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ラプラスの妄想

空耳妄言⑫-空耳のように聞き流して良いが、誰かが囁いた方がいいような話もある―都知事選、天皇生前退位を巡って

都知事選挙が行われているが、それにまつわる風潮について一言言っておこう。

*新都知事に実務経験は必要なキャリアか?
都知事候補者に実務経験が問われているが、本当に必要か?実務経験とは何を指すのかよくわからないが、書類の印鑑の押方やサインの仕方ではあるまいから、お役所という所は独特の仕事のペースがあって、それを乱すと、役人と軋轢が生じ、上手く行かないよ、ということであろうか。知事候補は、いずれも社会人経験があるから、仕事をする上での組織のシステムというものは知っているであろうし、一通りの社会性は身に着けているはずであるから、ここで改めて実務経験というからには、都庁独特の役人のシステムを指すのであろうが、そんなものは知らなくて良いし、役人が意地悪さえしなければ、すぐに理解できる程度のことに決まっていよう。某知事経験者がテレビでのコメントで、およそ1か月もあれば十分仕事はつかめるものだ、と言っていたし、知事がもし改革を進める気があるのなら、むしろそんな既成の風習に染まることはマイナスでしかないだろう。
多少の時間がかかっても、新知事が、何をやろうとしているかが、どれほどか重要ではないだろうか。

*都政と国政は別物である、というが本当か?
都知事に国政は関係ないと、主に自公与党から、野党候補に向けた反キャンペーンであるが、地方行政が国政から独立したものであると考えるお人よしは、それ程居ないと思うが、如何であろうか。
例えば、沖縄を見ればよくわかることである。米軍基地移転問題は、国の重要な政治課題であるが、沖縄県民にとっては、生活そのものがかかわる沖縄県政の問題でもある。だからこそ、沖縄では市長も知事も、今回の参議院選挙(つまり国政)でも、揃って見事に反基地派が勝っている。県政が守る県民生活は、国政に直結していると沖縄県民は判断しているのである。
東京都は、今は大きな政治問題が無く、顕在化していないだけのことであり、いつ顕在化するかは分からない。例えば横田基地のオスプレイ配備の問題などは、国政とのスタンスを考えて知事を選ばないと、政府の決定が、そのままフリーパスで都議会を通り都政に反映され、都民の意思が国政に歪められてしまう可能性が生じてくるのである。
また、政府与党は地方県政、都政は国政とは関係ないと言いながらも、知事の選挙運動では、人気者の新人国会議員から、幹事長、閣僚まで応援に躍起なのは矛盾していないかは、ちょっと考えてみればわかることだ。
これこそ都政が国政に関連しており、双方が影響しあうと考えている証左ではないのか。

*宇都宮健児という人物
おそらく、最も都政を研究し、自分なりの政策構想を明確にもっているのは、土壇場で立候補を断念した元日弁連会長、宇都宮健児氏であろう。強い信念で支援者と一緒に都政を5年に渡りウオッチし続けて来て、この場に及んで、身を引いたのは、おそらく断腸の思いであったろうが、まさしく自公に都政を渡さない為の一念で、大人の判断、決断であったと思う。
鳥越俊太郎氏は、単に知名度で残っただけと自覚して、宇都宮氏に三顧の礼を尽くし、政策等は教えを乞い、彼の都政への思いを代わりに実現するくらいの覚悟が必要であると思う。
穏やかな物言いと静かな表情の裏に、とても強い意志が見える。そして筋を通す現代では稀有な逸材であると思う。

*鳥越俊太郎氏への軽い失望―勉強不足と練習不足
迷いに迷ってギリギリの決断であったにせよ、彼の勉強不足は目に余るものがある。都政のことならまだしも、ジャーナリストとして、一般社会人としても、とても知識教養が深いとも思えない。演説にも政治のヴィジョンは見えないし、彼の人格のコアとなる人生哲学らしきものも希薄な印象で、人の心を掴む力が弱い。要するに演説の準備、練習が出来ていないのである。これらは、正直に言えば、彼への期待の軽い失望である。
ただ田舎者の実直さは見えるから、今後の努力のいかんでは、歴代に比べて都民目線の名知事になる可能性はあると思う。同時に、迷知事に終わる可能性も同じようにあるが。

*新知事は、舛添、猪瀬、石原元都知事経験者の税金の使い方、とりわけ知事関連の使途金を明らかにするべし
舛添前知事が自分の疑惑については、自ら明らかにすると見得を切っておきながら、辞職するや、そのまま放置しトンズラしている行動は都民を舐めきっているとしか言いようがない。首に縄を付けてでも百条委員会に引っ張り出し、行状を白日の下に曝さなければならないだろう。
日本の行政の一番悪いところは、結果責任を問わないところにある。年金の濫費問題も年金横領不明金問題も一人として責任を問われていない。
ましてや当時の社保庁の役人を年金機構に横滑りさせるのだから、意識も行状も改まるはずもないのだ。
舛添前知事もこのまま逃げ得にすれば、今後の都政に示しもつかない。
韓国では大統領が変わると、殆どの前任者が逮捕され囚人服を着せられ法廷に出頭する姿が放映されるのが常である。日本人の心情からすると、そこまでするかという思いが無いではないが、そこまでしも最高権力者の個人的な利権流用や汚職はなくならないのだから、何もしないわが国では、石原都政に始まった税金濫費、私的流用などはとどまるところを知らないのは無理からぬことである。
今後の歯止めをかけるためにも、流用の実態や手口を明らかにする必要があるし、それに寄生して甘い汁を吸ったファミリー企業、業者や役人の罪も問うべきであろう。

候補者の誰がなろうとも、税金の不正使用については、きっちりとけじめをつけなければならない最優先課題であろう。

誰なら本当にそれが出来そうか見極めることが大事だと思う。

*天皇陛下の生前退位表明の真意深読み

平成天皇が退位の意思を表明された。
在位期間中、つまり平成の時代に天皇が、いくつかの思い疾病を抱えられながらも、太平洋戦争の激戦地へ戦没者慰霊の巡行をされ続け、国内の災害に当っては、常に皇族の先頭に立って、頻回に慰問に出かけられてきたことを国民は皆良く知っているので、退位され休養されることに、多くの国民に異論のない所であろう。

報道によれば、もう4,5年前からそのような基本構想は考えておられたようである。
さて、ではなぜ、このタイミングでそれが国民に表明されたのであろうか?

小生の考えは、今回の参議院選挙で与党が2/3を獲得し、憲法改正の可能性が現実的になったことに関係があるのではないかと推測するのである。
つまり、天皇は自分の在位中に平和憲法が改正されるのは堪えられなかったから、任を下りて、自ら署名する事態は避けようとされたのだ。これは憲法改正反対の、特に9条が骨抜きになることを拒否する、との意思表示ではないかと思うのである。

憲法改正に関して、直接自分の意見を表明することは、現在の憲法上出来ないから、退位という形で意思表示をされたのではないかと思う。

また皇室典範の改正が必要になれば、安倍政権が目論む憲法改正も時間的に先送りにならざるを得なく、実質安倍政権下での憲法改正は阻止されることになるという効果もお考えだったのかもしれない。(これは、まさに深読みかもしれないが)

先の政府の戦後70年談話が、戦争についての侵略性と責任について直接言及を避けた時、天皇の談話では、戦争における我が国の責任について、かなりはっきりとそのことについて触れられ、内外に対する日本国民の意志の中和をはかられた。安保法制が強行採決された時にも、何かのタイミングで平和の大切さを強調された。

天皇が歴史から非戦の大切さを学んでおられるのは確かである。それが現在の反戦平和の強い思いに繋がっているように思える。

天皇は、非政治性の原則的な立場からは政治的な発言には極力慎重で控えながらも、行動で反戦平和の考えを示されてきた。先の戦争の激戦地を執念のように廻って、戦没者の慰霊を続けることで天皇家の贖罪を示し、国内の戦没者慰霊や原爆慰霊の行事には何よりも優先して参加され、地震や豪雨の被災地への心情のこもった慰問では、天皇・皇室は常に、国家権力ではなく国民の側にいるということを示されてきた。

天皇は、基本的に9条を重んじた護憲派に近いお考えであり、わが国が憲法改正に進んでいくことを強く憂慮されているのは間違いないであろう。そこで天皇の出来る唯一の意思表示の方法として、生前退位をこの時期に発表されたのではないか、と小生は推測するのである。

おそらく心あるジャーナリストはそのことに気付いていると思われるが、なぜか言及出来ないでいる。無論、政府も気づいており、政府は、このような考え方が国民に広く流布しないように隠ぺいしようとするし、また皇室典範の改正にまで行かないように密かに策を巡らすであろう。
小生の憶測が正しいかどうかは今後の政府の対応を見れば明らかになるであろう。

今回の天皇の生前退位の意向も、その真意をおもんぱからなくては、政治もメディアも国民も怠慢ではないかと思う。

溺れた犬を皆で叩いて首を取って、サア、それからどうするのか?

