の白トリュフソースとあれば、聞いただけでも味のほどが想像出来るかと思います。

なんだか、ご紹介するのが気が引けるような贅沢をした気分で恐縮です。

トリュフといえば、黒トリュフが一般的ですが、実は白トリュフの方がン10倍も価値があるらしい。特にアルバ産は特別で、松茸でいえば園部の丹波産のようなものと聞きます。

アルバ産のトリュフの箱

若かりし頃、1980年のことですが、留学中の思い出にと、パリのシャンゼリーゼ通りにあった当時の三ツ星レストラン、ラ・セールでトリュフのサラダを頼んだことがあった。

当時のことゆえ、それこそ冥途の土産にという位の意気込みで頼んだのが、私のトリュフの初体験でした。

レタスのような葉っぱの上にスライスした黒トリュフが散らばっていました。

美味くもなんともないな、というのが、その時の感想でした。

当時の日本は、経済が、まさに日の出の勢いで、サントノーレのルイヴィトン本店では、日本人がお店を占拠する有様だったので、(丁度今の銀座の中国人のようなものだったんでしょうか、)レストランでも、訳のわからないジャポネの若造がトリュフかよ、という風に思われたんでしょうね、きっと。

ちなみにお値段は、その時の料理の値段の半額を占め、ビックリしました。

そのあとのトリュフ体験は、1981年に西麻布に出来たばかりの、ひらまつ亭のフォアグラのキャベツ包みのトリュフソースになりますか。(いまだに、ひらまつの看板料理です。)

印象深いのは、乃木坂上のアモーレの前身、六本木星条旗通りにあったラ・ゴーラの数ミリはあろうかという分厚い黒トリュフのパスタの思い出でしょうか。

ラ:ゴーラはすべてが豪快でしたね。

ラゴーラでは、なぜだか、どこかの同業者かフードジャーナリストに間違われて特別扱いを受け、シェフからお土産にチーズのハーブオリーブオイル漬けなどを頂いたりしましたねえ。

所で、プリスマの白トリュフは、目の前で、マダムがスライサーで削り落としてくれるという演出つきですが、カビのついた高級なかつお節を削るように、薄く、あくまでも薄く、巧みにスライスしてくれるのです。

但し、その分、マダムの手の運動回数は多いのでありますが。

スライスしてかけてくれます。

薄く、あくまでも薄く。

 

もっとも、厚ければよい、というのも貧乏人の根性なんでしょうね、かつお節だって、経済効果だけで薄く削るわけではないでしょうから。

それに白トリュフの価格を知れば、無理もないと十分納得するものではありますが。

ともあれ香りの芳醇さは、これ以上のものはありませんね。

ちなみに、デザートも焼き栗のトリュフかけを頂きました。

デザートは焼き栗にトリュフをかけて。

 

はい、今年も白トリュフを頂ける幸運に恵まれて幸せでした。

斎藤シェフ、ごちそうさまでした。

最後の晩餐?人生最後に食べたいもの

最後の晩餐は、レオナルド・ダビンチが描いた、イエスキリストが処刑前夜に12人の使徒と一緒に取った食事風景の壁画として、誰一人として知らぬ者はいない程有名な絵であるが、この絵の中心テーマは聖体拝領であり、キリストの肉の代わりにパンを、血の代わりに葡萄酒を食したという。

従って、キリスト教徒のパンとワインには神と人間の一体化の儀礼的意味があるのである。

道理でよく飲むわけである。

さて、ここでは人が死ぬ前に食べる最後の食事のことを話したいと思う。

『君は死ぬ前に、最後には何を食べたいか?』、とよく話題になるあれである。

私の場合はこれである。

茎イモである。

 

茎のついたサトイモ

このようにスライスします


出始めの新物の里芋で、頭に茎が10?ほど付いたやつである。

田舎では、昔は、これを水盤に入れ、盆栽のように飾ったものであった。

細い茎が何本も伸び、先っぽには、露をはじく、瑞々しい、真緑の葉がつき、離れてみるとまるで林のように見え、感じの良いものである。

田舎にいる頃は、これが玄関に置かれると、ああ夏が来たな、と思ったものである。

東京でも、赤坂にあった鮨屋、喜久好のカウンターの奥には初夏になると毎年飾られていたのが、今となっては懐かしい思い出となった。

生け花は必ずテッセンであった。絵は何であったが忘れたが、毎年、季節に必ず決まった設えになるのも、まるで田舎に帰ったかのような気持ちになり、いいものであった。

親方は、お元気であられるであろうか?