舛添前都知事の数々の不正追及がだんだん虐めの様相を呈してきていた。溺れる犬が叩かれても叩かれても沈まないものだから、半分は意地になって、マスコミが総出で息の根が止まるまで叩きまくった感があった。タフな舛添氏もとうとうギブアップしたが、さあそれでどうしようというのか?
結局マスコミや都民は何をしたかったのか?辞めてくれさえすれば良かったのか?
小生はその真意を聞きたい気持ちである。
彼は疑惑についてはダンマリを決め込んで(これは自民の指示でそうしたという説が有力であるが)消えてしまったが、これで、彼が最後まで振る舞いの醜い、ゲスな男であったことを肝に銘じて、彼が二度と世間に顔を出せないようにすれば、ま、制裁にはなるだろう。
彼は、本日正式に辞職したが、早くもこの話は風化し始めたようである。そこで、この騒動で小生が違和感を持ったことをいくつか述べておこうと思う。

1)日本のマスコミ及び国民は発達障害か?
子供の精神発達を論ずる発達心理学では、1歳から3歳頃に分離個体化の時期を迎えるという。その時期に、親からの分離という課題をのり超えると、とりあえずは健康で正常な成人に向かって次のステップに成長して行けるという。
乳幼児は「おっぱいをくれる良い母親」と、「おっぱいをくれない悪い母親」を別の存在として認識している、つまり同一人物のある面、ある部分しか対象に出来ず、良いか悪い、白か黒、all or none の判断しかできないが(部分対象関係)、段々それが同一の人物であると分かるようになり色々な態度をとる母親全体を対象とするようになる(全体対象関係)。

日本のマスコミは、ある人物の悪(弱み)を見つけると、すべてを真っ黒にしないと気が済まず、そのように扱うのが常である。特に、相手が逆らえないとみるとヒステリックに攻め立てる。最近では、東京オリンピックのエンブレム盗作問題がそうであった。

一般に物事の認識、判断が常に一面的であることが多く、「白か黒か」「all or none 」の二分法になる傾向が強い。多面多層から全体像を客観視するのが苦手である。
日本国民も同様であり、このマスコミの手法に容易に同調する。

日本国民の社会文化、政治的意識の成熟度は、精神でいう所の部分対象関係の発達レベルといえよう。人ではこの構造が残った精神病理を「境界性人格構造」と言い、症状としてはパーソナリティ障害の典型である「境界性(ボーダーライン)パ-ソナリティ障害」を呈する。情緒面や対人関係で極端から極端に走る変動の激しさと、周囲に対する操作的な態度を特徴とするものであり、自我の統合性が崩壊した、いわゆる統合失調症に親和性のある性格である。
日本のマスコミ及び国民性は未だ分離個体化以前の未成熟の段階であるか、あるいは成熟の仕方を誤ったボーダーラインの状態であるかのどちらかであると言うのが小生の見立てである。そして日本のマスコミは基本的には異様であるとは、世界のマスコミがが良く指摘することでもある。

2)舛添氏の本質を見抜けなかった有権者・都民の責任について―
舛添氏の偏ったsekoi 精神性、裏表の二面性、注目を浴びていたい演技性パーソナリティ、虚言癖、屁理屈、負け惜しみにも近い幼稚な論理展開力、これらについてはラプラスの妄想でもしばしば取り上げて(2014.2.10.,2015.6.24.,2015.8.12.,2016.5.18)来たが、「朝まで生テレビ」でみせた論理展開性(歴史認識に関する討論で、「あなたはそれを自分自身の目でみたのですか?」とやり込める程度の論理性)や厚労大臣時代の言動(消えた年金問題で、「横領した社保庁の役人は犯罪者であるから、最期の一円、一人まで必ず摘発して刑務所に入れる、と見得を切ったが、結果としてうやむやにし、一人も逮捕しなかった。)を見れば、十分予想のついたことである。
その程度の知事を選んだのはその程度の我々都民なのであると自戒しなければ、また同じことの繰り返しになる。早くも東国原英夫氏とか鈴木大地氏とかの名前が取り沙汰されて不安な雰囲気である。このレベルの芸能、スポーツ関係者を知事の選択肢にあげなければならない選挙をするために舛添氏の首をとったのか?と言いたい。
彼等を選ぶくらいなら、タダで働くと言った舛添氏に続投させた方が、まだましなくらいではないかと小生はつい思ってしまう。
ホリエモン氏が勘違いして出馬してこないともいえないが、あの五重不倫の乙武氏がタイミングよく退却していてくれて、都民にとってはラッキーであったと思う。彼が無傷で出てくれば、間違いなく当確だっただろう。

3)公明党の老獪な党利党略について
今回のどたばた劇の終焉は、結局公明党の党利優先の戦略に自民が引っ張られた形になった。公明党にとって国会と都議会で与党でいることが至上命題であるから、ここで自民に付き合っていて参議院選挙で足を引っ張られる訳には行かなかったのであろう。選挙で結果的に、自民が少し減り、公明がそれを補う形になれば、自民はもはやいいように操れると思っているのではないか。(衆参同時選挙を思いとどませたように)
つまり舛添氏の不正とか資質を問題にしたのではなく、参議院選挙に不利に働くから辞職を迫ったに過ぎない。それも自民に抜け駆けして対世論の点数を稼いだ。都議会総務委員会での集中審議では、時間稼ぎをして評判の悪かった自民党都議に比べ、歯切れの良かった公明党女性議員の方が誰が見ても見栄えが良かった。つまり公明党は、選挙で選ぶ人(都民)のためではなく、選ばれた人(都議及び政党-公明党)のためにすべてを決めたということだ。

4)知事公用車の不正使用、超豪華海外視察旅行について
湯河原の私邸に公用車で毎週通っていたことが問題にされた。毎週末、行政のトップが行政区を留守にするというのは、確かに問題であるが、公用車を24時間自由に使う位は良いのではないかと小生は思った。毎夕5時退庁を守り通して、実務は殆どしなかったという青島幸雄元知事(「俺は本当はなりたくはなかった」と言っていたそうである)や、週2回ほどしか登庁しなかったという石原慎太郎元知事に比べれば、美術館巡りはしても、彼らに比べれば一応仕事はしていたようだし、知事職は、どこまでが公用で、どこからが私用かというけじめのつくようなものでもあるまいから、セキュリティのことを考えればその方が都民のためにも経済的ではないかと思うからだ。また、公用車となれば、無分別に女性を乗せて移動することもないだろうから、私生活の乱れが都政に悪影響を与える可能性も減り、良かったのではないかと思う。文春もきっと別荘での行動は相当チェックしていたであろうから、彼は別荘ではお行儀が良かったものと思われる。もし、これに女性問題が絡めば、もっと結論は早かったに違いない。

豪華海外視察旅行については、お役人が慣例に従って立てたプランに従っていた、というのが本当の所ではないかと小生は思う。ただ、前任者達より回数が多すぎた。役人は前例、慣例を基本とするから、トップからの命令でもなければ、今回はレベルを落として行きましょう、とは言わないだろうし、役人もおこぼれ頂戴で一緒にいい思いが出来るから、税金を倹約しようなどと思うはずもないからだ。公表されてはいないが、海外視察旅行でファーストクラスに乗ったのは、おそらく知事だけではあるまいし、最低でも全員がビジネスクラスで行ったのではないか、と思う。公金、人の金、税金で良い思いをしたのは決して知事だけではない筈だと小生は邪推するのである。

Sekosa では見劣りしない猪瀬前知事は石原元知事を見習っただけというだろうし、結局税金を湯水のように使いだした元祖石原元知事の会計報告をマスコミは調べ直して公表するのがフェアではなかったかと思うのである。
彼の公私混同ぶりは、都民の税金で尖閣列島を買うと決めたことで想像できるように、我々の常識をはるかに逸脱しているのである。

重ねて言うが、1916年の前回オリンピック誘致運動では100億単位の金が使途不明のままである。
マスコミはそれを知りながら、放置したのである。
石原氏の恫喝に身をすくめたようである。
日本のマスコミは強いものには決して吠えない習性があるようだ。

甘利明前大臣の口利き疑惑は、物証が揃っていながら、何故追及の手を緩めたのか?
小渕優子議員の政治資金疑惑は、明らかな証拠隠滅がありながら、何故不問に付されたのか?
なぜかマスコミは知らん顔である。理由は知らないが、今回とは誰が見ても平等さに欠ける。

5)公私混同、政治資金流用疑惑について
Sekoi と酷評され、品格を下げた公私混同、政治資金私的流用については、額が少ないのが侘しい話になった。やるんならもっと大きくやれよ、と言いたくなったのは小生だけではあるまい。
ところで、追求したマスコミ関係者の皆さんは、社旗を立てたハイヤーに乗り慣れているようだが、時に私用で使ったことが、全く無いと言えるのだろうか?ましてや企業の社長や役員なら、純粋な社用以外の支払いを会社経費で落としたことのない人などいないのではないかと思うが如何であろうか。確かに使ったのは、公金ではないかもしれないが、そのsamosisa や倫理性に置いては基本的に大差ないのではないか。

6)第三者委員会という私設弁護団の醜態
これは噴飯ものであった。疑惑を追及される人が自分で雇った弁護士が第三者であるはずもないのは自明なことである。案の上、トンでもハップンな報告書を提出した。
問題は、こんな委員会を報告書を出すまで曲がりなりにも認め、時間を浪費させたマスコミの姿勢である。端から否定して、本当の第三者委員会を作る方向に行くべきではなかったか。都議会での百条委員会は自公がつくらせないと分かっていたから、なおさらそのように世論を喚起すべきではなかったか。
それにしてもあの元特捜副部長と称する弁護士と部下の弁護士はひどかった。「事実確認などは意味がないから必要ない」、と居丈高に居直るのだから。名前を出したら調査にかかわると言って名前を秘匿してきたが、ヒアリングもしないで雇い主の言葉をそのまま信じるような弁護士の名前を守る必要が本当にあったのだろうか?いずれにしても、舛添氏は弁護士の選択は間違わなかったが、世論の風向きは読み違えたようだ。

7)新都知事候補者について
与党、野党からも何人かの候補者の名前が上がってきている。正直うんざりな顔ばかりである。殆ど何も期待のしようがないような人物ばかりである。
知事になろうというような人のパーソナリティは、「マスゾエ気質」が何処かにあるであろうが、それでも当選するには、とにかく知名度が必要なのも事実なのである。
今の選挙制度では結局人気投票になってしまうが、それが民主主義の限界と言うのなら、選挙制度の工夫をするしかないのであろうか。
現行の知事の直接選挙制が、レベルの低いスキャンダルで失職するような人物しか選べないのなら、総理大臣を選ぶ間接選挙制も選択肢に入るだろうし、衆愚政治を防ぐために被選挙権に今より限定的な条件を付けるのも一法かもしれないと思うのだ。
しかしこれは憲法改正より難しいだろう。
それにしても結局は、有権者、選ぶ側の問題であろう。

作曲家・冨田勲が銀河鉄道に乗って宇宙に帰った。―初音ミクに導かれてカムパネルラに会いに行ったのか?

富田勲

5月29日深夜のNHKBSテレビで、[冨田勲の音楽のすべて」というような特集番組をやっていた。
この5月5日に84歳で亡くなったばかりと言うのに、ずいぶん早い特集番組だなと思った。
おそらく番組製作者に冨田の崇拝者が多く、早くから準備も出来ていたのではないかと思われる。
冨田は、シンセサイザー音楽の第一人者として、またNHK大河ドラマや山田洋次監督の映画音楽で一般にも良く知られた有名な作曲家であるが、いわゆる数多いる有名な作曲家とは一味もふた味も違う、誰よりも表現者としての芸術家達に尊敬される作曲家であった。

音楽のことはよくわからないが、たまたま小生と郷里が同じでもあり、また慶応義塾大学医学部とのつながりで個人的なエピソードもあり、また彼の生き方に個人的に尊敬と憧憬の念を持ち続けていたこともあり、その訃報はひとしお悲しく寂しく感じられた。
彼の公式な履歴、業績はどこにでも詳しく記載があるから、ここでは個人的な思いを反芻し一人静かに瞑目しお別れをしようと思う。

富田の生まれたのは愛知県岡崎市本宿町と言う、岡崎市の東の外れの山村であった。旧東海道から少し山間に入った自然薯で有名な辺鄙な里山である。生家は代々医業を営む地方の名家であり、秀才を排出することでも有名な一族でもあった。その冨田家の一族の一人が小生の実家の近所に住んでおり、主人は東大出身でトヨタ自動車の役員をしており、薔薇の垣根越しにピアノの旋律が聞こえてくるような、我が家とは真逆のハイソな文化的な家であった。親の学歴も資産もない普通の市井の市民であった我が家とは深い交流はなく、同家には年の近い子供達が居たが、学校も違い、なぜか遠くから眩しく見ていたような気がする。

地元の話では、冨田家の両親は、勲氏が慶応の医学部に行っているものと信じ切っていたのが、いつの間にか文学部になっており、作曲活動をしていると知って、ずいぶんショックを受けたということになっている。勲氏は愛知県立岡崎高校から慶応義塾高校に編入しているから、大学入学時にごまかしたか、医学部入学後、教養から学部に進む3年生時に文学部に編入したかは定かではないが、おそらく後者であろう。弟の冨田稔氏は慶応医学部生理学教室の俊英であったが、実家の冨田病院を継ぐためにやむなく帰郷し、3代目の院長になっている。
小生が若き日、名古屋の藤田保健衛生大学のレジデントをしていた時に、冨田病院に時々当直のアルバイトに行ったが、それは院長が未だ慶応で研究教育を継続されており病院を留守にするためであり、また病院の別棟に研究室があったのを覚えている。稔氏は現在は医学部の客員教授になっている。想像するに、兄の勲氏が医者になっていてくれれば、田舎の開業医の跡なぞ継がずに大学での研究者の道が続けられただろうにと恨んだのではないか、と思う。

当人は文学部美術史を専攻し、音楽の勉強を始め、全日本合唱連盟の課題曲で優勝すると作曲の道で生きる決意を固め、在学中からNHKの音楽番組で仕事を始めたという。
卒業後はコマーシャル音楽の作編曲、NHKテレビの「日本の素顔」「新日本紀行」「きょうの料理」などのテーマ音楽をはじめ、NHKの大河ドラマ「花の生涯」を始め5作品、手塚治虫のアニメ[ジャングル大帝レオ][リボンの騎士]「ととろ」など幅広く膨大なヒット曲を世に送り出した。

当時のNHKの音楽担当責任者は、「先生の出来上がってきた曲を皆で聞くと、皆な絶句して黙りこくってしまう。それほどいつも想像を超えた素晴らしいものであった。」と述懐している。

冨田はオーケストラ音楽というものを本当に良く理解していて、それを縦横に使いこなして見せたが、オーケストラ音楽と言う伝統の手法に飽き足らず思うようになり、40代に入るとシンセサイザーにのめり込んでいく。器械の取り扱いに相当苦労を重ねながらも電子音による編曲、作曲を実現して、やがてトミタサウンドとして世界的に有名になる。初めの頃は朝から晩までスタジオに籠っても、2週間で数章しか作曲できなかったと息子の冨田勝氏は言っていた。勝氏はコンピュータ科学の学者であり、現在、慶応義塾大学環境情報学部長であり、医学部の教授でもある。

月の光

勲氏は子供の頃から宇宙への憧れが強く、それは平和への思いと重なるのであるが、その思いを表現するには、シンセサイザーしかないと決心し、苦労の末、デビューアルバム[月の光]を制作したのであるが、しかし、このアルバムは日本のレコード会社は取りあってくれず、米RCAレコードからリリースされると、ビルボードのクラシカルチャート第2位にランクインした。これは日本の楽曲では、坂本九の「上を向いて歩こう(sukiyaki)」以来のことであったという。

その後のシンセサイザーによるすべてのアルバムは様々な賞を総なめにし、いずれも数百万枚と言う世界的なヒットとなった。
冨田のシンセサイザーによる作品は、すべての音色作りから、全パートの演奏、録音、編集まで冨田自身の一人の手による制作であり、その精巧さはだれも真似が出来ないものであるという。

ヨーロッパのシンセサイザーの音色の種類に「トミタ」というのがあり、その中の「トミタフルート」というのは、口笛のような、声のような非常に「人」に近いものであり、冨田の感性でしか出来えなかったものとされている。

50代になると立体音響ライブを開催するようになり、オーストリアのリンツでドナウ川両岸と川面とヘリコプターでスピーカーを吊るした空からの正四面体構造の立体音響を作り「トミタサウンドクラウド(音の雲)」を実現し、以後ドナウ川、ハドソン川、長良川で開催し、壮大な音響ライブのイベントを通じて世界平和を訴え続けた。その思いは、子供の頃に、空から米軍機グラマンの機銃掃射に怯え逃げ惑った経験から、空には宇宙からの美しい星の光と音楽が降ってくるような世界がなければならないという強い信念が原点にあるという。冨田少年が見た、灯火管制をしいた戦時中の夜空の星の美しさを終生忘れることが出来なかったと述べている。

60代に入ってから、山田洋次監督の要請に応えて、「たそがれ清兵衛」「武士の一分」「母べえ」「おとうと」など、いくつかの映画音楽を作っている。
山田洋次監督は「自分が映画で言いたいことをすべて理解して音楽で表現してくれた。音楽を聴くだけで、自分の言いたいことが全て伝わっている。彼は外面には出さないが、人間の真理と言うか、人間が生きて行くことの苦しみや悲しみを本当に理解している優しい人であったと思う、」と述べている。

銀河鉄道の夜

イーハトーブ交響曲

70代になると尚美学園大学の教授になり後進の育成に力を注ぎ、そして晩年は彼自身の音楽の集大成として、彼が最も崇拝した宮沢賢治の銀河鉄道の夜から「イーハトーブ交響曲」を完成させる。彼が永年探していたヴォーカルがようやく見つかって、ライブでコラボしたのが、ヴォーカロイド「初音ミク」であった。

ことさら思想的に反戦を唱えるわけではないが、真に身に着いた平和への希求が、彼のすべての音楽の通底になっているように思える

冨田を敬愛した小室哲也は、冨田の本質は「優しさ」にあったと見抜き、それは、大人の分別から来るものではなく、彼の「永遠の童心」の中にあったのではないかと言っている。
その心で宇宙も自然も心の心象風景も何でも自在に描いたが、彼の「永遠の童心」を象徴する存在がヴォーカロイドの初音ミクであり、彼はミクに宮沢賢治の妹トシを重ねていたのではないかと考察している。

富田勲

冨田は人生のライフサイクルを跨いで乗り越えるかのように、年代毎に音楽の節目節目を作ってきた。
テレビの中で述べていた印象的な言葉がある。
「一つのことを終えると、もうこんなつらいことは止めにしようといつも思うのだが、またしばらくすると、やりたいことが出てきてそれにのめり込んでしまう。その繰り返しだった。」と言っていたが、その行為自体はそれほど特異なことではないが、その辛い一つの体験がいつも成功裏に評価され、それが次に繋がって成功の連鎖になって行ったところが凡俗との決定的な違いである。

これだと思ったら、迷わず進む決断力。そして決めたら、どんな努力も惜しまず、手を抜かず、やり抜く強い意志。それに何よりも類まれな才能。すべてに通暁する深い知性。それらに向けられる人々の尊敬の念。結果としての目くるめく、きらびやかな成功体験。冨田は、彼が作曲した「大河の一滴」のような人生を送った人であった。

空耳妄言⑪-空耳のように聞き流して良いが、誰かが囁いた方がいいような話もある

*都知事になる為のパーソナリティ―「舛添気質」なるもの
舛添要一東京都知事の政治資金私的流用が問題になっている。
誰しも身の周りには、常に人の金にたかるのを信条とするような人は必ずいるものであり、決して特別珍しくもなく、ケチな下品な奴ですむが、政治家と言う人の上に立つ公人が公金を使うとなれば話は別になる。

週刊紙の記事によれば、知事のかつての友人のコメントとして、彼は東大の学生時代から、金持ちの娘としか付き合わず、常に彼女の親に援助を仰いで(たかって)いたという。これは証明のしようのない噂話ではあるのだが、妙に合点がいく話ではないか。