さて、小生の最後の食事の第一候補は、この茎のついたサトイモの新物である。

それを茎つきのままで薄くスライスして味噌汁にして食べるのである。

里芋のとろみが出ておつゆの粘度が増すのが、なんとも好きなのである。

干しシイタケと煮ます

出来上がり、ミソは八丁実味噌


ちょっと下品ではあるが、これを猫まんまにするのが最も美味しい食べ方であると信じている。

猫まんまと言っても作法がある。

ご飯に味噌汁をかけたのではだめで、味噌汁の中に丸くお椀の形が付いたご飯を入れるのが正しい食べ方である。

ご飯を崩しながら、茎のついたイモを一緒に食べるのでなくてはならない。

出汁は鰹だしでシイタケか、油揚げを加えるのが良い。

こんなゲテ物は、皆さまはおそらくご存知あるまいし、小生の田舎でも知る人は少ないと思う。

ということは極めて個人的な食べ物かというと、今でも田舎の一部の八百屋ではこの茎芋を売っているというから、全くprivateなものでもないのだろう。

毎年7月の中旬になると、田舎から送ってもらうのが約束になっているが、待ち遠しくて仕方がない。

このような食べ物が好きということは、決まって個人的な、思い入れの強い幼児体験があるに違いないと思われるでしょうが、そのとおりなのである。

他人のつまらない思い入れ話など聞いても仕方ないでしょうから言わないでおくが、嗜好品の究極は、必ずや物語がつきものであることは皆さんもご同様の事と思いますので、気持ちだけはご理解いただけるものと思います。

私の場合は、この茎つきのサトイモが最後の晩餐にふさわしいのです。

今でも、これを食べながら、目をつむると、走馬灯のように、幼い頃の情景が駆け巡ります。

私の最後の晩餐は、つつましげな望みで簡単のように見えますが、しかしながら大きな問題が一つあります。

茎芋の出回るシーズンは7月の中旬からせいぜい数週間のことであり、この期間に死なないと、私は最後の晩餐をたべ損なうことになります。

あの強面の時事評論家、故大宅壮一が死ぬ時に、『オイ、抱っこしてくれ』と夫人に言ったそうですが、小生も茎芋の猫まんまを食べて、誰かに抱っこされながら、幼少年期の夢でも見ながら、息を引き取れたら本望のような気がします。

ちなみに家人は、今の所、抱っこを拒否しています。

私には理由はわかりません。

六本木ヒルズの盆踊りと中国家庭料理の名店―華園

8月の下旬の土曜日の夕方、週刊誌のグルメ情報に載っていたテレ朝通りにある中華料理屋“華園”に行ってみた。

中華料理なら、ノンアルコールビールで我慢できるので、車で出かけ、
六本木ヒルズの駐車場に車を置いて、ケヤキ坂を散歩しながらお店を訪ねた。

六本木ヒルズは、最近にしては、かなり人が出ており、
しかも浴衣姿の男女が結構歩いていた。

テレビ朝日の裏辺りにイベント広場があるが、そこで盆踊りをやっていたのである。

予約時間に30分ほど早かったので、しばらく見物してみた。

広場中央には、やぐらが組まれ、縁日も沢山出ており、イカを焼くようないい匂いが漂う。

普通の盆踊り大会と違うのは、場所が六本木ヒルズの高層ビルに囲まれたお洒落な空間であることと、司会の女性がアナウンサーで、日英2か国語で司会をしていたこと、仙台から雀踊りの踊り手を招いていたことか。

六本木ヒルズの盆踊り会場

案内の看板

仙台雀踊り

あとはやはり周りの女性が、日頃見る女性とは違い、あか抜けていたことか。

食事をして帰りがけに再び通りかかると、東京音頭で一般の人が大勢踊っていた。

田舎のどこか哀愁のある盆踊りも郷愁を感じていいが、
都会のお洒落スポットの盆踊りも悪くない。

とにかく盆踊りをやろうという志がいいではないか。

ミッドタウンでもやっているのであろうか?あそこの広場は空が広々と抜けていて、もっと盆踊りらしくなるかもしれないね。

お目当ての華園は、高級料理ではなく家庭料理のお店とは知ってはいたが、余りに目立たない地味な店構えで思わず通り過ぎてしまい、電話して確認するほどであった。

店内も、台湾の下町の食堂というレトロな雰囲気で、テーブルクロスもいつ洗ったかという代物で、ちょっとたじろいだが、接客担当の店主夫人の感じが良くてちょっと安心した。

料理の種類は、日頃、普通に中華料理屋で見るものとはちょっと違い、
野菜が中心で、肉、魚介類の高級食材は置いて無いようであった。

クラゲとねぎの和え物、中華風冷奴、海老のゆば上げ、豚バラの豆鼓炒め、、冬瓜のスープで、こんなところでしょう、と夫人からオーダーストップ。

後はオールフリー2缶と、デザートでfini ..