密をたたえた美しい花(美味しい餌)を常にさがしまわる性格が彼をして、政治学者より評論家、そして政治家へ、それも自民党歴代内閣の厚労大臣を経て、新党改革代表に転じたが、都知事になれるなら自民党にまた返り咲くという芸当を演じさせたのだろうか。彼の政治的信条の無さ、無節操さもすべて彼の嗅覚の招くところであったのだろう。厚労大臣時代の所作については既に書いた。(2015.8.12)

公用車の使い方にしても海外視察旅行の過剰経費にしても、規則に違反していない、法的にクリアされているから全く問題ないと言うが、公金と言う税金は使えるだけは使っていいと理解するところが基本的にずれているのだ。
自分の金でなければ、湯水のように使いまくって、それを問われると会計責任者の処理ミスのせいにして、開き直って居座ろうとする。何処かで見た景色だなあと思えば、徳洲会から5000万円を借りてとぼけていた猪瀬前都知事、前回の東京オリンピック誘致で数百億の不明朗な会計をし、開き直った石原前々都知事も同じように、公金を自分の金以上に好きなように使いまくった。
彼らは、たまたま権力を持ったから、つい魔が差したのだ、と言う人もいるが、僕はそうは思わない。これはパーソナリティの問題だと思う。
彼らに共通するパーソナリティは、常に利己を求めて渡り歩き、エサに喰らい付いたら、とことんむさぼり尽く人々、人のものならいくらでも使おうとするが、自分のものには極端にしまりが良く、そして不都合がばれると、とにかく言い訳をする、嘘と分かっていても屁理屈で突っ張り通す、そして自分の立場を守るためには、ときには強圧的に居丈高にどんな強弁、詭弁でも弄することが出来る人であり、つまり人としての基本的な品性の欠落した独特のパーソナリティのことを言う。
ここではそれを「マスゾエ気質」としよう。

彼等は都政にヴィジョンがあって都知事になったのではなく、権力が欲しくて、もっと言えば権力についてくる莫大な恩恵、利得が欲しくてなったとしか思えない、その後の振る舞いである。石原前々都知事は、オリンピック招致運動に絡め美術家の息子に莫大な顧問料を払ったうえ、最後は尖閣列島を都民の金で買うと言い出す公私混同ぶりであった。猪瀬前知事は、道路公団改革委員の時代に年間一千万近いタクシー代を使ったというし、副知事時代に覚えた手口で、石原氏以上に豪華な海外視察旅行を繰り返し、貧乏時代に借りた大金が、端金に思う様になったのか、しらばっくれていたら足をすくわれた。舛添氏は調子に乗って前任者二人よりほんの少し派手に使ったにすぎないのだが、家族やプライベートの美術品の分まで払わせ、センテンススプリング(週刊文春)の格好の標的になってしまった。ただ、報道は、公金の使用額の比較相手を猪瀬、石原両氏だけにしているから、並はずれて多くはないように見えるが、他都道府県の知事に比べると桁違いなのである。

最近になって東京オリンピックの誘致に、2億2千万円が、投票権を持ち、かつ大きな影響力を持つとされた国際陸連の会長に支払われていたことが明らかになったが、当時の下村文科相はその事実は寝耳に水であるというような弁明じみた発言をテレビ番組で言っていたが、その額は裏金でもなく、きちんと報告書にも記載があったから、大臣はその記載を見逃していたことになる。これは、いかに大きな金がメクラ判で大雑把に扱われていたかということを示すものであり、きっと他にもいろんなWOCのメンバーに支払われていたに違いあるまい。

あのIOCでの決定の瞬間の大喜びの映像は、今となっては白々しい。

実際のオリンピック事業では、千億単位の金が動くのだから、「マスゾエ気質」を持つ政治家、役人、スポーツ関係者、公共事業者は笑いが止まらない、殆ど濡れ手に粟状態になるに違いあるまい。もう既に、招致費用、競技場建設費用、エンブレム選考問題でも、その馬脚は現れているが、これから一体どれだけの公金が闇から闇に消えていくか想像することさえ出来ない。

今後、舛添氏が知事に居座れるかどうかは微妙だが、猪瀬氏の徹(辞めてしまえば、ただの人)は踏まないように、知事の椅子にしがみつくに違いないだろう。なぜならオリンピックというとてつもない利権が目の前にあるのだから、辞めるにやめられないだろ、それがマスゾエパーソナリティというものだからだ。

これらの問題は、遵法であるかどうかというより、モラル、行儀の問題であるから、結局はパーソナリティの問題に行きつくだろう。従って、例えいったん収まったところで、早晩また同じようなことに及ぶであろうし、もし舛添え氏が辞任、しまた選挙になっても、どうせ「マスゾエ気質」なる人物が知事になるであろうから、同じことの繰り返しになるだけだろうと危惧するのは小生だけだろうか?

彼の離婚した元妻で代議士の片山さつき氏が、テレビのインタビユーに応えて、「彼は、少しも変わっていないですね。それ以上は元妻としては言えませんが。」と言っていたが、おそらく小生が指摘した体質について同じような考えではなかったかと思う。

それを聞いた時に小生は、片山さつき氏は、舛添氏に比べれば存外真っ当な人物なのかもしれないと、不覚にも思ってしまった。

相対化とは実に恐ろしい思考様式であります。

*三菱自動車の燃費偽造問題は日産ゴーン社長のマッチポンプではないのか?
100年以上も時の権力に結びつき巨万の富を得てきた財閥と言う組織が国民の為を思う所業をするとは、元より考えにくいが、三菱自動車はトラックのタイヤが外れて死傷事故が連続して起きるまで、あえて不備を隠してリコールをしなかった事件に続いて、全自動車の燃費を全く虚偽の作文していた問題が発生した。

三菱自動車は、さすがに今回ばかりは三菱グループから見離されるのではないか、とみられていたが、間髪を入れずに日産が2000億以上出資して買収を決めた。

シャープのように、露骨な外資の買収の形をとらず、社員も株主も国民も良かったと感じたかもしれないが、肝心の燃費不正を告発したのが日産であるとなれば、話は出来過ぎではないだろうか?
三菱の軽自動車の技術力とアジア圏での販売力が欲しかった日産が、燃費不正をリークして三菱を窮地に追い込み、そこで白馬の騎士然として現れ、救いの手を差し伸べるかのように偽装し、有利な条件で買収した、と考えるのはウガチ過ぎた見方であろうか?

その後のゴーン氏の張り切りようを見るとあながち外れていないように思えるのである。

*蜷川幸雄の「枯れずに走り続ける」もついに止まった―そして死しても、その威厳に群がる人達
演出家の蜷川幸雄氏が80歳で亡くなった。僕はこの領域、業界に疎いので、彼の偉大さの本当の所は良くは分からないが、彼の逝去に際して実に多くの人が、彼から受けた薫陶を語っている。実際には大した関係でもなかろうようなジャニーズ系の人達も、われ先にと、恩人のごとく悼む言葉を述べているのは、なぜか自分のプロモーションのようにも聞こえてあざとくさえ思うほどである。

そんな中で、心に沁みる真情溢れる良い文章が日経新聞(2016.5.16)に載っていたので紹介する。

かつて自由劇場を率いていた劇作家で演出家の佐藤信の言葉である。

佐藤信が1971年に黒テントの旗揚げ公演を後楽園球場でした時、蜷川さんは自分の劇団仲間と一緒に観劇に訪れ、帰り際に「うん、俺たちのやりたいのとは違うけどな」と言って励ましたという。率直で心が通じる励ましであったと書いている。

蜷川さんは嘘の無い人であった。張ったりや衒い、ともすれば世渡りの手管の様なものばかりが見え隠れするような場所にいて、かたくなに、生真面目に、演劇を信じ貫き通した。後年授与された文化勲章をはじめ様々な「栄誉」をごく自然に身にまとい、同時に、すぐそのことを忘れさせてくれるような、根元的な飢えと怒りを手放さない生来の純粋さがそれを支えていた。

昨秋、酸素ボンベからのチューブを鼻に着けて車椅子で稽古場に登場する蜷川さんの様子をテレビで見た時、いつもの通り、照れを含んだ独特の微笑を浮かべており、「相変わらず元気だな」とやり過ごしてしまったが、ただ事でなかったのは、蜷川さんが酸素ボンベを手放さない自分の姿を、あえて世間に曝して見せたことだ。画面を通して発せられていたはずの、蜷川さんの生真面目さ、かたくなさに由来する覚悟のメッセージを読みとれず、浮薄で皮相な視線でやり過ごしてしまった自分の目の曇りが返す返すも情けない。

蜷川さんは晩年の5年間に40本近い、それぞれが傾向の異なる多彩な舞台を手がけた。彩の国さいたま芸術劇場でのシェークスピア全作品上演への挑戦、高齢者劇団さいたまゴールドシアタ―と若者劇団ネクストシアタ―の活動。三島由紀夫、福田義之、清水邦夫、井上ひさし、寺山修二、唐十郎から野田秀樹、ケラリーノサンドロヴィッチに至る幅広い劇作家の演出を手がけたが、特に60歳を過ぎてから多作になったという。

60代、とりわけ70代に入ってからの猛ダッシュを、自身は「枯れずに走り続ける」と表現していた。言葉をかえれば「あきらめずに求め続ける」ということだろうか。ここにも蜷川さんらしい純粋さの結晶がある。

演劇を「夢」や「未来」を通しては語りたくはない。そのような観念の世界に拡散することなく、「いま」「ここ」にある具体的な表現だけが、蜷川さんにとって演劇のすべてだった。蜷川さんは死後まで、飢えと怒りの感情を梃子に、執拗に演劇を問い続けた。だから休み無く舞台を作ることだけを、激しく自らに課して実行した。蜷川さんが最後まで心血を注いだ舞台そのものの痕跡は、既にどこにも存在していない。劇場とはそういう場所だ。