クラゲとねぎの和え物

中華風冷奴

豚バラの豆鼓炒め

蒸しパン

デザート

ビールは缶ごと持ってきて自分で開けて飲むサービス形態。

味はどれも薄い塩味で油控えめ、上品で美味しかった。

一皿の量が2人では多く、4人くらいできて、皿数を多く注文するのが賢い食べ方のようだ。

お値段は一皿が1000?2000円台が中心で、場所柄からはお安い値段。

帰り際にはご主人も現れ丁寧なあいさつを受けた。

食材の高級志向ではない、味の分かる大人の人数を揃えて、リピートありの良い店であった。

 

 

 

賢女との夕べ;第2弾ー赤坂菊の井で京料理を楽しむ

賢女との食事会第二弾です。
若いお嬢さんに少し贅沢を教えるのは、オヤジの特権かもしれませんね。
ま、教えられるのは食事だけですが。

そんな訳で、赤坂の菊の井に行った。

菊の井門燈

菊の井は、京都高台寺近くに本店があり、数年前に赤坂にも支店が出来た。
今までに2,3度行ったことがあるが、いずれも席はお座敷だったので、今回は一階のカウンター席の小上がりを指定して行った。
堀炬燵になっており、脚が伸ばせて楽ちん、御嬢さん方に気を遣ったのである。

入り口、カウンター席、小上がり


今回のお連れは、W大法科大学院の3年生2人である。
お土産にW大のマークの入った缶入りゴーフルを頂いた。

お土産のゴーフル

W大のロゴ入りの手さげ袋もついていた。
開けてみるとゴーフルは風月堂製であった。
最近の大学は、このようなスーベニール商売をするのが普通になっているのであろうか?
昔はせいぜい三角形のワッペンを生協で売っているくらいであったが。
わが母校もトリクロールの羊羹なんか売っているのであろうか。
虎屋製なら案外嬉しいかもしれないけど。

さて今回は料理の写真を撮ってきたので料理をたっぷりお見せします。
別に話が盛り上がらなくて、写真ばかり撮っていたという訳ではありませんよ、余裕が出てきたのです、ハイ。
まずはグラスの生ビールで喉を潤しましたが、このビールが滅法うまかった。キリンのライトビールとか言っていたが、泡の立て具合が上手なのか、3杯もおかわりしてしまった。

? 猪口。(突き出しというか、アミューズというか)で、生うに豆腐,山葵ソースかけ。うにの濃厚な味わいにインパクトあり。

生うに豆腐

? 八寸。七夕にちなんで笹巻のアーチがかかっており、短冊には、何やら漢文が書いてあったが、教養不足で理解不能でした。お皿には川エビや京野菜の和え物や鱧寿司がのっており、結構なボリューム。

八寸

? 向付。ガラスのお皿に氷が敷かれ、その上に置かれた瓜をくり抜いたところに、明石鯛に縞鯵が盛りつけられており、涼気満点の演出。お皿が変わって鱧落し。いずれも一切れが大きく、さあ、しっかり味わってみなはれ、という迫力でした。

向付

鱧落し

? 蓋物。豚の角煮にジャガイモの餡がのっていました。連れの一人が沖縄出身で、角煮にはうるさい、とのことでしたが、お世辞か、こちらの方がおいしいと言っていました。お椀は外側は銀漆、内側は朱に金漆が使われ、京都らしい色使いで、個人的には大層気に入った作品でした。

蓋物

蓋物

? 中猪口。お口直しでシャーベットが出ました。フレンチと同じですね。味はパインに山葵という、これはミスマッチ。

口直し

? 焼き物。少し前に、籠の中で文字通りピチピチと跳ねる小鮎を見せに来たが、それを焼いたものが一人当たり3匹出た。骨が細くて、抜く必要が無く丸ごと食べられる。これは美味しかった。稚鮎とは違い、もう立派に鮎の味がした。『君達にも、こんな時があったんだろうね』と言ったら、ヒンシュクを買った。まだピチ位は残っていると、強がってはいたが、さてどうだろう?

焼き物

? 酢の物。とても素敵なカットグラスの蓋物にトマトのすり流しが入っていた。くみ上げ湯葉がかかり。ジュンサイが乗っていた。イタリアンのガスパチョを和風にしたと言えばいいか。器はアンティークバカラのイミテーションと言っていたが、本日一番の器だった。下の葉っぱはクズの葉とか、アジアンな感じがしてガラスによく似合っていた。

酢の物バカラ風カットグラスの蓋つき

トマトのすり流し

? 強肴。、薬膳スープに近いものが出た。鮑、すっぽん、ふかひれ、干し貝柱、に冬瓜などの野菜が入り,くこの実。まつの実が入った,まるで中華の頂点、かのジャンピングブッダスープ(美味しくて仏も飛び上がるという)のようであった。