独り瞑目して、静かに旅立ちを見送る。
「拍手はなしな」、蜷川さんは言うだろう。

「枯れてたまるか」は彼の最後の生き様であった。
この一言だけで、僕は勇気がもらえる。

熊本・大分大地震で思ったこと~災害一元的管理システムの常設(災害庁)こそ急務ではないか

今回の熊本・大分大地震災害で一番に印象に残った言葉は、熊本県知事だか市長の痛切な発言であった。「私達は最近でも阪神淡路大地震、中越大地震、東北大地震などを経験してきて、それなりの準備はしてきたつもりだが、自分事としての意識が無かった。今はすべてが後手、後手になっている。」と救援対策が効果的に上手く運ばないもどかしさの叫び声であった。
何処で何が起き、何が必要なのか、どこに何が(物質的、人的資源)あり何が出来るのかの全体状況が把握されていない事への怒りにも近い焦りの思いであったのだろう。
その時に政府(河野太郎防災担当大臣)はテレビに流れる避難所の状況が野天下であったことが、被災者が辛いだろうと思ったのか、あるいは、そんなシーンが諸外国に流れては体面が悪いと思ったのか、「全員を即刻、屋内に避難させろ」と、強く迫った。知事は「余震が強くて、屋内にいられる状況ではない」と反論し、政府の状況把握の甘さに呆れ怒った。政府の激甚災害指定は要請よ7日以上経ってからという足の鈍さであった。

要するに全体状況の把握が、発生後、時間がたっても出来ていないことが問題なのである。
これだけ多くの自然災害を経験していながら、その経験値を政府は殆ど生かしていないに等しいのだ。大変だ大変だで場当たりで過ごしてきて、落ち着けば忘れてしまう、我々市民の感覚と同じという訳だ。

災害が発生したら自動的に避難できるシステムを市町村の地方自治体は平時から構築しておき、災害が発生し住民が避難出来た頃には、県が県内の全体状況を把握する、同時に国の専門機関が各県に渡る全体状況を把握し、必要性の優先順位を立てて、最も効率的な救援の手順を設定するのだ。そのためには全国の県知事も警察も消防も、自衛隊も命令下における強大な権力が必要になるから、内閣官房にそのような機関を常設しておく必要があろう。災害が起きてから政府が特別対策本部を設置するのではシステム作りは間に合わない。
情報も活動も一元管理出来れば、崩壊したインフラやライフラインの再建にしても、どの順番にやるのが最も良いか青写真が作れるし、救援物資の配給にしても、被害の無かった近隣の県に屋根つきの野球場や体育館などに集配センターを設け、公的な物資も全国からの義援物資もすべてそこに集め、必要なところに必要なものを無駄なく分配する。民間の流通組織は既にそのノウハウを持っているから智恵を借りれば済むことだ。
ボランティアの人的資源も数カ所に合宿するように集め、適材適所で派遣するようにすれば行く方も受ける方も安心して早い時期から機能出来る。公務員用の施設をはじめ国民宿舎だのカンポの宿など半公的機関や大企業の保養所などを中心に、いざという時のために前もって契約をしておくのだ。状況によってそれが避難場所であったり、ボランティア宿泊施設であったりすればいい。

避難している人達の大きな不安は、自分たちの状況が行政に把握されているのかということではないかと思う。何が必要なのか理解されているのか、このまま待っていれば、救助、援助は来るのかという不安であろうかと思う。
そのためには可能な限り情報を提供し、官民が共有するしかないであろうから、災害地専用のテレビ局を開設すればよい。それは地元のテレビ局が全国ネットから外れて役割を果たせば済むことだ。24時間中央管理センターに集まった情報を詳細に逐一流すのである。「何々村の何々さんはどこどこにいて元気でした。」というように。
とにかく情報の一元管理をなるべく早く出来るよう日頃からそのようなシステムが発動できるように準備しておくことが大切であると思う。

マイケル・ポランスキーという、彼の業績で高校化学の教科書の半分は占めるという天才科学者でありながら後に生命科学、社会科学に転じた人がいるが、彼は「暗黙知と層の理論」で自然、社会現象を説明した。「部分として認識するのか、全体として認識するのか」の違いで答えが変わるというのである。層の一つ上では全体として把握でき、二つ上ではその意味が分かるというのである。例えば文章を考えると、文字の集まりが(上の層)は単語であり、単語の集まり(上の層)は文であり,文の集まり(上の層)は文章になる。このことは、文字の二つ上の文になって少し意味が分かり、単語の二つ上の文章になると本当の意味が分かることになる。文字は被災現場であり、単語は市町村であり、文は都道府県であり、文章は国であるとすれば、全体の意味が分かるのは小規模の災害でも県でなければ、大規模な災害となれば国家でなければその災害の意味が分からないことになる。この理論から言っても、今回のような大規模災害では自動的に政府が前面に出て一元管理するしかないことになる。

一時も早く政府はそのような機関(災害庁)を常設し、日頃からいつどこでもそのようなシステムが発動できるように体制を作るべきだと強く提言したいと思う。
それは全国の地方自治体行政、警察、消防はおろか自衛隊も命令下におけ、外国軍隊の援助を受けるかどうかの判断が出来るものでなければならないから、内閣直属の強権的な組織になるであろう。従って、それは国民にとっても両刃の剣にもなりかねないから、その権力機構の監視もおろそかには出来ないのではあるが、それでもそのシステムの益するところの方が大きいと思う。
同時に、その懸念のためにも今のマスコミの政府監視機能の体制を何とか健全なものにしなくてはならないのではあるが。

原発をなぜ停めないのか。
今回の地震に関連する地域に、国内で唯一稼働中の川内原発があるが、後から本震が来るような余震群発の危険な状況にあっても一時停止もしないでいる。それは、「これだけの地震でも安全であった。」と言いたいがために安倍内閣は、国民の命を賭けて、イチカバチかの賭けに出た結果なのである。政府は原子力規制委員会が大丈夫と言っているから停める必要はないという論法であるが、原子力規制委員会も再稼働時に想定外な規模の地震が来ても安全であると言い切った手前、震度7レベルの地震が来たからといって止めろとも言えないであろう。
こんな大事が、日本のマスコミでまた大きな問題にもされずにいるという奇妙な現象に外国のマスコミが再び疑念を示している。
政府の対応にきちんと批判したのは外国のマスコミだけであり、わが国ではNHKの会長は地震と原発に関わる報道は控えるように指示したし、大手新聞では一部が蚊の様な声でつぶやくのみであった。
まことに日本のマスコミは相変わらずクズである。

ではいざ福島の二の舞の事故が起きた時に何と言い訳をするというのか。
原子力規制委員会のメンバーは、きっと辞めれば済むくらいに思っているのだろう。これも永年、わが国では政治家や役人の結果責任を問わずに来た悪弊なのであろう。
原発を推進したい一念で国民の命を平気で賭けるような連中に自分達の国を任せて良いのか真面目に考えないと、日本人は国家に対して自虐的な民族であると諸外国に冷笑されかねないと、我々もそろそろ気づくべきと思うが、いかがであろうか。

今回の被災状況をみて、つくづく思うのは、この震度7レベルの地震であっても、もし東京に来たらどうなるのだろう、ということだ。最近の、20年以内70%の確立で起きると予測される震度7レベル直下型関東地震のシミュレーションでは死者数万、家屋を失う避難民数百万と言われているが、都庁も、霞が関も破損して機能停止状態になったら、どこが救助、再建の指揮をとるのか?そのような国家存亡の危機の備えは都にも政府にもあるのだろうか?先に述べた災害庁だけは、せめて安全エリアに置いた方が良いのではないかと思うが、対策はどこまで建っているのだろうか?まともに考えれば都民はオリンピックに浮かれている場合ではないだろうに。
まあ政府の連中も自分の命だけは欲しいだろうから、何処か安全な所に大本営だけは造ってあるのかもしれないが。

我々一般国民は、冷静に理性的に考えれば、東京から早く逃げ出すしかないのであるが、なぜかパニックが起きるどころか、東京の人口だけは増え続けているらしいのである。
やはり都民も熊本県民がそうであったように、いつかは来るかもしれないが、今日明日にも自分ところに来るという自分事には考えられないのであろう。

「わかっちゃいるけど、、、 。」人間とはそういうものなのかもしれない。

空耳妄言⑩-空耳のように聞き流して良いが、誰かが囁いた方がいいような話もある

*高市発言に沈黙する日本のマスコミーどこまで舐められても反応しない日本のマスコミの呆れた機能停止状態

高市早苗総務大臣が、日本のテレビ局の報道姿勢に「政治的公平性」なるものを求めて干渉する発言を2月以来繰り返している。「政治的公平性に反する番組を繰り返し流した場合、総務大臣の権限で放送局に電波停止を命じることもありうる」という発言を繰り返し、マスコミを恫喝した。

そもそも放送が公平かどうかは政府が決めることでもあるまいし、放送が公平である必要があるかどうかも分からない。

権力者というものは、権力をいつまでも維持しようとする本能があり、その為には国民を抑圧するのはおろか、ともすれば戦争へと暴走もしかねないものである。
国民は自由平等と平和を享受する権利があり、それを守るためには政治権力を常に監視できる社会装置が必要であり、それをマスコミに託しているのである。
従ってマスコミの報道の自由、言論の自由を守ることは、我々の当然の権利とわが身を守ることでもあることは、小中学生でも知っている理屈である。

この政治権力側からの干渉に対してテレビ局サイドからの反論も抗議も聞こえてこないのは異様であるし、国民からの怒りの声も上がらないのは不思議な現象であるが、元々政権擁護を公言してはばからない今の大手マスコミが世論を誘導しているとすれば、それも不思議なことでもないであろうし、3月の年度末で、比較的政権批判的な発言の多い報道キャスターが相次いで降板するのも、テレビ局側の自主規制なのであろう。