強肴

? ご飯。鱧の炊き込みご飯であった。留椀は、牛蒡のすり流しで、器は山中塗の椀であった。ご飯の残りはお土産にしてもらった。

ご飯

鱧ごはん残りはお土産

? 水菓子。みつまめに八つ橋アイスクリーム、フルーツにミントのアイスクリームの2種。当然分けっこしました。

水物


カウンターはほぼ満席、アベノミクス効果なんだろうか。若い客も目立った。

カウンターの中に主人の村田氏もいたが、若い料理人が大勢忙しそうに働いていた。みんな未来の巨匠を目指しているんだろうね。
この手の店では、京味の西さんもそうだったが、若い衆を叱咤する声が時々は飛ぶのが常だが、菊の井はそんなことはなく穏やかに、静かに仕事は進んでいて、客も安心して食べられた。
この年になると、自分の息子も、職場ではこんな風に叱られているのかと思ってしまい、つい箸が止まるのである。

僕には娘がいないが、自分の娘がこんな親父とご飯を食べているかと思うと、つい罪悪感にさいなまれるかというと、そんなことは決してないから、全く身勝手なものです、男という動物は。

六覚橙ー串揚げとワインの洗練

銀座交詢ビルにある六覚橙(ろっかくてい)という串揚げのお店に行った。

本当は当日、友人のY氏夫妻と歌舞伎を見て、その後にワインを一杯という予定であったのが、手違いで、歌舞伎観劇が無くなったので、急遽時間を繰り上げ夕飯で行くことになった。

ワイン通の銀座ヴェリテクリニックの福田先生のご紹介で初めての訪問であった。

交詢ビルは1階にバーニーズニューヨークが入っているので、少々早めに出かけ覗いてみたが、私の年齢のせいか趣味が合わず、結局時間を持て余したので、付近をブラブラしていると、ピアジェのブティックがあり、家人に先導されるがまま、フラフラと入ってしまった。

交詢ビル、交詢社の面影を残している。

家人が最近ピアジェの指輪が好きで、何とか記念という名目で、いくつか買わされており、彼女には珍しく、妙に敷居が低かったのである。

私は入るや早々、離れた椅子に座って無関係を装い、遠目で様子をうかがっていたが、敵もさるもの、そつなく、お茶とお菓子が出され、お店側は無理やり関係性を持たせようとするのであった。

悔しいことに空腹も手伝って、その茶菓は美味であった。

結局、家人は自分の指輪と同じシリーズの時計が大層気に入ったのであるが、気に入ったことはしっかり確認するに留めて、もちろんソソクサと退出したのである。

近くに、ビルの建て替え前の空き地がコインパーキングになっており、見ると10分600円とある。

さすが銀座、この値段!

さすがは銀座と、身の引き締まる思いであった。

ちなみにベントレーGTが停まっていた。

さてロッカクテイであるが、看板も出ておらずキョロキョロしていると、お店の人が外に立ち笑顔で出迎えてくれた。

用意された席はカウンターのコーナーの4席で、斜め向かい対峙する形になり、会話はし易く、近況の四方山話から、結局は男は車の話、女はタカラズカの話に落ち着くのである。

Y氏は、近々マクラーレンを人生最後の車として買うそうで、とうとう私もマクラーレンに乗れるかと、人の褌ながらも幾分興奮した。

肝心の串揚げは、豚バラと玉ねぎの串カツ位しか知らない小生には異次元の味覚であった。

肉、魚介、野菜が上質なクリームコロッケのような衣をまとい、巧みに揚げられて、天ぷら屋の要領で、まさに際限もなくどんどん出てくる。いろんなソースや塩が各自の皿に用意され、二度づけは禁止などという関西風のせこさはみじんも感じさせないのである。

ちなみにこの店は大阪黒門町が本店であるらしいのだが。

ワインはものすごい種類を持っているらしく、店主は無二、無類のワイン通と聞くので、注文は“白のさっぱり系”と言えば、客の顔を見定めて、頃合いの物を見繕って出してくれる。

福田先生曰く、癖のある面白い選択をする、とのことであったが、当日飲んだ白2本と赤1本は、いずれも小生の口にはあって、おいしかった。

串揚げは、途中でお止を掛けないとワンクールが20本くらいとヘビー級で、小生とY氏夫人は全うしたが、Y氏と家人は落伍した。

最後に鮨屋か天ぷら屋のように、アンコールを聞かれたが、さすがにそこまでは行かなかった。

噂のようにワインは亭主任せにするがよく、店員のマナーも優れて良く、気持ちの良い店であった。

何回か通うほどに,オネエサンの応接も段々親密になって来て、居心地もさらに良くなるだろうと期待出来る、次も訪れる気にさせる数少ないお店の一軒である、というのが私達の感想である。

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