このような事態に日本の、殆どのジャーナリストや評論家達が報道の自由の危機を懸念する声を上げないのが異常であると、イギリスの「ガーディアン」『エコノミスト』、アメリカの「ワシントンポスト」など外国のメディアが記事を書いている。
在日外国メディア特派員も「外国人記者は見た日本 イン ザ ワールド」で、一様に日本のマスコミの異常さを指摘した。
これは先に原発問題の時にも指摘したように、日本のジャーナリズムは機能不全であると警告しているのである。

マスコミという媒体は権力に対して中立であれとか、反対意見を言うなら対案を出せ、というような声が、世論から、あるいは権力側から喧伝されるが、それは間違いなく権力の挑発でありワナでもある。
マスコミは政党ではないのだから、マニュフェストを提示する義務も必要も無いのだ。

そして、もし一旦にしろ政権支持を表明すれば、権力側から提供される密の味を覚えて、牙を抜かれてしまうに違いあるまい。
現状はまさにそのような状況であり、そうであるからこそ権力はカサにきてマスコミを支配下に置こうとするのである。
私達国民は、著明なジャーナリストや評論家たちが、「総理との食事会に招かれた(俺も偉くなったもんだ)」と、得意げに話すのを見るにつけ、「オイオイ、そんなことで大丈夫かよ」と思ったりするのだ。

福島の原発事故の時に、「今は国難有事であるからマスコミも政府批判は控えるべきだ」という論調がマスコミの内部から起きたが、これはトンデモナイ考えだ。それでは先の戦争の時に、今は国家存亡の危機だとして反戦思想をひっこめ、戦争を支持し、戦況を正確に報道せず国民の判断を誤らせ、結果として多くの国民の命を無駄死にさせた、権力の走狗に成り下がった大政翼賛新聞と化した大手新聞と同じことになるのではないか。

マスコミは権力に対して常に批判、抵抗の姿勢を崩さず、権力に都合の悪い情報、権力が隠したがるような情報をどんどん暴露すればいいのであり、それが最も大事な役目でなのである。その情報の評価判断は国民が、あらゆる方向から多彩多様な情報を得て自立的に自由に判断すればよいのであり、それでようやく権力とのバランスがとれるのである。

マスコミに元より公平中立性など必要のないことなのである。
マスコミは政府の肩を持つ義理などないはずだし、常に批判だけしていればよいのである。そしてマスコミが主導して政府と国民世論のバランスをとる必要など、これっぽちもないのである。それは不必要なばかりか害悪ですらあることは我が国の歴史の教えるところでもある。

*乙武氏の不倫騒動―さわやかビジネススマイルの欺瞞と裏切り

乙武洋匡氏は2000年に「五体不満足」というベストセラーで世に出て、その後一貫として、障害にもめげない爽やかなスマイルで、スポーツから広く社会評論までコメンテーターとして人気を博してきて、東京都の教育委員になったり、次の参議院選挙では自民党からの立候補が有力視されていたが、今回の複数の不倫報道でいささか雲行きが変わってきた。

小生は障害者を差別、特別視しないことに少しも異論はないので、障害者なのに、、、、障害者だから、、、というつもりは毛頭ない。従って乙武氏が品行方正でなければならないという理由もないし、障害者が健常者と同じように性欲があるのも至極当然であると思うし、相手が見つかれば不倫をしても一向におかしくはないと思う。そのかわり、その結果責任も特別扱いする必要もなく、世論の指弾も同様に受けるしかないだろうと思う。

不倫騒動の謝罪コメントに妻が登場するのはいかにも小細工めいて不自然だし、この時ばかりは障害者であることを陰に陽に、言い訳のようにする(手が無いという不自由さは健常者には分からないこともあるというのだ)のも潔くないと思う。

車イスを押して援助する人をポーターというらしいが、ポーターは身体運動の不自由さを支援するだけでなく、下半身の面倒まで見るものなのか、というような世評が広まれば、ボランティアにも敬遠され、車いすを押すことに抵抗感がでれば普通の一般の障害者には大変な迷惑がかかるなんてことは彼の明晰な頭脳の隅っこにもなかったのだろうか。

おそらく、これも自分は広く国民の支持を得ているという驕りから来る、イクメン不倫のM議員と同じく[ヒューブリス(傲慢)症候群]なのだろう。
要は彼は、自分は特別であり、自分の行為が一般の障害者にどのように迷惑をかけるのかを思いやる理性もない(というか、俺はお前たちとは違うんだ、という意識があるようにうかがえるのだ。)ただ自己愛の強い権力志向的な人格なようである。そして人並み外れた性欲の持ち主で、女性をつい性の対象にしか見れない、本性はアンフェミニスチックでアンヒューマニスチックな人格の持ち主なようである。
その一端は、過日報道された、銀座のレストランの入店騒動でも見て取れるのであるが、その時はまだ店側の落ち度として片付けられたが、今回ばかりは相手だけのせいにはできないだろう。

あの爽やかな言動と所作、スマイルは謂わばビジネス用であり、それに乗せられて彼を国会議員にでもした時には、手の付けられないセクハラ議員になったであろうことは、今になってみれば想像に難くない。

乙武夫妻は、目の前まで来た国会議員としての将来を失うのが耐えられず、そのためには夫婦が和解したと言わざるを得ないのだろうが、果たして国民の目はそれほど節穴でもあるまいとおもうが、、。おそらくそのうちに又弁明の機会を作って登場してくると予測するがいかがだろう?

とにもかくにも、この一件は何ともグロテスクな人間模様であったと感じたのは小生だけであろうか。

高浜原発3・4号機,運転差し止め 大津地裁が決定―司法は行政を制御できるか?

1~2月に再稼働した関西電力高浜原発3・4号機をめぐり、大津地裁は3月9日に,滋賀県の住民29人の訴えを認め、稼働中の原発2基に対して運転を差し止める仮処分の決定を出した。決定した理由の骨子は、
①原発の安全性の立証責任は関電側にあり、十分説明できない場合は判断に不合理な点があると推認される。
②福島原発事故の徹底した原因究明が無く、新規制基準はただちに安全性の根拠とはならない。
③過酷事故時の安全対策が十分とは証明されていない。
④国主導での具体的な避難計画の策定が必要。関電も避難計画を含む安全確保策に意を払うべきだ。
としている。

至極まともな判断と言えよう。1)安全性の立証責任は、資料を持つ電力会社側にあるとしたことは至極当然なことである。2)福島第一原発事故の重要性を鑑みれば、原発がいかに効率的でも、事故が起きれば環境破壊の範囲は国境を超える可能性すらあると指摘し、安全基準は、対策の見落としで事故が起きても致命的にならないものを目指すべきであるとした。福島事故の原因究明は、今なお道半ばと言及、メルトダウンに至った原因が何処にあったかの検証も出来ていない段階での状況下で新規制基準を定めた国の原子力規制委員会の姿勢に非常に不安を覚えるとし、その新規制基準による審査は国民の安全を考えるととても認められるものとは言えないとした。そもそも絶対の安全性など誰が言えるのか、従って必要十分な安全対策などあり得ないのである。3)避難計画を県に任せるのではなく、国主導でやるべきである。避難計画は、県単位で出来るものでもないであろうし、避難計画には多くの規制基準が必要にもなるのだから、国には信義上の義務があるとしている。

福島で、散々言われてきた、「想定外のことだから」は、実際には想定出来ないことが起こりうること証明したのであるから、「考え得る世界一安全な規制基準」では全く意味をなさないことは自明のことである。何が起きても、どんな想定外の事態になっても、安全のための対策が担保されなければならないのだが、原子力エネルギーに関しては、人類は未だに原子炉廃棄物の処理法すら持っていないではないか。それゆえ、当然のことながら、人類は未だに原子力というエネルギーを使う資格も権利もないのである。
例えば、隕石が原子炉に直撃した場合、そうでなくとも北朝鮮のミサイルが直撃した場合でも、政府は「想定外のことが起きたのだから、すいませんね。」で済ませると考えているのだろうか。
多数にものを言わせて、安倍政権はやりたい放題であるが、原発に対しては異常ともとれる肩の入れようである。東北に未だ避難民の残るさなかでの早期稼働、原子力発電所の輸出と、ついこの間、メルトダウンを経験した国のふるまいとは到底思えないとは、BSTBSの「外国人記者は見た!日本inザ・ワールド」での外国特派員の多くの意見であった。さらには、日本のマスコミがそのような政府を殆ど批判しない態度を、マスコミ人として異常であると、心底呆れた顔で揶揄しながらも、マスコミが機能しない日本に危機感を表明していたのが印象的であった。
日本の司法は、政府・行政機関の監視役という使命を放棄した日本の報道マスメディアに代わる存在になりうるのだろうか?大津地裁は大方の予想を裏切る英断であったが、司法も上に上がるにつれ腰砕けになるのが常であるから楽観はできないが、原発に関しては、司法は、今までの政府の方針を追随し黙認してきたことが福島を招いた原因の一端であることを反省し、権力におもねずに当然の常識で対処してほしいと願うばかりである。

原発があってはいけないことは、選択の余地がないほど、また考えるまでもなく、当たり前すぎる程当たり前のことだと僕は思うのである。

空耳妄言⑨-聞き流して良いが、誰かが囁いた方がいいような話もある

 

*川崎市老人ホームの老人転落死事件の意味すること
 2か月の間に80歳以上の老人が3人も、老人ホームで肩まであるフェンスを乗り越えて転落死した事件があったにもかかわらず、警察はこれを事故として扱い、これ以上は調査しないと決めたと発表があった時には、誰もがおかしいと思ったものだ。

 警察は初動捜査のミス隠しで殺人事件を闇に葬るのか、という世論をさすがに無視できなかったのか、警察庁あるいは検察庁の上部組織からの指導があったのか、あるいは警察官の中にも良心のある警察官が居て事件としての捜査を主張したのか分からないが、とにかくその後も捜査を続け、1年2か月ぶりに元職員を容疑者として逮捕した。この男は、3人の老人が特に手がかかり気に食わなかったから、殺そうと思って投げ落としたと供実したという。

 何とも気の滅入る事件である。
 マスコミの多くが言ったのは、犯人の非人間的な異常で残忍な犯行は許されないが、介護現場の過酷な労働と低賃金という特殊性が背景にあると言う論調であった。

 確かに容疑者の残酷な身勝手さはいくら糾弾してもしきれないものではあるが、では老人達を介護施設に入所させている私達シャバの人間はまったくイノセントと言えるだろうか。
 老人ホームという所は、昔は身寄りのない老人が一人で暮らせなくなって行くところではなかったか。今は普通の家庭でも、親がある程度の高齢になり手がかかるようになると当然のように施設に入れるようになった。この風潮こそ問題の原点ではないかと私は思う。
 老人ホームに入れるという時点で、いわば姥捨て山に捨てたようなもので、私達は老人を見捨て、間接的には殺しているのではないかというのが私の主張である。

 人の一生は皆それぞれ苦労の連続であり、若くしては勉学に追われ、成人になっては懸命に働き、子供を育て一人前にすると、知らぬ間に老いているものなのである。老いて自分の世代の役割を終えると、社会から用無し扱いにされ、生きる目標を失い深い孤独感に向き合うのである。
 昔ならそこで家族の長として大事にされ、孫の面倒を見ながら自分の人生の来し方を振り返りつつ孫に世代性を実感しながら孤独を癒すことが出来たのだが、現在のように家族から見離されて老人ホームに入れられ、そこでは丸で人間としての尊厳すら守られず、まるで物のようにただ管理される生活では老人の孤独は耐え難いものであろうことは容易に想像がつく。
 老人の最大の敵は孤独である。老人こそ団欒のある食卓が必要なのである。

 これは自分の母親の老人ホームでの生活を見て感じた実感である。

 私達は老人を、人生の先輩として、自分たちが今ある社会を過去から今に繋いでくれた恩人として、もう少しは敬意を払って良いのではないだろうか。儒教の教えにそうあろうがなかろうが関係なく、素朴にそう思うのである。そんな老人たちに人生の終末に臨んで、どうしようもない絶望的な孤独の中で死に追いやる社会が正しいとは僕には到底思えないのである。
 すべからく老人は、家族、地域の中で畏敬の念で遇されて人生を終えるべきであると思う。
 かつては高齢者が少なく、長生きしているということだけでも尊敬された時代と、平均寿命が90歳になり、100歳以上も決して珍しくない時代だと、皆を長老扱いなどできないというかもしれないし、家族もかつての大家族制ではなくなり、しかも共働きが普通になり、老人の面倒を見ることが出来る家族構成でないというかもしれないが、果たして、それだけで十分説明が付くだろうか?老人を施設に入れた方が、自分達が単に楽だからではないのか?どこかに赤信号、皆で渡れば怖くない、という後ろめたさがあるのではないだろうか。

 なぜこんな世の中になってしまったのか?
もう,昭和のような、ぬくもりのある家庭があちこちにあり、老いることを今ほど恐れる必要のない社会には戻せないのだろうか?
 科学が急速に進歩し、それに合わせて社会も変化した。インターネットで今人々は人類史上でかつてないほど、地球的規模で結ばれている。瞬時に誰とでも話すことが出来る。しかしこの連帯はどこか嘘っぽい。同時に沢山の人と手を繋いだが、電源を落とせば瞬時に切れてしまう泡沫のものであり、文明の進歩は、このような希薄な人間関係が普通な社会を作った。それは、今時の若者たちの友人関係の在り方にも見て取れるが、おそらくそのような対人関係の薄さが家族の人間関係にも影響を及ぼしているのだろう。

 人類は、基本的には宇宙という大自然の中で、より豊かに、より便利で平等な社会に向けて向上的に進歩して来たと思うし、これからもおそらく紆余曲折があっても、そうあるだろうとは思うが、老人を廃物のように大事にしない社会だけは根本的に間違いだと思う。

 老人を家庭、地域の中で介護し暮らせるように政治は動くべきである。
そのための予算を惜しむべきではないと思う。詰まるところ、社界の富の再分配の仕組みを変えれば済むことであるし、直近では福祉予算の配分を公平にすればよいのである。

生活保護費の出鱈目な使い方を改め、精神医療福祉予算の放漫な使いすぎを止めることで相当な税金が浮くはずと思う。
 先にも言ったが、精神病院の長期入院患者は障害者年金で支給された額を使い切れずに100~1000万単位の現金をプールしていることは珍しいことではない。また全国の精神病院経営者は、例外なく皆けた外れの資産家になっている。これらの資金源はすべて税金なのである。このように税金をかすめた金が個人の懐に、全国でどれくらい眠っているか、想像もつかない額であろう。
 同じことだが、介護施設に予算を厚くしても、無駄だと思う。介護ビジネス事業者は、そこには確実に税金が回ってくるといううま味に目ざとくビジネスチャンスとみた人が多いから、予算を厚くしても、経営者が太るだけで、介護師の待遇や施設の環境がそのまま改善されるとは到底期待できないと思うからである。

 介護ビジネスは精神福祉医療ビジネスと同様に税金を食い物にする一種の貧困ビジネスといえよう。

 介護を受ける老人の精神的な健康の面からも、税金の適正で有効な使い方から考えても、これからの老人介護は介護施設の充実を図るのではなく、家庭介護の方向で考えるべきであると思う。
 介護される人が各家庭に分散すれば、介護サービスの能率も悪く、質も低下するだろうが、それでも老人は介護施設より家族と共にいたほうが幸せに違いないと信じるからである。

今世界中の国家の社会が、この先の展望が描けず迷っている。世界の各地でテロという戦争が始まり、その解決の糸口すら見えない混迷の中にある。今、私達は、古代ギリシャの先人達や現象学のフッサールが言うように、行き詰まったら、一旦エポケーして考える、時には過去に退行してみるのも有用ではないかと思う。
 昔の社会の人間関係が旧式で陳腐とは限らないのである。

*ゲスの不倫騒動
 スキャンダル処女と言われたタレントのベッキーが不倫をして袋叩きにあい芸能界から姿を消した。

 昔から、不倫失くして文学は存在しなかったというほど不倫はそれほど珍しくもないことである。ただ、それが良いか悪いかについては、ここでは触れないでおこう。
 渡辺淳一の「失楽園」や森瑤子の「情事」は不倫ブームを引き起こしたし、最近では東野圭吾の「夜明けの街に」や辻仁成の「サヨナライツカ」がヒットした。有島武朗や太宰治、檀一雄などは小説内に留まらず、私生活も大波乱の人生を送っている。海外の古典的名作であるトルストイの「アンナカレーニナ」スタンダールの「赤と黒」などはいずれも不倫がテーマである。

 これに乗じて、「不倫は文化」と開き直ったチャラ男の芸能人もいた。
芸能界でも不倫は決して珍しくはないだろうに、なぜベッキーはあそこまで叩かれたのだろうか?実はそんな考察は僕にはどうでもよいことであって、ここではベッキーが再び浮かび上がる方法について私見を言おうと思う。
 それは不倫愛を貫いて結婚まで成就することである。結婚まですれば、略奪愛とか言われようが、段々その愛の一途さ、真剣さが賞賛されてくるだろう。なぜなら多くの人達の心の底に、そのような不倫願望があるからである。ベッキーはうまくすれば小説やドラマの主人公になれるかもしれないのだ。
 逆にここで、変に反省して良い子に戻ってしまえば、芯の無い軽薄な色ボケ女で片づけられてしまうだろう。

 その興奮冷めやらずのタイミングで、今度は自民党のMチャラ男議員が勘違いして登場してきた。よせばよかったのに、育メン宣言なんかして良い男ぶったりしてたもんだから四面楚歌の集中砲火を浴びた。どうも根っからの自己愛性勘違い男らしいが、精神科医片田珠美氏によれば、彼のような人を、自分は特別だという驕りで自滅する「ヒューブリス・シンドローム」傲慢症候群というそうである。
 どうでもいいが、精神科医は、何でも病名をつけたがるから困ったもんだと思う。特徴的な、ある精神状態に名前を付けるのは良いが、症候群は一般的には病名だから、病気だから仕方ないかと大目に見るようになってしまう。それは有名人が、都合が悪くなると病気を騙って入院するような方便を与えるようなものに似て思える。
 私が精神科医は本質的に体制護持派であると常々思う所以である。どうも精神科という所は、正常範囲をやや超えてしまうと、〇〇症候群、〇〇依存症と名前を与え病気にしてしまう習性があるようだ。パソコンやスマホをやり過ぎれば、ネット依存症、女とセックスが好きで生活が破綻すればセックス依存症、賭け事も度が過ぎればギャンブル依存症のようにである。

そうして精神科医療の市場は膨らむばかりだが、かと言って、社会復帰できるまでの治療効果は一向に上がらないにもかかわらずだ。

 M議員は、性格は異常に近いが、病気ではないだろう。彼は正規分布のカーブの端っこにあるだけの事なのだと思う。彼は、この件で全国区の有名人になれたのだから、彼はますます不倫歴を重ねるのではないかと邪推する。
 この手の男でも有名人ともなれば、その名前に弱い女性は決して珍しくはないと思うからである。

 

空耳妄言⑧-空耳のように、聞き流して良いが、誰かが囁いた方がいいような話もある

年の瀬で、いろんな報道番組でも、今年の重大ニュース的に一年を振り返った特集を組んでいる。
何と言ってもイスラム国ISを始めとした過激組織によるテロ事件だろう。それと難民問題。国内では安保法制、沖縄辺野古の基地問題が挙がっている。
そこで僕もこの一年の空耳妄言を振り返ってみようと思う。
 全部を検証すれば、結構な量になろうから、ISのテロに絞って感じるところを述べてみようと思う。

 2015年の新年はジャーナリストの後藤健二氏のIS人質事件で始まった。この事態に僕は本欄で政府とマスコミの対応を非難している。2億ドルを要求された政府は「テロには屈しない」を錦の御旗に後藤氏を見捨てた態度に、「まずは命を救え、後はそれからだ」(2015.1.23)として国家とは何かを問うた。政府が本当に後藤健二氏を助ける気があるなら、政府はイスラム学者中田考氏を派遣するべきだと主張した(2015.1.25)。政府は結局傍観しヨルダン政府に丸投げしたため、人質としての価値が亡くなった後藤氏は公開で斬首処刑された。これうけ、2.2には、「国民の命を守ろうとしない国家とは何か?」で、安倍首相が、既に後藤氏が人質状態にあることを知っていながら、中東訪問し、反イスラム的な言動を繰り返したうえ、イスラエル国旗を背に反イスラムの為に2億ドルの財政援助を表明し、後藤氏の危険を煽ったこと、それに加え、救助の為には口先ばかりで何ら方策を尽くさず、実質見殺しにしたことを非難した。

 ジャーナリストに対するこれらの政府の姿勢を、ロクに批判もせず、むしろ肩を持ってジャーナリズムの使命を放棄し権力の走狗と化した日本とマスコミも弾劾した。この安倍政府とマスコミの関係は、現在も何ら変化していない。
 今また、フリージャーナリストの安田某氏がISの人質になっているが、政府も隠しているし、マスコミも極力報道しない。マスコミが全く頼りにならないのは昔も今も同じなのだ。そして今、反政府的な言動の多い報道番組のアンカー二人(古舘と岸井の両氏)が更迭されようとしている

 そしてこのような残虐なテロがなぜ起きるかについては、4.1に「テロは弱者の戦争である」として、圧倒的弱者の戦争では、テロを戦術にするしかないだろし、一方アメリカの無人爆撃機(ドローン)による無差別空爆は正義と言えるのか、とした。

 その後のフランスのシェルリーエブド襲撃事件、パリ同時多発テロ事件を経て、テロは戦争であると各国の認識も一致してきた。
 戦争といっても、今までにない形態の戦争である。民族間の陣取り覇権戦争、宗教戦争、植民地をめぐる宗主国との独立戦争、資本家と労働者間の階級闘争、思想、社会システムの違いによる東西の戦争、富める先進国と貧しい後進国との南北の戦争、等のどれにも該当しない全く新しい形の戦争といえよう。

 現在の歴史的状況を俯瞰的にみれば、資本主義のカウンターカルチャーとして登場した社会共産主義が破綻し、アメリカ1強の時代となり、グローバリズムの名のもとに、世界がアメリカ式正義、秩序一色に染められようとしている。そこでアメリカの正義が依拠するものは民主主義であるが、多数を良しとする民主主義はポピュリズムに流れ、その制度の限界が露呈して来ているし、資本と国家が一体化して、資本の制御装置が無くなった現在では、中産階級は没落して富めるものと貧しいものの格差が開くばかりで、将来に全く展望の開けない貧困層が世界各国に出現してきた。それらが社会の安定に問題であることはどの国の指導者も意識はしているが、解決方法が見い出せないでいる。
 富の再分配の方法がわからないまま、格差は拡がり続けている。

 まさに混沌カオスの時代である。
そのような土壌の中に、独善的で非人間的だけど暴力的に世界の大国を震撼とさせる力のあるISのような組織が出てくると、シンパシーを感じる若者たちが世界中で呼応することになる。世界中の国家が社会が、同時に、外敵ではなく、我が身中の敵と戦うことになったのである。今世界はヒステリックにISを叩き潰そうとしているが、テロの司令塔が、イラク、アフガニスタン、シリアと来たように、これからイラン、ヨルダン、、、フランスと世界と、いずれ世界中を駆け巡り止まることはないだろう。

 この争いは、いわば「格差間戦争」ともいえるかもしれないが、このテロという陰惨な戦争の果てに、どちらの側もヴィジョンとして描くものが見えないところが人類のかつてない悲劇である。

 しばらくの間は世界はエントロピーの法則に従って、ますます混迷、混沌を深めていくだろう。そして生物科学や精神心理学が明らかにしてきたように、どうしようもないストレス下ではすべてが一旦退行して新しい秩序を模索するのではないかと思う。

 時代は一時的に無秩序な混迷の下降局面に入るような気がしてならない。
私達は、大変な時代に遭遇してしまったのである。

 

野坂昭如レクイエムー僕の昭和の終焉

①

野坂昭如が亡くなった。
僕は、決して小説家としての野坂の熱心なフアンではなかったが、彼の無頼でアナーキーな言動が示す、揺るぎなく自己を貫いた『生き様』の崇拝者であった。

 永六輔や故小沢昭一と「中年御三家」と称し、テレビの黎明期からから隆盛期にメディアの世界を巧みに泳ぎ、思うがまま存分に生き抜いたかのようであった。
 デビュー当初につけられた肩書は「元祖プレイボーイ」で、それまでは具象的ではなかったプレイボーイという普通名詞を、黒いサングラスをかけて軽口をまくしたてるスタイルで具現化して固有名詞化して登場した。

昼間の主婦向けのワイドショーに出演しては、「女は人類ではない」と言い放ち、したり顔で常識論、道徳論を述べる、「良識派」と顔に書いてあるような御婦人達をこき下ろした。一方では舌の根も乾かぬうちから、年下のタカラジェンヌに「あなたは神様です。仏様です。」と言って口説いて結婚したという。(夫人談)
常識や道徳が大嫌いであった。つまりみんなが善しとすること、綺麗ごとの裏に見える欺瞞性に我慢できなかったのであろう。

 やがて作詞をしたり小説を書くようになり、「アメリカひじき」「火垂るの墓」で直木賞をとると、インテリ知識人としてもてはやされるようになった。田原総一郎の「朝まで生テレビ」では、論客としての定位置を確保し、様々な問題に対して、常に表層に流れないで根本を突く姿勢を崩さなかった。既存のあらゆる価値をみんな疑い、政治にしろ言論にしろ権力、権威を心から憎み、そこにまつわる胡散臭さを暴露しようとした。しかしディベートで分が悪くなると、照れ笑いを浮かべ「君は偉い」と言いながら相手を認める、潔さもあった。

 黒いサングラスと、シャイで一方的にまくしたてる早口、人目を意識する格好の良い出で立ち(83年の対田中角栄の新潟鞍替え選挙ではボルサリーノを被って雪の中で街頭演説をした)、人前に出る時は常にアルコールの力を借りる、などから見ると、いわゆる公的自己意識(他者に観察される自己の側面に注意を向ける程度)が過剰で対人恐怖症的なところがあったように思えるのであるが、自分と喧嘩して自分を傷つけているかのような繊細過ぎる感受性から自我を守るには、偽悪的に自己愛を演じるしかなかったようにも思えるのである。

 週刊紙の記事によれば、夫人の話として「家にいる時は、ゴミと原稿用紙に囲まれて、いつも同じ服装をしてミノムシのようにじっとしていた」そうである。

 またやりたい放題、言いたい放題の人生のようであったが、雑誌の中で自分のことを、「小心そのもの、他人の表情を常に気にして、怯えつつの世渡り、いい加減、嘘つき、出鱈目が売り物、そして、ときに『だが根は真面目』と言われれば、正体見破られアウトと認めつつ、心中嬉しい気持ちがある。」と自己分析している。常に人並み以上に、演じることで虚実一体となった人生を生きてきたのであろう。

 死亡記事で、アニメ「火垂るの墓」が、あのジブリの高畑勲の作品であったことを初めて知ったし、葬儀で弔辞を読んだ五木寛之が長年の親友であったことも意外であった。
 イラストレーター黒田征太郎が、2003年に野坂が脳梗塞で倒れて以来毎日手書きの絵手紙を送り続けていたというのもいい話であった。永六輔は訃報を知って、放送中に言葉を詰まらせ「もうだめです」と言い、泣いたという。
 無頼派には、それに見合う良い友がいたのである。

 個人的には、小説「エロ事師たち」、歌「黒の舟唄」は、僕を思春期・青年期から成人期に導いた案内書であり、道標にもなった。
 学生時代は、野坂のファンであること自体が異色で稀有な存在であったが、僕にとっては、伊丹一三とは違った次元の、誠に恰好のいい憧れの存在であった。

 数十年後に、野坂が脳梗塞で倒れる直前にNHKホールで最後になるリサイタルがあったが、当時の小生には珍しく、直前にチケットを取り、見に行った事がある。リサイタルなど初めてのことであり、虫の知らせだったのだろうか、最上階の最後尾の席で、野坂は虫のように小さく見えたが、ボルサリーノに長いストールをなびかせマリリンモンロ―ノーリターンを唄った。多分、永六輔だったと思うが、掛け合いのトークは精彩を欠き面白くはなかった。

 野坂が実際にプレイボーイであったかどうかは知らないが、彼のことを本当に理解できた女性がそれほどいたとは到底思えないから、結婚後は、火宅の人になるようなことはなかったし、良き家庭人であったようだ。

 かつての野坂担当の編集者は、自宅に弔問に訪れ「死に顔はとても威厳があった。安らかというより立派な印象であった」と言っている。
 夫人は葬儀の最後に、「母親に抱かれたような美しい穏やかな顔でした」と挨拶したという。

 自分を偽らず、真摯に生き抜いた者だけが持ちうる死に様であったのだろうと思う。

 野坂が戦争体験から直感で感じとり、終生信じて疑わず、一貫して訴え続けた反戦と反原発への思いは、あらためてノーリターンであってはならないと思う。
 合掌。

 

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